第2話 【エピローグ】

 朝起きた時から、嫌な予感はしていた。

 雨が宿の窓を強く叩き、強風が建物を揺らすほどだった。


 だいたい、こういう不安は伝播する。


 そして案の定、今日の定期船は欠航となった。

 魔王から逃げる人たちは足止めされ、多くの悲観が垣間見られた。


 だが、そんな中に明るい話もあった。

 朝刊に、国の大本営発表が載っていたのだが、


『次元錠前決戦において、北の大地に住む魔物の実に9割以上が消失か』。


 アイサックたち七勇者と、無数の魔物との戦い。アイサックがここで戦線離脱となったあの戦いだ。

 あそこで大多数の魔物を倒すことができたが、こうやって国が正確に数値を示してくれることで、あの時の戦いの激しさを改めて実感した。


 しかし幾分、数字を盛っている可能性もなくはないが。


 北の大地の魔物のほとんどは退治されたという事実を、改めて『9割以上』と、具体的に示してきたこの記事は、絶望に飲み込まれそうだった人間たちに希望を与えた。



 やるやん新聞屋。



 サックは、昨日の去り際のクリエの言葉を思い出した。

『私たち新聞屋も、イーガス家を危険人物として注視していたんですよ。そしたらまさか、あなたが出しゃばって来るとは想定外でした』


 正確には巻き込まれたんだがな……。



 ――しかし、まさかあの怪我で、生きているとは。


 確かに直接命に関わる怪我ではなかったが、痛覚と覚醒のツボを捉えていた。

 のたうち回りそのうち絶命するものと思っていた。


「腕が訛ったかな」


 などと独白しながら、イチホ=イーガスの今の所存が気になる。

 どうやって脱出したのか。

 そして、今どうしているのか。

 生きているのか、野垂れ死んでいるのか。


 もし、生きているとしたら――


「復讐、か」


 十分考えられる、最悪の事柄だ。


「あーダメだダメだ!」


 サックは頭を振った。不安は伝播する。

 あまり深く考える事は止めだ。


 サックは頭を切り替え。

 新たに決めた目標に向かって前進することした。


 女神への復讐だ。


 それには、女神の居場所を突き止める必要がある。


「――ビルガド、行くか」


 元首都ビルガド。

 魔王復活から進軍の影響を受ける可能性があるとして、首都機能を移管された大都市。

 首都ではなくなったが、未だに多くの人が住まい集まる場所だ。

 もちろん、それに乗じた、数々の情報も集まる。

 希望は薄いが、女神の情報も、何かしらあるかもしれない。


 それに……。


 サックは、ビルガドの街の中央街にある、一画を思い描いていた。

 余命1年を宣告されている中、一つの心残りが、この街にあった。



「ビルガドは、確か、魔王討伐軍の募集していたもんな」


 さすがに討伐軍には立候補しないが、ビルガドへ直行する荷馬車が多く出ていることになる。それに便乗して乗せてもらう算段だ。

 持ち合わせは少し心もとない(定期船のチケットは払い戻しできない物を買っていた)が、ビルガドに着いてしまえば、そこで『鑑定師』として少し稼がせてもらおう。


 サックは、雨の降りしきる中。馬車の集まるセンター街に向かった。



 +++++++++++++++



 一人の男が、雨に打たれて泣いていた。

 何度も泣いたが、まだ涙が枯れることは無い。

 これだけの力を持ちながら。

 最愛の人を救えなかった。


 だから彼は。

 誰彼構わず、治療をしまくった。


 それは、死を望んでいたものも、

 死ななければいけなかったものも。

 全員例外なく。



 ありがとう神父様。

 私はまだ生きている。

 これで私は奴に、復讐できる。




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