第4話 追放勇者、暗殺される【その3】

 公営の風俗街において、客同士の問題解決の速さは治安の良し悪しに直結する。そのため、こういったトラブルに関しては、即座に憲兵が対応するように手筈がされていた。

 人が散った街道に4名の憲兵が急行し、既に娼婦と負傷者を囲んでいた。娼婦は未だに、血の滴る刃物を握っていた。


「女! 武器を捨て手を上げろ!」

 鉄の槍を携えた憲兵が、剣先を向けて定型文で警告した。他の憲兵も、剣や棒などの武器を構え女を捕らえんと身構えていた。


 ──が。


 カラン。

 金属特有の乾いた音が響いた。娼婦がサックを刺した刃物を落としたのだ。

 そして彼女は膝から崩れ落ち、両の手で顔を覆い、大粒の涙を流しながら嗚咽した。


「ううっ、やったよ父ちゃん……アッチ……カタキを討てたよ……」

 サックにやさしく囁いていた時と同じくらい、優しい、可愛らしい声色だった。これが彼女の『素』なのだろう。


 通り魔がいるという通報で集まった憲兵たちも、この行動には驚かされたものの、すぐに、負傷者の状況確認と通り魔の逮捕に動きだした。


 2名が、負傷者のサックのほうに向かった。腹部から肺に到達する刺突で、出血量も激しかった。サックの足元には血液の水たまりができていた。もう、手遅れだ。誰の目でも明らかである。


 そして2名が、女を取り抑えようと娼婦に近づいて行った。彼女は全てを成し遂げ終えたかのように脱力し、地面に膝をつき俯いていた。


 憲兵が、娼婦を拿捕しようとむき出しの肩に手を掛けたその刹那、娼婦が動いた。

 さっきまで項垂れ泣いていたとは思えない速度で、まずは肩に手を置いた憲兵の腕をつかみ、そのまま担いで投げ飛ばした。激しく背中を強打した憲兵は一瞬のうちに気絶した。


「う、うわっ!」

 もう一人の憲兵は、あまりの彼女の早業に理解が追いつかなかった。娼婦は、憲兵が出遅れたその一瞬のうちに、落とした刃物を拾い切先を残りの憲兵に向けていた。

 しかしその切先はすぐに、憲兵ではなく、彼女自身に向けられた。刃物が彼女の喉を突かんと動く。あまりに一瞬の出来事。憲兵たちはまったく対応できなかった。

 彼女は、自殺を試みたのだ。


 しかし、その刃物は、娼婦の喉を貫くことは無かった。

 彼女が持つ刃物と右手を包み込むように、黒い布に包まれたのだ。がっちりと、手と刃の部分に布が絡み付き、さらに強く引っ張られ刃先は喉元から離された。


「なんだ、これはっ!!」

 驚いた娼婦は、布の出所を探り、またさらに驚愕することになる。

 黒く長い反物。その布は長く伸び、先ほど刺殺したはずの偽勇者、アイサックに繋がっていた。右ひざと左手をまだ地面に付けたまま、右手に巻いた反物を目一杯伸ばし、操り、すんでのところで娼婦の右手に巻きつけ自殺を食い止めていた。


 アイサック=ベルキッド。『装備(E):黒柾絹の反物』。


 職業:踊り子は、反物(たんもの)を武器として装備し、扱うことができる。

 布を自分の身体の一部のように操ることで、舞踊の美しさが増し効果が上乗せされる。また戦闘においても、ムチのような打撃のほか、腕や足などに絡めて自由を奪うといった戦い方ができる。しかし扱うには、相当の技術が必要になる装備品だ。


