第3話 追放勇者、捕まる【その3】
詰所の地下に設置されている牢屋。
「厄日だ」
手枷を付けられ、右頬は真っ赤に腫れ。口にはいっぱいの薬草を詰められ。
サックは牢屋の中で横になっていた。
「この男、リストは持っていませんね」
「そんな馬鹿な、あの情報はウソだったのか?」
そんなやり取りが、牢屋の外から聞こえてきた。
気が付いた時にはすでに、サックはマントを引っぺがされ、腰につけている薬品のホルダーも、懐に入れていた本も、何もかもすべて取り上げられていた。
すると一人の憲兵が、サックの持つものに違和感を覚えたようだった。その件について、ナツカに説明がなされた。
「ナツカさん、この男、大量の薬物を所持しております」
「なんと、こいつ薬の売人か?」
「判りません、見たことない薬品や、知らない調合品ばかりで」
「なら、とにかく調査と報告だ。今夜中に確認できるか?」
「ええ、わかりました」
一体、何を入れていたのか、サックすら忘れている薬品だ。
あの『魔王城 次元錠前決戦』で使った薬品を残していたような……。
カツ、カツ、と、暗い牢屋に足音が響く。半地下になっているため、上部から月の光が差し込み、薄暗くはあるがほんのり明かりがある。
「ここなら、十分に頭を冷やせるな!」
ナツカが怒っていた。
頬を冷やして欲しいんですけど、とは、サックの思い。悪態の一つくらい言いたくもなる。
そして、毛布一枚。牢屋の隙間からぶち込まれた。サックはそれを手に取り、まじまじと眺めた。だいぶ年季が入っているが、そこそこに丈夫な布で編んである。ある意味骨とう品レベルのボロさ。まだ辛うじて、毛布としての役割は果たせそうだ。
「てーか、ナツカさん。俺リストだなんて一言も言ってないし」
「ええい!! もうお前はリスト関係なく『発禁図書所持および準販売ほう助罪』!! 私に恥をかかせおって!!!」
ちゃんと内容を話さないから……なんという言い訳は、今は無理か。
カツ、カツ。
ナツカは牢部屋を出て行った。
詰所の地下の牢屋。見張りはいないようだが、すぐ真上には多くの憲兵が24時間体制であくせく働いている。
すんなり脱走などはできない構成だ。
さてと。
サックは、口の中に詰め込まれた薬草を使って、ヒビの入ったアゴ骨と腫れた頬を治療した。
薬草3個程度では普通は回復しない大怪我であるが、サックのもつ、薬師のスキル『アイテム効果倍増』によって、何倍もの効果が上乗せされ、薬草2個でほぼ完治した。
つぎは。
手枷は、ほいと、手首を返すと、簡単に鍵が外れた。
これもサックのスキル。暗器使いスキル『構造解析』。あらゆるモノを暗殺の武器に変換する暗器使いが、武器に使う前に構造を理解するために習得するもの。
よし、手が軽くなった。
そしてサックは、牢屋の鍵を『鑑定』した。
かなり頑丈に作ってはあるが、鍵の構造は至極簡単で、これなら針金一本で簡単に開けられそうである。
が。
『脱獄』行為自体もれっきとした犯罪。
さらに罪を重ね逃げるか、ここにとどまり反省するか。
悩む。
「おい、兄ちゃん」
サックが悩んでいると、向かいの牢屋から男の声がした。
どうやら男性が一人、牢屋に監禁されていたらしい。
「こんなとこに突っ込まれて。何悪いことしたんだ、へへへ」
下品な笑い声だ。服はボロボロで、髭や髪はボサボサ。この距離からでも、歯は何本も欠け抜けているのが判る。
「……ナツカという憲兵を怒らせた。そういうあんたは?」
サックはしかし、既に『鑑定』で、その男の正体を暴いていた。
「おう、俺は新聞屋だ! ちと強引に取材しすぎた」
ガッハッハ! と大笑いする新聞屋。
ふと、気になってサックは新聞屋に訪ねてみた。
「取材って、『リスト』関係か?」
「お? 新聞屋に情報を貰うには、タダとはいかねぇぞ?」
ちっ。サックは見えないように舌打ちした。
新聞屋の
「だが、『面白いもの』を見せて貰ったからな、その分は答えてやるぞ」
面白いもの?
サックに身に覚えは無かったが、
「その手錠の外しと、手品みたいな薬草の回復力だよ。……後で取材させてくれよ」
うっかりしていた。対面の牢屋に人が居ることを確認し忘れていた。
しかしこちらも今は情報が欲しい。
仕方なく、新聞屋の提案に乗ったとたん。
彼はべらべらと情報を喋りだした。
「あの女。ナツカ=ノワールの親父さん、有名な
「なるほどな」
「んで、嬢ちゃんは血眼になってリストを探している。自分の父親がなぜ命を懸けてまで、ワイロのメンバーリストを守り抜いたのか。真相を知りたいのだそうだ」
「まだリストは見つかってないのだろ?」
「そうなんだよ。それが不思議でな。俺たち新聞屋も探してみたんだが、どうも見つからない」
新聞屋が本気を出して見つけられない。そして、隠したのは優秀な『付与術師』。自ずと、サックは答えが見えてきたように思えた。
新聞屋は話を続けた。
「でもな、ノワールさん、遺言で『私が死んだ場合、暫くしてからリストは公開される』って記していたんだと」
確定だ。
ノワール氏は、何か、時限式に公開される術式を使ったのだ。
付与術ならそういうことも可能だろう。いくつかの術式に、サックは心当たりがあった。
「お、兄ちゃん。なにか心当たりでもあるのかい?」
(時限式……もしかして、あのときの違和感──)
「……いや、全くわからん」
サックはシラを切った。
「そりゃそうか! ワッハッハ!」
あまり上品でない笑い声が牢屋に響いた。
その時だった。
地下室の唯一の出入口付近に、人影だ。
あまり騒がしかったから、見回りが来たのだろうか。
(おっと、誰かが降りてきて……違う!)
