第3話 追放勇者、捕まる【その1】

 せどり。


 転売の意味で使われる言葉でもあるが、本来は漢字で『背取り』と書く。

 元々は、主に古本屋を巡り、価値のある本を、背表紙だけ見て取り上げることから呼ばれた名前だ。


「安く買い、高く売る」


 の根本的概念は転売のそれと同じだが、本当の背取りは、適正価格の表紙がない本の山から、的確に価値のあるものを発掘する作業を伴うものであり、また、廃棄寸前の本を、本当に欲している人に届ける効果もある。


 鑑定士曰く、『転売とは一線を画す。一緒にして欲しくない』とのこと。

 アイサック=ベルキッドも同じ思いである。


 そして彼は、古本屋の奥に押し込まれていた本を目の前にして固まっていた。

 正真正銘『掘り出し物』を見つけたのだ。


(早く手に取らないと、誰かに買われてしまう……!! し、しかしっ!!)

 彼の手は動かなかった。

 いや、動かすことが出来なかった。

 このタイミングで『買って』しまうと、心に大きな傷──トラウマが植え付けられる。それは必然だった。


 ちらっ……。


 サックは本を少し引き出し、表紙を確認した。

 確定だ、こいつは『禁断の本』。


 だが。


 ちらっ……。


 販売レジに眼を向けると、そこには若い女性。

 この本屋のアルバイトだろう。学生だろうか。少し陽気な雰囲気を醸していた。


 あの女性バイトでさえなければ。

 焦りは禁物。必ずチャンスはある。


 その時。女性バイトがカウンターの奥に移動した。

 代わりに、店長と思われる初老の男性がレジに立った。


 ……いまだっ! 

 サックは本を手に取った。

 その際、合わせて、並んでいた適当な小説も重ねて持っていく。

 表紙が周囲に見られないようにする、カモフラージュだ。


(移動スキル《絶歩》!)


 足音を立てず素早く進む能力。

 彼は愛用の靴から、暗殺向けの移動スキルを発動させ、レジに向かった。

 誰にも見られることなく。

 それはまるで風の如く。


「……親父、この本を会計を……」


「あ、店長レジ変わりまーす」



 終わった。



「ぃらっしゃいませ~」


 舌足らずな声。

 やる気があるのかないのかわからない女性バイトが、サックが差し出した本を手に会計を始めた。



 終わった。



「小説が一点とぉ、あと……うっわ……」



 明らかにバイトが身を引いた。

 当たり前だ。

 小説を退けたら、下から出てきた本の表紙は


『裸の男女がイチャコラヤッちゃってる本』

(しかも発禁されてる無〇正モノ)


「えっ……うわっ」


 改めて、本とサックを交互に見る女性。


 うん、その、なんだ。

 殺してくれ。


 サックは羞恥と悲しみに襲われ。



 そしてしんだ。




 ++++++++++++++



「厄日だ」

 宿に戻ったサックは枕を濡らした。

 夜もすっかり更け、町は静かに眠りにつこうとしていた。


 ここは、旧首都ビルガド。その中でも旧市街に近い、閑散とした場所に宿を見つけたサック。古物商や古本屋、骨董市を回り、お得意の『いつでも鑑定』を使って掘り出し物の転売をしながら路銀を稼いでいた。

 その折、見つけた古本屋にて、先ほどの顛末となる。

 本国では一般販売は禁止された、曰く付きの禁書(無〇正エ〇本)。掘り出し物(意味深)を見つけ高揚した気持ちは一気に萎えてしまった(彼女無し歴=年齢の童貞勇者)。もちろん、下半身も一緒に萎えた。


「くうううう。これもすべて女神の所為だ!」

 女神から勇者の神託を授かったメンバーは、一様に、なにかしらの『デメリット』能力を付与されていた。

 例えば、『監獄の魔女』の異名を持つ、亡国のお姫様『ヒメコ=グラセオール』は、勇者に選ばれた際に味覚がぶっ飛んでしまい、まともに料理が作れなかったりしている。

 そのデメリットにおいて、サックは『女難の相』を付与された。

 元々、そこまでモテる人柄でなく、彼女ができたこともなかったが、それに上乗せされ、女性運がことごとく悪くなった。


「やっぱり復讐すんべ」

 さらに女神への復讐心が募ることになった。


「……」

 そして、いま、サックの手元には。

 その禁書がある。

 この男、なんだかんだで、ちゃっかり購入していた。


「この筋のマニアなら言い値で買うはずだ……そう、俺は価値ある本を収集したまでだ。本当に必要な人に行き渡るよう」

 うんうん。と、謎の納得をするサック。

 だが、表紙の段階で既にいろいろ『ヤバい』モノが写ってるエロ本。

 チェリーボーイには些か刺激が強すぎた。


 一旦は萎えたサックの御子息(隠語)であったが、改めてその本の魔力によって元気を取り戻し始めていた。


(……ごくり)

 生唾を飲み込む音と共に、サックは禁書のページを、パラパラと開いた。


(おお……、おおお……!!)

 想定以上の良モノだ。

 表紙の男女の絡み(意味深)だけではなく、他にも数組の取っ組み合い(意味深)も載り、幅広いニーズ(意味深)に対応していた。


(──ふむ、ふむ。これは、あれだな、うん。売り飛ばす前に……)

 サックは、ベッドに座り直し、ズボンのベルトを外した。

(ちゃんと使えるか確認しておかないとな! うん!)

 鼻息が荒くなる。

 心臓の鼓動はハードビート(同じ意味)。

 御子息(隠語)は当の昔に準備万端。

 ここまで添えられ、男として、抜かぬは無作法というもの(言い訳)。


(では僭越ながら……これは、この本の内容確認だよ?)


 ぺら……ページをめくり、サックはズボンを下げ。




 ドンドンドンドン!!!! 


『ビルガド憲兵隊だ! このドアをあけろ!!』




 激しくノックされるサックの部屋のドア。

 そして、何故か『女性の』声の憲兵。



「……まずいっ! やばいっ!」

 サックは声を上げてしまった。

 ズボンもパンツも下がっており、御子息丸出しなこの姿。

 そして肝心なところで大ミス。

 宿の部屋のドアに、鍵をかけ忘れていたことに、今気が付いた。


『! 何がまずいのか! 貴様、何を隠している!』


 サックの咄嗟に出てしまった言葉を少し勘違いした女性の憲兵。

 隠すって……そりゃあ大事な所ですよ。

 そして彼女は、そのまま勢いで扉を開けてしまいました。


「あふん……」

「……き……ききき貴様っ! なんたる格好! 不潔っ!」

 なんとかぎりぎり。

 パンツ一丁までにリカバー成功。御子息も抑え込んだ。

 サックは自分自身を褒めたいと思う反面、目の前に現れたブロンド髪をポニーテールにした憲兵は、パンツ姿のサックを見るや否や、顔を真っ赤にしながら、怒りの表情に移行していった。


「た、逮捕だ! 逮捕!」


 廊下には他の男性憲兵も2名ほどいた。

 彼らもサックの安宿の部屋に突入し、


「ちょちゅおちょちょ!!!!」


 サックの言い分など聞く耳持たず。

 手枷を付けられ、捕らえられてしまった。




『元勇者アイサック、わいせつ物所持で逮捕』

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