第4話 追放勇者、暗殺される【その5】

 その時。

 サックの背中側からとてつもないプレッシャーを感じた。

 直感的に感じた『それ』は、いわゆる『殺気』であった。

 あまりの気迫に、サックの全身の皮膚が粟立つ。


 子供のくのいちが所持していた忍者刀は、運悪く、そいつの方角に飛んでいっていた。女はサックたちに近づく途中に、刀を拾った。サックのお腹に穴を空けた娼婦だ。

 服はそのまま、娼婦の時の一枚布の白ドレスであるが、走り回ったり閃光を浴びたりしたことで、土埃や煤汚れが目立っていた。


 魔王直属の『三鬼神』を彷彿とさせる、鬼のような形相……。

 サックの第一印象だ。父親のカタキがどうとか言っていたときよりも怒りのボルテージは上がっているようだった。


「……ねえ様! サザンカねえ様!」

 先程まで大粒の涙を流していた子供忍者は、彼女をみるや否や、名前らしきものを叫びだした。

 呼ばれた女は、眉をピクつかせ、

「ヒマワリっ!」

 一喝した。


 こちらも、少女忍者の名前だったらしく、彼女は肩をビクッと萎縮させ沈黙した。


「ヒマワリ、アッチは何度も教えてるじゃないか。『忍び足るもの、迂闊に名前呼びしてはいけない』って……ん?」

「え?」

「あっ」


 とある矛盾点に、三人が同時に気がついた。三者三様のリアクション。

 ……もしかしてこの忍び、実は天然ポンコツなんじゃないか? 


 するとサザンカと呼ばれたくのいちは、事の重大さに気がつき、ワナワナと口を震えさせた。

「きっ、貴様っ! 巧みな話術でアッチらの名を抜いたなっ!」


「ナニモシテナイ。ナニモシテナイ」

 サックは首を横にふった。しかしその首振り行動が逆に彼女──サザンカの琴線に触れたようだ。

「アッチらの父を殺し! 偽勇者を名乗り女を誑かし! アッチの妹にまで手をだした外道め!」


「まてまてまて! 少し落ち着け! 」


 良く良く考えたら、何故サックが忍者に追われているのか。皆目見当が付かない。

 暗殺者と対峙して、こうやって話し合えるのはある意味奇跡だ、この好機を逃すわけにはいかない。


「まず俺は偽勇者じゃないし、女を誑かしたこともない! 父親殺しなんて全く身に覚えがないし、ましてや女児に手を出して……あれ?」

 いや、手をだしてるわ。不可抗力だけど。

 影縫いで無抵抗な女児を服の上から中からイジイジしてましたゴメンナサイ。お召し物も幾分、着崩れてしまってるし、現状言い訳は出来ない。


「……腐れ外道め……」

 ヒュン、ヒュンと忍者刀の素振りを始めた。

 こりゃだめだ。話し合えるような状態ではない。


(仕方ない……こっちも死にたくないからな)

 サックは、手元に巻いていた『反物』を両手に持ち、左右に張り構えた。

 そして、妹の忍者が背になるように位置取りした。これで棒手裏剣の投擲はやりにくくなったはずだ。サックが避けると妹に突き刺さることになる。


(背に腹は代えられない……やるしかないか)

 サックは自分の着ている服(旅人の服)に対して、『潜在解放ウェイクアップ』を行った。潜在的に眠る効果は、【全ステータス上乗せ】。効果は小さいが、無いよりはマシだ。特に、忍者の素早さに対応するには、少しでも身体が動いたほうが良い。


(やべえ……少し気を抜くと、ぶっ倒れそうだ)

 しかし、サックの体調は万全でなかった。結局のところ彼は今、血が足りていないのだ。圧倒的に貧血状態。何とか気力で立っている状態である。


 相手のくのいち──『サザンカ』は、多少天然ポンコツかもしれないが、忍者としての実力は確かだ。本来は全く油断できない相手である。そしておそらく、サックの体調も相まって、高レベル帯同士であるこの勝負は一瞬で決着するだろう。


 サックは両足を広げ身体を低く構えた。しかしサザンカは、それよりもさらに身体を伏せていた。


 暫くの間ののち、先に動いたのは、サザンカのほうだった。

 身体全体を使った、全力の突進。刀は前に突き出した格好だ。


(すっげえ速いっ! 間に合うかっ!)

 サックはそれにギリギリ反応できた。反物を伸ばし、突進するサザンカの武器を弾こうとした。が、彼女は身体を大きくひねり、反物を避けた。そのまま彼女は、『反物の上を走った』。


 たったったったっ!!! 

(うそだろ!)