ごろん、ごろん。
出入口から、何かが転がってきた。
樽だ。
中に液体が入っているようだが。
「なんじゃい? ……液体が溢れとるぞ」
(──!! 油とアルコール!)
サックはその液体を瞬時に鑑定し終えた。
そして、叫んだ。
「伏せろ!」
刹那、炎が走った。
樽から発生した爆発性の蒸気が空気と程よく混ざり、派手に爆発音を立て爆発した。
そして、半地下という立地の関係で、炎は下方から十分な酸素供給が成される格好となり。
詰め所全体は瞬く間に炎に包まれた。
++++++++++++++
「なんて……ことだ……」
燃える詰所。炎は瞬時に建屋を回ってしまった。
ナツカは交替勤務を終え、ちょうど自宅に戻っていた。そのためこの惨事から逃れることができた。
彼女は帰宅するや否や、詰め所から発生した爆発音に驚き、大急ぎで詰所にUターンした。
詰め所では24時間勤務体制を敷いているため、夜中でも多くの憲兵が働いていた。何人もの人間が炎の中から救出されていたが、大やけどを負った者も多く、現場は阿鼻叫喚としていた。
──そして、まだ、逃げ遅れがいる。地下の収容者が2人。
「炎はどうやら、地下の収容所からだそうです」
無事だった憲兵たちの証言から判った事実。
「なんてことだ。誰かが火を放ったのか!?」
「まだ不明ですが、地下は危険物持ち込み制限していましたから……」
ナツカは、はっ、と、サックの持ち物検査をしていた時を思い出した。
「あの男、謎の薬を持ち歩いていた! 爆薬を調合した可能性もある」
ナツカは後悔した。この大惨事は、あの変態男が引き金なのか。
こんなことになるのだったら、温情掛けずにさっさと腕の1本や2本を切り落としておくべきだった。
──が。
「あっちぃぃぃっ!」
突然の大声とともに、人が出てきた。地下からだ。
誰もが、地下の人間は絶望的と思っていた分かなり驚いた。
「み、水を掛けてやって!!」
ナツカは咄嗟に命令した。
炎に巻かれた大人二人に対して、多量の水がかけられた。
「……ふいー、助かった! さっすがにアイテムゼロだったから終わったと思った」
サックは、炎に巻かれた割には、あまり火傷らしい火傷を負ってなかった。一緒に救出された新聞屋も、髪や髭はチリチリになっていたが、比較的無事なようだ。
が、ナツカはそんなことお構いなしに、サックに詰め寄った。
「サック、貴様が爆発の首謀者か! 薬師のスキルで爆薬を作ったのか!!」
命からがら、燃え盛る建物から脱出し、しかも一人救出さえした人間に対してのまさかの嫌疑疑惑。
さすがのサックもプッツン来た。
「──ふざけんなっ! こっちも被害者だ! 貴重な薬はホルダーごと全部衛兵に取られているよ!」
牢屋にぶち込まれた際に全て没収されている。どこかに隠し持っていた訳でもない。
「じゃあ地下で何があった!」
燃え盛る詰め所。何人もの人間が運び出され、また懸命の処置を受けている。
──それを横目で見ていた、サック。
「──なあ、ナツカさん、ケンカは後だ。俺も治療を手伝うよ」
「き、貴様! 容疑者に手を借りるほど我々は落ちぶれてない!」
ヒートアップしてしまったナツカ。彼女はどうやら、熱くなると引くに引けなくなるタイプのようだ。が、
パンッ!
サックは、ナツカの頬を叩いた。
「プライドで人命救えるなら結構。けどよお嬢さん。この現実見て、まだ
急に頬を叩かれ、目を見開き呆気にとられたナツカ。思考がフリーズしてしまった。
サックは、そんなナツカを尻目に、怪我人が集められている場所に向かった。
「何でもいい! 薬をありったけ持ってきてくれ! あとは……『何とかする!』」
そのあとのサックの行動は早かった。
薬師の上位スキル『アイテム効果倍増』で、何段階にも回復量を増した薬草を使い、また、限りある薬から最適な『調合』で、火傷の薬を量産し、道具師スキル『アイテム範囲化』で、広範囲に薬剤を撒くなどし、瞬く間に人々を回復させていった。
(な、なんだあの男……?)
炎の明かりに照らされ、大混乱の現場ではある。だが彼は場馴れしているのか、淡々と作業をこなしていた。
はっ、と、我に返ったナツカ。
私は馬鹿だ。
叩かれた頬より、 心が唯々痛かった
「ひ、人払いと、周辺の整備、安否確認!」
自分に今、何ができる?
そんなことは限られてる。
なら、それを行うのみ。
いち憲兵として、自然と体が動いた。
その時、ナツカは気が付かなかった。
彼の顔。
わずかに射す月の光によって、チラチラと痣が見え隠れしていたことに。
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