 サックは咄嗟に、顔の痣を隠すために巻いていた『反物』を装備し、彼女の自殺を阻止したのだ。道具師のスキル『全装備可能』によって可能になる芸当である。


 しかし彼女が驚いているのは、反物の件だけではない。彼女は確かに、ニセモノに致命傷を与えたはずだった。

 つい彼女はサックに質問してしまった。

「何故生きているのっ!」

「ふざけんなっ! 致命傷『だった』よっ! ……ごふっ、くそ、血で上手く喋れねぇ!」


 サックの居る場所の地面は、確かに血液で水たまりができており、またサックの口からは吐血の跡が見られる。

 しかしその血液の海の中に、割れた瓶が落ちていた。


 サックは、自分が生きている種明かしをした。


「俺謹製の『絶倫回復薬マキシムポーション』。使うと精神力と体力を大回復できる……『今夜用』にと準備したら、まさかこれに命を救われるとはな。笑えねぇよ」

「……アイテムを使う隙や暇は、与えたつもりはなかったわ」


 娼婦の女の言うとおりである。

 あの刺し傷では、回復アイテムを使ってもいわゆる『手遅れ』な状態なはずだ。それに回復アイテムを使うタイミングなど無かったはず。


 サックは血液の海から立ち上がった。吐血で汚れた口周りを乱暴に袖で拭い、口内に溜まっていた血を無造作に吐き出した。


「反撃スキル『オートポーション』。ひん死の重傷を受ける寸前に、持っているポーション系のアイテムを事前に使用するスキルさ。尤も、一撃で死んでしまうと『ダメ』なんだがな……ほんと、ギリッギリだったぞ」


 そういうと、サックは砕けたガラス瓶を取り出し地面に投げ捨てた。先ほどの『絶倫回復薬マキシムポーション』というアイテムが入っていた瓶なのだろう。


「そう、か。失敗なのね」

 右手を布で固定された娼婦は、悲しみの表情でまた項垂れた。

「……なら、まだ死ねない! 父のカタキを取るまでっ!」

 その台詞と共に、彼女は怒りを露にし、即座に左太ももに括り付けていた武器を取り出した。サックを突き刺した刃物と同じもののようだ。


「疾っ!」

 それを、サックに向かって投げつけた。確実にサックの眉間をめがけて真っ直ぐ飛んでいった。


「マジかっ!!」

 とっさにサックは武器によるガードを選択してしまった。黒い反物がヒュンと風を切りサックに飛んできた刃物を叩き落とした。

 しかしそのため、娼婦の右手を解放させてしまった。


 殺意むき出しで、サックに対峙する女。右手に血まみれの刃物と、左手には見慣れない金属の棒状の、釘のようなものを握っていた。


 サックも反物を構え臨戦態勢を取った。先程まで生死の境に立っていたとは思えない回復力だ。


 だが。

(やべぇ、血が抜けすぎた。貧血でぶっ倒れそうだ)

 流れ出た血液は回復できていない。それに加え、回りには戦意喪失した憲兵に、気を失った憲兵。他の二人も『強敵』を相手するには些か心細い感じだった。既に腰が引けていた。


 この娼婦、隙だらけだったとはいえ、サックを一撃で仕留めたのだ。実際かなり強い。


(……ここで殺り合うのは、マズいか)

 一瞬悩んだサックではあるが、既に答えは出ていた。この現状を打破する方法。


(……よし、逃げよう)

 だっ! と、サックは、路地裏の方角に駆け出した。

「貴様! 逃げるかっ!」

 娼婦は左手に持っていた、釘のような武器を投げつけた。かなりの速度でサックを襲った。が、


「移動スキル『縮地』!!」


 サックは、サンダルのスキルを発動させ、瞬時に裏路地の奥に消えていった。

 カッ、カッ、カッ、と、金属の棒が誰もいない地面に、小気味良く突き刺さった。


「な、なんという速さ! おのれ偽勇者め!」

 女は、サックを追うため、助走をつけてジャンプをした。二階建ての娼婦館を軽々と越えていき、そのまま、女も見えなくなった。


 残された憲兵たちは、明らかにレベルが違う人間の争いを、ただただ呆然と見送るしかなかった。


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