第2話 追放勇者、勇者時代を回想する【回想編3】

 魔障気。

 それの濃密な液に飲み込まれ、溺れたということは、すなわち、即死を意味する。


(魔障気を止めるには『女神の涙』の潜在解放が必要……。なのに、俺ここで死んじまうとどうなるんだ?)

 七勇者の『神具ゴッドツール』の役目を果たせずじまい。

 この世界の命運を握っていたのに……アイサックは後悔に苛まれたが、


(でも、さすがにこりゃダメだ。ごめんよ皆、あとは、任せた)

 薄れいく意識。


(……ああ……)

 最後に思うことは、存外、些細なことなのかもしれない。




(……童貞のまま死んじまうのかぁ……悔しいなぁ)


 いや、それかーい。


(なんだよ、男として大切なことだろ)


 ま、まあ、そこは否定しないが。


(女神の祝福を受けてからずっと女難が続いてたんだ。祝福の副作用なんだと)


 それは大変だったな。道理で異様に女運が無いわけだ。


(ネア、ヒメコ、ユーナリス。彼女たちとワンチャン、なんて考えたけど)


 考えてたんだ。


(まあアリンショアは例外な。オバさんだし何より種族が違う)


 オバさんいうと怒られるよ。


(でも蓋を開けてみたら……まさか、ネアとユーナリスがなぁ……百合の間には入れん)


 仲睦まじいよね。見ててこっちも幸せになる。


(ヒメコは、ずっとイザムLOVEだし。イザムは鈍いし……。幼なじみとして、恥ずかしかった)


 まあ、ごめんよ。心配かけたよ、でも大丈夫。


(昨夜、とうとう『致してた』ものな! 宿の壁薄いから丸聞こえで、こっちもシモがヤバかったぞ)


 えっ……聞こえてたの!!


(本気で羨ましかった。あまりに悔しくて。パンツよりむしろ枕を濡らしてたぜ……)


 マジかよ……このまま置いていこうかな。


(は? ……そういや、お前誰だよ、なんで走馬灯に受け答えできてんの?)


 そりゃ、お前を迎えに来たからだよ。






「よくやってくれた! アイサック!」

「……イザ、ム……?」


『福音奏者のマント』。

 味方にテレパシー通信が可能になるマントだが、魔力を込めれば空を飛ぶことも可能。元はボッサが装備していたはずだが、緊急事態だったのでイザムに貸したのか。

 彼は、正に飛んできた。仲間のピンチに駆けつけるのが、真の勇者であるとの思いと共に。


 女神に祝福されし七勇者がリーダー。


神勇ゴットブレイブ イザム=アーシュ』


 アイサックはイザムに抱かれていた。仰向けのアイサックの顔の先に、イザムの顔がある。


「……魔障気……は……」


 完全に魔障気に飲み込まれたアイサック。意識混濁し現状を理解できていない。


「……なんとか、してみせるさ!」


 イザムは、右手に握った『勇者の剣「ハルペリオ」』にさらに力を込めた。すると魔瘴気はみるみる浄化されていく。

 魔瘴気の浄化には『女神の涙』が必要なのだが、この勇者の剣にも、『女神の涙』が使われていた、そのため、浄化が可能となっていた。


 しかし、あくまで浄化のみで、根底から魔瘴気を止めることはできない。

 二人に降り注ぐ魔瘴気をイザムが剣を突き出し浄化し続けていた。しかし、これも時間の問題に思えた。


「……アイサック。聞こえるか?」


 イザムが語りかける。アイサックは、かすかに残っていた意識を保ち、耳を傾けていた。


「俺たち、訳も分からず女神から神託受けて、こんなとこまで来てしまったけどさ」

「……」

「なんというか、あとは『やけくそ』だよな。これほどまで強力な力を授かっちまったら、たぶん、もう普通の人間としては生活できない。顔も名前も何も知られてるし、もしかしたら、国家間の戦争の道具に、体よく使われちまうかもな」


 何を急に言い出すのか。「世のため人のため」が信条だった、勇者のリーダーイザムの言葉とはちょっと思えない。


「何が言いたいかっていうと、アイザック。最後の最後だけ、お前の能力を使ってほしい。あとのことは『大丈夫だ』。全部、勇者イザムに任せてくれ。今だけ、頼む」


 イザムは、アイサックに『女神の涙』を手渡した。既に満身創痍なアイサックには、その石を握ることすら難しかった。


 しかし。これが最後だ。

 あとはイザムがどうにかしてくれる。

 彼の『大丈夫』には、不思議と、そういう力がある。彼は真の勇者なのだ。


 この次元錠の開錠と、魔障気の完全停止を終えれば。

 ――俺は、この命、失おうとも。


 彼は、混濁する意識の中『握った』。

 強く、誰よりも強く、確かに『握りしめた』


 神具が最終奥義。『潜在解放ウェイクアップ』。全力で行う潜在解放には、使用後には『破損』が伴う。『女神の涙』も、粉々に砕け使い物にならなくなるだろう。

 しかし、そんなこと知ったことじゃない。


「ぜんぶ…持っていけ……」

「――! まて、アイサック!!」


 アイサックの信条を察してか。

 勇者イザムが制した。が、もう、アイサックの信念は止められない。


 みせてやる、最後の大花火。


「これが……俺の!クライマックスだっ!」

「だからっ! ちょっとまってアイサック!!ストップ!!」


 全身全霊の『潜在開放ウェイクアップ』は、

 女神の石……ではなく。


 間違って握られた『勇者の剣』に発動された……。





 自分がヤラカシタ事に、死んでる暇なんて無かった。

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