第3話 追放勇者、捕まる【その2】

「サック=リンガダルト。職業は鑑定師、21歳。一人旅、行商目的……」


 冒険者ギルドから発行される身分証を見ながら、調書にペンを走らせる女性。

 長いブロンドを適宜掻き上げながら、ちらちらと見え隠れする整った顔立ち。

 青い瞳とぷっくらとした唇。いうなれば『愛らしい』。ただ、憲兵という仕事柄か、顔や腕には汚れや生傷、また、夜勤などで寝不足による肌荒れも目立つ。ただ、頬のそばかすも愛らしい顔にはチャームポイントになっている。


「……何をじろじろ見ている」

「あ、すんません」


 手枷を付けられたまま、サックは憲兵に詰所まで連行された。

 ここの詰所はそこそこ大き目で、3階建ての立派な建屋だった。また地下には一時的に容疑者を収監する、牢屋まで完備してあり、公共機関へ税の羽振りの良さがうかがえる。

 こういうところにお金を掛けられる地域は、財政が潤っていると推察される。


「さて、サック。いまから調書を取るので質問をさせていただく」


 ポイ、と、ギルド身分証を雑に投げ返された。


 サックは一応冒険者として旅をしているので、ギルドの身分証を所持していた。が、これはもちろん偽造である。

 身分証の偽造は固く禁じられていて、取り締まりも厳しい。また偽造自体も難しいよう、幾重にもプロテクトが付けられる。

 が、曲がりなりにも、ここにいるのは腐っても七勇者が一人の道具使い。アイテムのコピーや、偽造などはお手の物。


「私の名前は『ナツカ=ノワール』、憲兵だ」

 ナツカは、自分が憲兵である証拠の身分証を提示した。本人の名前、自筆サイン、そして顔写真まで載っている結構ちゃんとしたもの。


「ん? ノワールって、付加術師エンチャンターの?」

 サックは、彼女の名前に覚えがあった。

 実は以前、七勇者としてこの街に来たことがあるのだ。そのときに、武器や防具にスキルなどを付加する、腕のいい付加術師を尋ねたことがあった。

 その時の男の名前が、たしか、『ノワール』だったような……。


「──父の話はどうでもいい。尋問を始めるぞ」

 強い眼差し。ナツカはサックをにらみつけた。

 どうやら、彼女の前で父親のお話は御法度らしい。触らぬ神に祟りなし。


「さて、早速だが本題に入ろう」

 ナツカがテーブルをはさんで、サックと対峙した。

 自分の両の手を絡め、面と向き合い、ナツカは尋問を開始した。


「単刀直入に問う。私たちが探しているのは、本だ」

「本」


 ドキリ、とサックは動揺してしまった。

 こんなかわいい子に、いきなり『あの本』のことについて聞かれるとは……。

 その表情の揺れを、ナツカは逃さなかった。


 ナツカ=ノワールは、その筋の情報から、サックが『あの本』を持っていることを確信していた。本来なら表舞台にすら出ることなどないはずの、門外不出の本。


 ナツカの父は、その本──上級貴族や政治家が受領していたワイロの流れと、そのメンバーが記載されたリスト──を入手し、殺されたのだ。

 その間際に、ナツカの父は、リストをどこかに隠した。


「私が死んだ場合、しばらくしたら発見されるよう細工した」


 との遺言を残して……。


 彼女は父の死の真相を探るべく、また、街の治安を守るため、リストを血眼になって探していた。

 もし、憲兵や上司の軍人たちが、そのリストに、ワイロメンバーとして記載されていたら。街の治安は大きく傾く。その恐れもあったが、彼女の持ち前の正義感が先行し、そしてとうとう今夜、ついにそのリストを入手したという冒険者の手がかりを入手したのだ。


