第2話 追放勇者、勇者時代を回想する【後編】

「……んで、勇者の剣をぶっ壊した責任を取って、俺は追放された……って、おい、すごい顔してるぞ」


 新聞屋クリエは、目を大きく見開き、顎か外れそうなくらい口を開けて驚愕していた。……確か、アインツ地方の表現で『エネル顔』とか言うらしい。


「け、けけ、剣を……ぶっ壊したんですかっ?! あの、魔王に唯一無二に対抗できうる『ハルペリオ』を!」


 定食屋を後にして、公園の出店で見つけたアイスキャンディーを買って、同じく公園で見つけたテーブルに着席して。


 サックは、追放の経緯をクリエに話した。


 クリエのアイスキャンディーは食べ終えることなく、当の昔に溶け落ちていた。


「ああ。粉々にやっちまった」


 あわわわわわ。

 今度は歯をガタガタ言わせながら顔がどんどん青くなってきた。

「……世界、滅ぶ?滅んじゃう?」

 みたいな言葉をぶつぶつと繰り返してる。


 今まで見たクリエの中で一番面白い。

 サックは内心、楽しんでいた。

 話の内容は全く笑えるものではなかったが。


「んで、これ記事にするの?」


「とととととととととととんでもない! 出来る訳無いじゃないですか!!」


 ごもっとも。

 対魔王最強武器、『勇者の剣「ハルペリオ」』が粉々に砕けた。

 こんなの記事にしてしまったら、全人類失意のドン底に突き落とされて希望もへったくれも有ったもんじゃなくなる。


「でも追放の理由が知りたかったんだろ?」


「私はてっきり、ネタ記事にできそうな理由だと思ってたんですっ!!」


 ん、今ネタ記事ってはっきり言ったな。


「例えば……


 『お前ホント何もできないよな、さっさと田舎帰れよ』

 『ねぇ、そこ立ってるのも邪魔なんですけど』

 『アタイらに比べて戦闘能力低すぎんの、足手まとい』

 『アイテムばっか消耗して、この金食い虫が』

 『結局、前衛にも後衛にもならない、半端もんニャ』

 『名前も、道具師から道化師に改名したらどうですか』


 ……なんて他の勇者から暴言吐かれて追放されたのち、その後は能力使って田舎でスローライフとか、元勇者って名声でBクラス冒険者にマウント取って冒険するとか、スキル使ってボッタくり店始めるとか、実は能力隠し持ってて勇者に復讐するとか……そういう展開を期待していたんです!!」


 暴言も地味にリアルだし、その後の展開も俺にはプライドってもんがないのか。


「こうなるんじゃないかと予測してて、私、既にシナリオを書いていたんですよ! 書籍発行も! タイトルも決まってたんです! どうしてくれんですか私の印税生活!」


 どかっ! とクリエは懐から本を出してきた。


『勇者で道化師、役立たずで大した力もなく追放させられたけど名声だけ利用して田舎で薬屋経営したらBクラスの冒険者にも認められず詐欺がバレて破産しました!』

 ~~道化師アイサック=ベルキッド 認定自伝~~

 著;クリエ=アイメシア


「認定するわけないだろ、この捏造新聞記者」


 シュボ。


 火打石(解放済み)で本を一気に灰にした。

 サックはこの世から一つの悪事を消し去った。


「うわあああああああ!!! 私の3か月の大作があああああああ!!!」


「まったく……色々暴走しすぎだろ」






 今しがた、クリエに伝えた『追放』について。


 イザムには正面から、

「お前、追放な。田舎に帰ってゆっくりしてろ」

 と言われたところまで、常々事実ではある。


 が。


『真実』は、異なる。



 +++++++++++



 アイサックは、あの後3日間、生死の境をさまよった。

 僧侶ボッサも賢明な治療を受け続けたが、なかなか意識が戻らなかった。

 その後、何とか一命を取り留め、昏睡から目覚めゆっくり歩けるレベルに回復したアイサック。

 彼にかけられた、無慈悲な言葉。


 砕け散った『勇者の剣』を目の前にして、アイサックから『パーティ追放』を宣言された。


「お前、追放な。田舎に帰ってゆっくりしてろ」


 だが、アイサックは、この言葉の『真意』を理解していた。


 アイサックの体内は魔瘴気に深く侵され、全盛期の体力にはほど遠かった。

 魔瘴気は肺の奥から血液を介して、アイサックの心臓や脳にまで達していた。もう、昔の身体には戻れない。


「元医師として正直にお話しします。もって、1年です」

「だろうね……自分自身の身体だ。よく鑑定わかっているよ」


 七勇者のボッサにも余命宣告を受けた。

 そして致命的だったのが、道具師としての『潜在解放ウェイクアップ』の力だ。


 力の解放はアイテムのリミッターを超えると、粉々に砕け散る。本来はぎりぎりで止めるのが正しい運用なのだが、それができなくなったのだ。『潜在解放』すると常にマックス発動。装備は絶対に破壊される。


