第4話 追放勇者、暗殺される【その4】
歓楽街から外れた路地裏に身を潜めたサックは、今一度、脇腹の傷を確認した。既に止血されていたが、多量の血を吸った、穴の空いた服がケガの重大さを物語っている。
(忍者……いや、女性だから『くのいち』か。厄介この上無いな)
周囲に落ちている使えそうなガラクタやゴミを拾いながら、サックは策を練っていた。といっても、手元の調合薬品は心許なく、尚且つ相手は忍者だ。やれることは限られる。
忍者は常時スキル『隠密行動』によって、鑑定系スキル無効に加え、不意打ち率を底上げしている。彼らは暗殺のスペシャリストといっても過言ではない。
「マント、新調しておいてよかったぜ……いくぜ、久々の本気モード!」
マントに力を込め、靡かせた。するとサックの身体が軽くなった。マントに付加されていた能力の効果だ。
そして、彼は空高く闇夜に舞い上がった。
月の光に当てられ、彼の頬に浮かぶ花弁状の痣は、青白く仄かに輝いていた。
(さて、くのいちさんは、挑発に乗ってくるかね?)
殺したくて堪らない暗殺のターゲットが、月を背に飛んでいるのだ。暗がりから見上げるとさぞ目立つだろうし、言うなれば格好の『的』である。
マントの潜在能力を引き出しながら、路地裏を中心に見下ろしていたサック。特に、先ほど棒手裏剣が飛んできた方角にに注意を払っていた。
──ビンゴだ。
その方向から、鋭く風を切る音。手裏剣が飛んできた。
しかしその手裏剣は、薄い木の板に阻まれた。
サックが構えていたのは『おなべのふた』。ゴミとして捨てられていた物だ。それをサックは盾として『装備』し、さらに『
単なる板切れであれば、棒手裏剣なら容易に貫通する。しかし鋼板並みに固くなった『おなべのふた』に対しては、浅く突き刺さる程度にしかならなかった。
「いやいや! 突き刺さるんかい! 鉄の盾レベルの固さだぞ?!」
弾くことを想定していたので、つい声をあげてしまった。この距離を保っているのに、鋼板に穴を空ける投擲。あのくのいちの技量は相当な物だ。
しかし、サックのプランに大きな変更はなかった。突き刺さった棒手裏剣を2本抜き取り、空中で体制を立て直しながら、1本を飛んできた方向に投げ返した。
「利子付きで返すよ──『
ドンッ!
サックが投げた棒手裏剣は、赤く燃えていた。潜在に眠る【炎属性】を引き出したのだ。
赤熱した手裏剣は、煙をあげながら高速で飛んでいった。狙うは、手裏剣を投げてきた相手。しかし、暗がりの中に身を潜める忍者の居場所は、空からでは皆目検討がつかない。その手裏剣は当たるわけがなかった。
「爆ぜろ」
サックが投げた手裏剣に命じた。すると鉄製の手裏剣が炸裂し、閃光を発生させた。
細かい金属粉と起爆剤を混ぜ合わせた、閃光弾と同じ原理だ。
「きゃあっ!!」
いた。投げ返された手裏剣に注視していたため、閃光をまともに浴び驚かされたようだ。
(見つけた!)
さらに、サックはもう1本の手裏剣を手に取り、くのいちに投げ返そうと体制を再度整えた。
そのときであった。
ビュッ!! ズバッ!!
「なにっ!!」
サックが予期せぬ、あらぬ方角から手裏剣が飛んできたのだ。十字に刃がある平形の手裏剣は、サックの背中に翻っていたマントを二つに裂いて飛んでいった。
「マズイっ!」
マントとしての形状を成さなくなり、うまく浮遊できなくなった。サックの体重を支えることができなくなり、比較的ゆっくりではあったが、垂直にサックは落下していった。
(もう一人の忍者は想定外だったな……これは、かなーりピンチだぞ!)