 尋問にも力が入る。


「その『本(リスト)』は、市場に流れるはず無い(極秘文章)ものなの」

「そりゃそう(発禁モノ)だ。だから、買ったんだ」


「買った? 意図して『本』を見つけたというのか」

「まあ……そういうものを意識して探してましたし。あ、今回の(エロ)ジャンルは偶然ですよ」


「ジャンル! いくつもあるのか!?」

「そりゃ……人によって『好み』があるでしょ!」


「好みなどで問題でない! 私たち憲兵の【勢力】に関わるのだ!」

「【性力】! だいぶお盛んだなオイ!」

「何を言っているんだ?」


 ふう、と、ナツカが一息。

「あれは素人が見てはいけない、普通の生活に戻ってこれなくなる」

「あ、確かに刺激強すぎだったわ」

「な……見たのか! 中身を! 何が書かれていた」

「えええ、しゃべっていいの? ええ……」


 ナツカの剣幕に、押され気味のサック。


「中身の説明をしてみろ、構わん。これも仕事だ」

「で、では……」


 サックは、「ああ、こういう性癖の人もいるもんな」などと思いながら、『本』の中身を説明し始めた。


「まず、載っていた人達は、素人なのかフェイク(演技)なのかわからない」

「そうか、偽名を使っている可能性もあるな」

「表紙の段階で、いきなりさらけ出してて、その……黒塗りとかも無く」

「表紙から既に! しかも(名前に)黒塗りされてないのか!」


 サックは思った。これは想定以上に恥ずかしい。


「あと、本には何人も出ていて……」

「具体的な人数は? 男女の割合とか」

「男女比は1:1だ。合計で6人かな」

「6人か……思ったより少ないな」

「もっと多人数をご希望とな!?」


「あと男女比が1:1というのも不自然だ。もっとこう、男性が多いものと思っていた」

「それ方面の趣味の方でしたか」


「そうなると、それが本物かどうかも、少し怪しくなるな」

「このニセモノって逆にどういうことっすか」


 ふうと、再度ナツカが息をつき、声のトーンを落としてサックに説明した。


「もし本物なら……おそらく、それは私の父が遺した物だ」

「お父様のっ!!」

「何故 様付け!?」

「い、いや、あまりに素晴らしいご趣味なもので」


 趣味……? この男何を言っているんだ。みたいな顔でナツカがサックを睨んだ。


 しかし、このリスト。思っていたより闇が深いかもしれない。

 ニセモノの可能性も捨てきれないが、やはり早々に現物を見て判断すべきだ。


「サック、本の現物を見せろ」

「え……さすがに女性に見せるのは、恥ずかしいんですけど」


 が、ナツカは、サックの懐を指さした。


「そこに隠しているのだろ? サック、あなたは今容疑者として逮捕されている。この意味は判るか?」


 はあ……。

 サックは頭を抱えた。

 こんな容疑が大っぴらになってしまったら。


『勇者の道化師、変態の所存!』

『ベルキッド、外道の道をひた走る!』


 みたいな見出しで、新聞屋クリエに面白おかしく書かれるのが目に見えている。

 何とか、サックの偽名で通すしかない。


「わ、判ったよ!」

 サックは懐から、布に包まれた本を取り出し、そしてテーブルの上に乗せた。


「こ、これが……リストか」

 食い入るように、ナツカが本に顔を近づけた。そして、布を解き、本の表紙があらわになる。


「……」

「……」


 ナツカは、すごく真面目な女性だった。今回、それが災いした。


 本の表紙を見続けたナツカ。

 思考が停止したように固まっていたが、しばらくすると、表情をそのままに、首の下からどんどんと赤くなっていった。赤みが頭に到達すると、汗が蒸発する湯気が立ち、しばらくはまだ硬直したまま。


「ナツカさん、これが、俺が見つけた本です。ご指摘の通り、発禁本ですので、売買は違法になりま……」


 ここで、サックの意識は途切れている。




 以下、当時同じフロアにいた憲兵の証言である。


「急に、ナツカ憲兵の悲鳴が上がったと思ったら、ドゴオオオッ! って音が、詰所中に響いて建屋が震えたんです、どうやら渾身のフルスイングで、容疑者の右頬をメイスでぶん殴ったようでして……。ええ、そうです、その後容疑者は、牢屋に放り込まれました。適当に薬草を口に突っ込まれて」

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