 普段は後衛に回り、他の勇者たちの持つ武器防具に能力付与でサポートを行っていたのだが、それが叶わなくなった。

 対魔王用の、残った貴重な装備、壊すわけにいかない。


『真の役立たず』になったのだ。


 だから、本当は『引退』と言った方が正確なのだろう。田舎で余生を過ごしてほしい。嘘偽りない、勇者イザムの本音だ。


 これがなぜ『追放』として、イザムが公表し伝搬したのか。


 一番の理由は、勇者の剣の破損をカモフラージュするため。


 勇者追放というインパクトありかつ新聞屋が挙って飛び付きそうなタイトルを提示することで、この大事件を出来るだけ隠し通そうと、考えたのだ。


 目論みは成功し、事実、今の今までクリエは本当の事実を知らなかった。


 クリエなら、一部の『人気取りのためだけ』に箝口令すら無視して記事を書く記者とは異なり、その辺りは弁えていると思い、サックは真実の一部を伝えたのだった。



 +++++++++++



「さ、ギブアンドテイクだろ? 俺が欲しい情報を提供して貰うぞ」


 灰塵と化した本を目の前に大粒の涙を流すクロエ。

 自業自得の因果応報である。


「……ぐずっ、ほじい情報って…なんですか?」


「『女神に会いたい。どこに住んでいる?』」


 スッ……。クロエの背筋が伸びた。先ほどまで嗚咽を漏らしていた少女(年齢不詳)とは思えない顔立ち。


「女神様のお住まいは我々記者でも存じ上げません。そこに触れること自体、不敬です。七勇者アイサック様」


 ハッキリと否定され、怒られた。クリエ本気記者モードだ。


「不敬を承知で聞いた。だから、それに見合う『大事件』を伝えたんだ」


 サックは女神の居場所を知りたかった。


 いきなり夢枕に立ち、人には過ぎた能力を勝手に付与して、世界の運命を背負わせ、人生を狂わせた女神を、



 一発、ぶん殴りたかった。



 ただ、それだけ。



「……はあ、こんな大事件を聞かされて、見返り無しなのは私も申し訳ない……」

 クリエは、むむむと考え込んだ後、ひとつの情報を引き出した。


「魔王……。過去の魔王との戦いの際、女神も手を貸したとの伝説があります」

「……なるほどな、そのタイミングか」


「何をされたいのか解りませんが、私が持つ情報は、これで全てです。内容に見合わず申し訳ありません……でも、『剣』が砕けてたなんて……」


「そこは『大丈夫だ』。イザムならやってくれる」


「そんな根拠も無しに……まるで道化師ピエロですね」


 根拠は、確かに無かった。けど、


 追放宣言の後の彼の言葉。

 悔しさで感情が溢れ、涙が止まらなかったアイサックにかけた言葉。


「『大丈夫だ』。後は俺たちに任せろ」


 イザムの、いつもの口癖。彼は他の勇者たちを信じている。

 そして本人も、ホントに今まで『大丈夫』の一言で、全て乗り越えた。


 彼は『真の勇者』なのだ。



 +++++++++++



「あ、そうでした、忘れるところでした」


 夕刻。

 公園に夕陽が差し、そろそろ日の入りだ。


 クリエは、背中に光の翼を生やし、サックの頭より少し高いところを浮いていた。


 有翼種。

 一番女神に近いとされる種族で、長寿であるが出生率が異常に低い。レア属だ。


 そんな有翼種のクリエが、なんで新聞屋をやっているのかが一番の謎なのかもしれないが。


「? 忘れてたって、なに?」

 サックが聞き返した。


「元々お伝えするつもりでしたが、あまりの情報の濃さで忘れてました」

 テヘ、と舌をだすクリエ。


「サックさん、『イチホ』という女性、ご存知ですよね?!」

「? 知らん」


 ドサーっ。

 クリエが落ちてきた。ちょうど芝の上だから、そんな痛くないだろ。


「ちょ! なんで知らないんですか!」


「知らんもんは知らん」


「……あ、こう言えば良かったですね」


 芝を叩きながら立ち上がりクリエが伝えたかったこと。


「《イチホ=イーガス》。ミクドラム火災の家主の妻です」


 ああ……。サックの顔が曇る。


「嫌なやつだったよ」


 しかしなぜそいつのことをクリエが話すのか、

 その疑問は後で。

 今は、彼女から語られた事実が問題だった。


「イチホ=イーガスは、生きています。すくなくとも、あの火災で遺体が見つかっていません」


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