第2話 追放勇者、勇者時代を回想する【前編】

 彼は腹が減っていた。


 ここは、北と南を結ぶ街、ブロクダート。魔王城のある『北の大地』と、南の国とを結ぶ定期船が唯一走る港だ。ここから、船で海を越え南の大陸に渡ることになる。

 魔王が永い眠りから目覚め、北の土地から逃げる人も多い。また、南から多くの軍人や兵士たちが集まってくる関係上、定期便の数が減便している。そのため、定期船はなかなか空席が出来ない。


 結局、サックが取れた船は2日後の便となってしまった。


 こればかりは仕方ない。急ぐ旅だが半分諦めていたので、そこまで気落ちしていない。

 それより、飯だ。俺は腹が減っている。完全に昼飯の時間を逃した。

 折角の港町だからと、新鮮な海鮮を狙ってはみたものの、残念ながらこの港町周辺の飯屋は、すでにランチ営業を終了している。

 そして、空いている店はどれもこれも『観光地値段』かつ『飯も不味い』と来たもんだ。


 道具師アイサック。彼の能力の一部は、戦闘用に洗練され続けた結果、困ったことに《いつでも鑑定》が常時機能してしまっている。

 彼は常に、人一倍の情報が脳に飛び込んでくる。

 見える看板、店の佇まい、店員の雰囲気。それら全て、鑑定済みの結果が付きまとってくる。だから彼はわかってしまう。


(ここはぼったくり値段……ここは魚が不味い……ここも観光地用の値段設定……)

 確かに『ハズレ』を引くことは無くなるが、全てにおいて結果が見えてしまっているので、自ら新たなものを開拓する楽しさは失なわれてしまう。

 だったら、せめて、最高の鑑定結果を出す店で最高に旨いものを食って、鋭気を養いたい。


 ……お。

 サックは、港から離れた場所でこじんまりとした定食屋を見つけた。しかしそこは海鮮は扱っていないようだか、


「ほう、こういうとこでいいんだよ」

 店の暖簾はそこそこに年季が入っている。鑑定結果は30年物。いい塩梅の老舗だ。そして、幟には『フリア スパシール』と書いてあった。


 フリアとは、豚肉を厚くスライスし、卵とフロア粉、乾燥パンの粉末をまとわせ、油で揚げたものだ。低温でゆっくり火を通したのち、高温で二度揚げして表面をサックリ仕上げる。このひと手間で、フリアの味は大きく変わる。


 二度揚げする時に油が燃えそうになることを、古代火炎魔法フレイアに見立てて、それが訛ってフリアとなった、とも言われている(諸説ある)。


 サックは、この店が、先ほどの手法で揚げている事を鑑定で確認した。海鮮ではなかったけど――決まりだ。

 とにかく彼は今、旨いものを口一杯に頬張りたいのだ。


「らっしゃい!」

「1名ね」

 店にはふくよかな体型の女将さんと、奥には調理場が見える。お昼のピーク過ぎていたため、人は殆どいなかった。サックは中程のテーブル席に案内された。


「豚のフリアと……あ、ハクバクとトウシ汁、あとキサラ豆にエール」

「あいよ!」

 お腹の空腹に負けて、たくさん注文してしまった。


「ほい、キサラ豆とエールお待ち!」

 エール(炭酸入りアルコール飲料)に、塩茹でしたキサラ豆を合わせて一杯いただく。この店のフリアは調理に時間がかかる。そう読みきったサックは、料理をいただく前に、エールとキサラ豆で乾杯をした。


 緑色の固い鞘に包まれたキサラ豆。しっかり塩味で茹でることで、鞘の繋ぎ目が緩くなり、中の豆がポロリととれる。ポイっぽいとそれらを口に頬張り租借した。

 少し青臭さが残っているが、それもこの豆の個性。強めの塩味と相まって噛めば噛むほど甘味を感じる。サク、ホクと解れる食感も、この豆の醍醐味だ。。


 グイッと、エールで流し込む。口の中の塩味と甘味と、豆の存在はエールの苦味とシュワシュワによって流されていく。ついで、飲み込まれるエールののど越しに、サックは爽やかな快感を覚えた。