くのいち一人に殺されかけた身としては、同じ技量の暗殺者がもう一人いるのは悪夢でしかなかった。
ゆっくり落ち、地面に着地したサックは、ボロボロに朽ちたマントを剥ぎ捨てた。『
落ちた場所は、道が狭く、しかし月明かりが良く入る場所だった。
サックの立っている場所に、まるでスポットライトのように月が照らしていた。『私はここに居ます』と主張せんとばかりに。
異様に目立つ場所に降り立ったサックだったが、あえて動かなかった。忍者二人に囲まれている現状、逆に闇に紛れるほうが危険と判断した。それに──
「……たぁぁぁぁぁぁっ!!」
甲高い叫び声。先程の十字手裏剣が飛んできた方向から、忍者が突っ込んできた。
反りの少ない刀──忍者刀を、深く腰だめに構え、真っ直ぐに突進してきたのだ。
全体重をかけて、刀を人間の腸に突き刺さんとす、非常に殺傷能力と威力の高い攻撃方法である。
だが、その攻撃は難なく弾かれることになった。サックの脇腹にめがけた刺突であったが、
ガギィィッ!!
聞きなれない音。金属と石がぶつかり合う音と共に、忍者刀は弾かれ飛んでいった。
「レンガで、ブロック。ってな!」
ダジャレである。
「なっ……うわぁっ!!」
刀を弾かれた忍者が一瞬呆けた瞬間をサックは見逃さなかった。
暗がりでまだよう見えない相手の服を素手で掴んだ。ちょうど襟首辺りをつかめたので、月明かりの照らす場所に引きずりだし、そのまま壁に打ち付け、肘で首を締めた。
「……って、子供かよ!」
闇から取り上げたのは、子供の忍者だった。年齢は10を越えたかくらい。サックとは一回りの年齢差があるかもしれない。
黒装束に黒頭巾を身に付け、顔は目元しか確認できない。
「くっ! 離せっ!」
「黙ってろ!」
もう1本の棒手裏剣を取り出し、サックは、子供忍者の腕……ではなく、月明かりで浮かぶ、腕の『影』が映る壁に突き立てた。
「『影縫い』っ!」
影を縫い付け、動きを制限させた。
「くっ! 離せっ! 離せっ!」
身体の自由を縛られ身動きが取れない子供忍者を横目に、サックは信じられないといった表情を浮かべていた。
(こんな小さな子が暗殺術を使えるとは)
そういえば……。サックは昔のことを思い出した。七勇者が一人『
『いいかい、忍者ってのは、任務のためなら女子供に爆弾巻いて、自爆させるのも躊躇わない奴らさね。気を抜くんじゃにゃいわよ』
……! 爆弾か!
サックは動けない子忍者の脇腹を弄った。
「な……くそ! やめろ!」
動けないなりに身体を捻り、必死の抵抗を見せたことで、サックの疑いは確信に変わった。
(こいつ、爆弾で自爆を狙ったな!)
ワサワサ、と、黒装束の上からボディーチェックを始めてみると、閃光弾や煙玉といった、逃走用のアイテムがポロポロ出てきた。まだ何か持っているかと考え、装束の中に手を突っ込み、入念に探りまくった。
「……ん? あれ?」
しかし、それ以上のものは出てこなかった。おかしいな、と、更に更に手を服の奥に入れてみた。
「……え」
サックは、とてつもなく重大な事実に気づかされた。
あるべきところに、『無かった』のだ。
「ええと……」
サックは顔を上げて、忍者の顔色を伺ったところ、羞恥で顔を真っ赤にし、睨み付けながらも大粒の涙を流していた。
「コロス……コロス!」
すっ……。
サックは、服の中から手を引き、抜き取った閃光弾と煙玉を地面に整頓して並べ、踵を返して三歩進み、また回れ右したところで、両ひざ両手を地面について、おでこを地べたに擦り付けながら謝罪した。
「すんませんでしたぁぁぁぁっ!!」
忍者の里のある『クーガイーガ』地方に伝わる、最上級の誠心誠意を込めた謝罪『土下座』である。
「お、お、『女の子』だと知らず存ぜず……ホントスマンっ!!」
この男。勘違いしたとはいえ、一回り違う赤の他人の女子の柔肌を弄んだのだった。
少女忍者は。更に一層目付きを鋭く睨み付けるも、大粒の涙が止まることは無かった。
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