第5話 追放勇者、交際する【その1】

「血が足りねぇ」

 起き抜けにサックが発した一言だったらしい。当の本人は全く記憶がない。


 昨夜の暗殺者襲撃事件は、或る意味『衝撃的な』結末を迎えた。サックはあまりの出血で気を失い、憲兵たちに抱きかかえられてハクノ区の憲兵詰所で介抱された。

 サックは昨晩はその詰所の休憩室を間借りし、死んだように眠っていたのだった。


「……肉料理、で、いいか?」

「おう」

 彼の急なリクエストに回答をしたのは、その休憩室にサックの様子を見に来ていた、50歳を超えるかくらいの男性憲兵だった。ベテランな風貌でがっしりとした体つき。トレードマークといえる髭は、白髪交じりであった。

 その憲兵は部下に命じて、近くの料理店から食事のケータリングを手配した。

 焼きたての塊肉から、レバーをふんだんに使った野菜炒め、叉焼山盛りの麵料理に、スパイスの香りが心地よいテールスープ。そして、たっぷりのヤギのミルク。


「さて、勇者アイサック様。お話をうかがえますかな??」

「……モグモグ……。今の俺は『サック』だ。サックでいい」

 塊肉をナイフで分厚くスライスし口に頬張っていたため、喋りながらの返答になってしまった。


「じゃあ、お言葉に甘えて。サック、昨晩何があった? お前さん、田舎帰ったんじゃないの?」

 先程とは大きく態度が変わり、まるで年下の友人と話すような口調で、ジャクレイは話し始めた。


 ジャクレイ総隊長。ハクノ区内の憲兵を統率するエライ人。現場主義で直ぐ操作に首を突っ込みたがりであるが、陽気な性格に加えて剣の実力も相まって、部下からは相当信頼されている。


 魔王城へ進行するに際して、七勇者たちはハクノの区画にも訪れていた。そのときに世話になったのが、ジャクレイの部隊だった。

 勇者一行というだけで、普通はみんな敬遠し畏まってしまうが、ジャクレイ部隊だけは違った。最初からかなりフレンドリーに、悪く言えば、プライベート無視して接してきたのだ。


 しかしながらその後も友好関係は続いており、魔王城投入前などにも何度も世話になっている。特にサックとジャクレイは、非常に『ウマ』が合い、年齢差を越えた親友同士となっていった。


 ジャクレイは、サックの『追放』理由を知らない。だが、田舎に帰った、との風の噂さは耳にしていたため、ビルガド最北端の地に彼が居たことに心底驚いていた。


「やり残したことが有ったからな」

「おおっ! とうとう『遊郭ここ』で捨てる気になったか! ……んで? 『初めて』はどうだった?!」

「……死にかけたよ」

「童貞は失わず、命を失いかけたと! ガッハッハ!!」

 バンバンバンっ、と机を叩き笑うオッサン。まったく面白くねぇ、と、叉焼を齧りながら、不満顔のサック。


 ジャクレイという男。実は妻が3人いる。この陽気な性格に惚れこむ女性が多いらしい。サックは正直羨んだが、逆に彼に、女性関係のアドバイスを貰うことも多々あった。

 なお、そのアドバイスの凡そは『花街で遊べ』であったことは、念のためここで記しておく。


「しかしまあ、派手にやられたな」

 ジャクレイは急に、渋い顔になり、サックの脇腹に目を向けた。

 いくら油断していたとはいえ、元勇者に重傷を負わせた暗殺者。その女を取り逃がしたのだから、厳しい表情になるのも伺える。


 ぐびぐび……と、スープを一気飲みして、ほぼほぼ食事を平らげたサックは、同じく怪訝な顔をして答えた。

「あいつ、俺を、父親殺しのカタキと言っていた。俺は少なくとも、忍者の父親なぞ手にかけたことは無い」

「勘違いで殺されかけたってことか?」

「催眠の類かもしれない。誰かにウソを吹き込まれた可能性が高い」

 ごくごく。最後にヤギのミルクを豪快にあおった。


「なるほどな、厄介だな」

 ジャクレイは厳しい表情のまま、うーんと、昨夜のことを再度思い出していた。

「すげー厄介。俺の鑑定が効かない、暗殺のスペシャリスト。なにより……」

「なにより?」

 ぐびっ。

 残ったミルクを全部飲み干したサックは、ジャクレイの疑問に真面目な顔で答えた。

「……色香を使う」

「わかる。あのくのいちネーチャン、プロポーションよかったな」

「ああ……ジャクレイ」

「なんだ?」

「女のひとのアレって……柔らけーんだな」

 薄れ行く意識の中、ハッキリと記憶に残っていたのは、二つの柔らかな感触。

 サックは両の手を『ワキワキ』させ、あの触感を思い出していた。顔がだいぶ綻んでいる。


「大分余裕じゃねーか」

「今だから出来ることだよ。ただ……び、美人さんだったのは確かだ」

「それには同意だ。忍者じゃなかったら、おれ口説いていたぞ」

「おま──奥さんたちにチクるぞ」


 思春期の少年レベルの会話が続く。しかしそんな馬鹿馬鹿しい下衆な話をしているなかでも、彼らの緊張の糸は途切れることはなかった。


 いつ、あのくのいち姉妹が再度襲撃してくるのかわからない。彼女たちが、復讐を諦めるとは思えない。


 窓の外から強襲か。

 娼婦の時のように、誰かに化けてくるか。

 それとも、建屋を火攻めする……なんて可能性も排除できない。

 あらゆる可能性を考慮し、詰め所は昨夜から厳戒態勢を敷いていたのだった。


「……ん? 外が、騒がしくなってきたな」

 確かに。なんというか、人が集まってきているような、雑踏の音。

 ざわざわ、と、何かを観るための野次馬の集団のような、そんな騒がしさ。


「……ジャクレイ総隊長!」

 廊下からジャクレイの部下らしき人物が、部屋に飛び込んできた。

「きたか! どこだっ!」

 ジャクレイが立ち上がった。サックもほぼ同時に席を立ち、いつでも動けるように体勢を整えた。


「そ、それが……昨夜の女たち、正面玄関に向かってまっすぐ歩いてきているんです!」

「な、正面からだと!」

 ジャクレイもサックも、予想外だった。彼女たちは、真正面から、詰め所に向かっていたのだった。


 シャン……シャン……と、

 鳴り響く、鈴の音とともに。


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