「……っっくぅぅぅ! うんめぇ……」

 昼過ぎから酒を飲む背徳感も重なる。これ程のエールを味わったのは久しぶりだ。


(あの『ナイフ』、いい値段だったものなぁ)

 キサラ豆を摘まみながら、ナイフを高値で買い取った骨董商に感謝した。お陰で、旅費にはかなりの余裕が生まれた。

 豆とエールをほぼほぼ嗜んだころに、主役が登場した。


「おまち!」

 出来上がった豚のフリアを見て、サックはこの店に入れたことを女神に感謝した(嫌いだけど)。

 鑑定眼など無くとも、豚のフリアはまるで「旨い」の形容詞で作られたようだった。

 二度揚げされた表面を、まだ小さく油が跳ねる。パチパチと、表面の水分を飛ばす音が、微かに残っていた。


(……よし!)

 サックはテーブルに置かれていたツボの蓋を開けた。中には黒色の濃厚なソースが入っていた。どうやら自家製だ。一般的なものよりもスパイスを効かせている。鼻に抜ける香辛料の香りが心地よい。

 流石、フリアと一緒にスパシールを売りにしている店なだけある。


 備え付けのスプーンで、フリアと添え付けの野菜にソースをかける。フリアのサックリ感も楽しみたいので、衣にはほどほどに。

 一緒に注文していたハクバクも、一粒一粒がしっかり立ち、ツヤがあり、白く輝いていた。小山に盛られた頭からはほっこり湯気が立ち、もう香りだけで、コイツが「旨い」ことが理解できる。


(いただきます)


 まだ熱がこもっているフリアを、箸で一切れ持ち上げた。断面はほんのり桜色を呈しており、赤身と脂身の比率、コントラストに心が踊る。サックは熱々に齧り付いた。

 固めに揚げた衣。歯ごたえを感じるものの、それは程よく砕け、また、肉はサシを介して綺麗にほぐれた。そして口の中に、甘い脂が肉汁と共に溢れた。

 さらにスパイスを効かせた特製ソースが追い討ちを仕掛ける。濃い味のソースではあるが、このフリアはそれに負けない旨味だ。


「……うんめぇ……」

 至福。この二文字は、今、この時のためにある。サックは確信した。


 ……が。

 その至福の時は、彼女によって打ち砕かれることになった。


 カランカラン。

 扉の開く音。


「へいらっしゃい!」

「えーと……あ! 居た♪」

 女性の声、いや、少女の声、だろうか。サックは入り口を背に座っていたので、その女の顔は見えない……んが。彼は彼女のことをよく知っていたし、彼女も彼のことをよく知っていた。


「えへー。みーつけた!」

「……」

 サックは無視を決め込み、食事を続けた。付け合わせの汁物を頂く。


「ずずず……んまっ」

「あー、美味しそう! わたしもご飯たーべよっ♪」

 どかっ。サックの向かいに座った彼女。


「女将さんー! 野菜のスパシールでお肉抜きハクバク大盛!」

 同席で勝手に注文を入れてきた。足を組み、サックを向き笑顔の挨拶。


「ご無沙汰ですっ♪ サックさん。《クリエ=アイメシア》ですっ!」

「……」

 あくまでも無視をし続けるサック。《クリエ》と名乗った少女のことを極力目にいれないようにしている。

 フリアを二切れ、三切れと口に放り込むが、先ほどとは打って変わって、味などしない。


「あー、そういうことしますかサックさん。いや、道具師、アイサ……」

「やめろ、新聞屋」

 根負けしたサック。

 追放され、身元を隠して旅をしている身としては、その名前を公共の場で出されるのは避けたい。


 ふふん! と、勝ち誇ったようにクリエは胸を張って意気がった。

(なお胸はあまり無い)


 全体ブラウン色を基調とした衣装。チェック柄ケープを纏い、同じ柄のベレー帽にジャンパースカートを召したこの女。見た目はかなり幼く見えるが、実年齢は不詳。サックより上なのは確か。