 伸びきった反物の上を伝って、サックに高速で近づく女。

「くっそ!」

 サックは左手に掴んでいた、筒状の『何か』を投げつけた。それは、先ほど子供の忍者から奪った『閃光弾』であった。


 が、サザンカは、サックが閃光弾を拾っていたのに気付いていた。隠し玉として使ったのだろうが、知られている秘密兵器ほど無意味なものはない。


 目つぶしのために投げられた閃光弾に対して、サザンカは、着ていた『ドレス』を左手で剥ぎ脱いだ。一枚布のドレスは大きく広がり、シーツほどの大きさになった。それをサックごと覆い被せた。白い布は『がぼっ』と、サックと閃光弾を包み込んだのだ。


「うわっぷ!」

った)

 人型の膨らみに対して、忍者刀を突き立てんと、体重全てを掛けて突進した。

 白い布と、自ら仕掛けた閃光弾で資格を完全に奪ったエモノ。こうなってしまうと赤子同然。どう足掻いても、忍者の敵ではない。


 しかしこの戦いは、サックの『仕込み』によって終焉する。

 サックが狙っていたのは、『反物による武器弾き』でも、『閃光弾による目くらまし』でもなく──この1点だった。


「『影踏み』っ!! ……って、危ねぇぇっ!!」


 目と鼻の先どころではない。サックの左ほおと耳の真横を、忍者刀が突き抜けていった。

「な……んだ……」

 勝利を確信していたサザンカであったため、この結末は信じられないといったところか。『影踏み』によって完全に体の自由を奪われてた。


 何故、サックがわざわざ月明かりが強く入るこの路地で敵を迎え撃ったか。最大の理由は、これであった。サザンカがサックに近づいたことで、彼女の影をしっかり映し、それを踏むことができた。


「そろそろ靴を新調しようか迷っていたところだったんだ……変えなくてよかった」

 あのイーガス家で準備してもらったサンダルを、未だに愛用していたのだ。さすがにガタが来ていたため、交換を考えていた矢先の出来事だった。


「姉様っ!!」

 ヒマワリが、姉を心配して声を荒げた。

 サザンカは、口元すらまともに動かせない状態になっていた。『影踏み』にも強弱はあるが、サックのレベルが高いこともあり、強力な縛り効果を与えていた。今もし、サックが刃物の一本でも持っていれば、サザンカ刺殺されていてもおかしくない状態。つまりは、彼女の敗北である。

(アッチが……負けた!?)

 サザンカは一つの疑問があった。先に投げた『閃光弾』は、なぜ炸裂しなかったのか。

(……まさか、この男! 閃光弾で影が消えることも計算に入れて『わざと起爆させなかった』のか! ……なんたる策士!)


 すると、白い布の塊が動き始めた。刀は布を突き抜け、サックの左ほおを掠っていたが、特に大きな怪我はなかった。

「よ……、ふう、あぶなかったぜ」

 サックは、顔に巻かれた白い布を外した。

「あ……ダメだっ! 布を取るなっ!」

「はあ? 取らないと何も見えないだろ」

 未だに影縫いから抜け出せていない子忍者ヒマワリが、サックに懇願した。が、サックは布を脱いでしまった。

「しかし、こんな布どこに隠し持っていたんだ? 忍者のスキルのせいで、こっちは隠し武器とか一切鑑定できないんだ。こうも……その……いろいろ……おおう……」


 サックの目の前には。

 月明かりに当てられ、上半身スッポンポンの女性の姿があった。豊満に育った禁断の果実が、ちょうどサックの目の前に『どでん』と待ち構えていた。

「お……お……う」

「ひ……き……ま……!」

 縛られて声を出せないサザンカと、圧巻の裸体を目の当たりにして声が出ないサック。

 そして、さらに事は最悪な方向へ傾く。


(あ、やべ)

 一気に血圧が上がってしまったサック(童貞勇者)。顔を真っ赤にして、鼻血を垂らした瞬間、彼の意識が一気に遠のいた。血液不足による貧血だ。

 しかしここで意識を失ってしまうと、『影踏み』が解かれる、それだけは避けなければならない。

 必死になって気を張ろうとするも、めまいによってサックは『前のめりに』倒れてしまう。

 そう、サザンカが固まっている方角……二つのクッションに向かって倒れてしまったのである。


 ぽにん、ぽにん。


「が……きさま……きさま……っ!」

 わなわなと身体を微細運動させ怒りを露わにしているサザンカ。動きは未だに縛られているが、こんな辱めを受けるとは思ってもいなかった。

 そして、人生で初めて異性のお胸様を揉みしだいた、勇者アイサック。本来なら幸福の絶頂にいるはずであるが、さらに血圧が上がり、意識が混濁し始めていた。実は相当にピンチだったりする。

 さらに、災厄は訪れる。

 サックの着ている服の、潜在効果解放のタイムリミットだ。限界を突破して使用された武器防具は、例外なく破壊される。


 パァン!! 


 サックの『旅人の服』が、派手に爆ぜた。彼の上半身とズボンが吹っ飛び、おパンツ一丁の痴態を晒した。


 身動き取れない裸の姉が、父親のカタキである男に、裸で抱かれている。


 そんなカオスな現場を見せつけられる彼女も、ココロに大きな傷を付けられた。

「姉様も……アタシも、こいつの『慰みもの』にされてしまったぁ……」

 ヒマワリは耐え兼ね、泣き出してしまう。


 命を掛けた決闘が数秒前に行われていた場所。今、この路地裏は、それとは全く想像できない修羅場と化していた。



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