 そして本業は、かなりやり手の『新聞記者』。そして、『勇者専属記者』でもある。


「何の用事だ、新聞屋」

「いいえ、特には。偶然あなたを見かけまして!」

 本当か? クリエの口から出る言葉は、サックは殆ど信用しきれていない。というか、サックはクリエのことを『鑑定できない』。


「はい、野菜スパシールね」

「わーい、美味しそう!」

 クリエの前にスパシールが届けられた。

 スパシールは数種類の香辛料と野菜、肉などを一緒に炒め、その後水と果物を入れてじっくりと煮込む料理である。一般的にスープ状で、ハクバクやパンを浸けて食べるものだ。地方によっては、とろみが付いている場合もある。


「あーん(^O^)!  おふっ!ここのスパシール美味しい!!」

 香辛料の香りだけでわかる。この店のスパシールもレベルが高い。

 熱々のスパシールをパクパク食べるクリエ。湯気でメガネが曇り始める。


「ありゃ、メガネが曇ってしまいました」

「……取ればいいんじゃないか?」

 舌をだす新聞屋。ベロは香辛料で黄色くなっていた。この新聞屋、行動がいちいち子供っぽいが、繰り返すがサックより年上である。


「あなたに私の『鑑定』されてしまいますからね。新聞記者として、自分の弱みを見られるのは最大の侮辱! なので、絶対取りませーん」

 そう、彼女の身に付けているメガネは『チェックキャンセラー』。鑑定士やその他、偵察系スキルを完全ガードするマジックアイテムだ。


「新聞屋。本当に偶然ここに来たのか?」

「――まあ、本音を言うと『真相』を知りたくて? みたいな」


 あっという間にスパシールを平らげてしまった。ハクバク大盛だったはずだが。サックの肩ほどまでしかない身長のこの体に、まあ、よく入ること。


「真相……ねぇ。だったらよ、まずは新聞屋! この記事の『真相』はなんだ」

 サックは、あの時拾った『号外』を突きつけた。


「ほうほう、拝借」

 クリエはメガネを直す所作から、号外を手に取った。金髪ショートにインナーカラーで赤い髪がチラチラ覗く。派手な髪色になっているが本人曰く『地毛』。

 鑑定できないので真贋は不明だが。


「んー? もしかして『誤字』にお怒りで?」

「誤字はさっさと直せ。それより、追放の件だよ。なんで記事にした。情報統制されているはずだ」

 ああ、と、クリエは、サックの怒りに理解を示した。


「つい先日、勇者イザムから本情報については解禁令がでました。そんで記事にしたってことっすよん」

「……」

 イザムが、記事にすることを許可した。

 サックを『追放』した張本人だ。


「あら? 信用なりませんか? でも私も『勇者専属新聞屋』としてやっている以上、勇者の命令には従いますよ」

「……そか」

 これ以上の詮索は、多分無意味だ。サックは、イザムが単純な理由で解禁するとは考えていなかった。何か別の意図があるのか。勘ぐってしまうだけで、それこそ『真相』は、イザムにしかわからない。


「さて、アイサ……じゃなかった、サックさん、『ギブアンドテイク』ってお言葉ご存じですかね?」

「? 『誤字あんで訂正』?」

「お耳をお掃除したほうがよろしいですね、もしくは精神系の医者をオススメします」

「さっさと『道化師』の修正しろって意味だよ」


 夫婦漫才よろしく、テンポ良い受け答えが行われた。なお、サックとクリエ曰く「互いに好みのタイプではない」とのこと。


「それはそれですね、サックさん」

「俺は情報屋じゃない。ネタになるものはなにもない」

 いいえ。クリエは首を横に振った。


「私は今、喉から手が出るほど欲しい情報があるのですよ」

「……」

 サックはなんとなく察しがついた。


「サックさん、あなたが追放された『理由』をお聞かせください」

「ノーコメントだ、少なくとも、ギブ&テイクに見合うほどの情報ではない」

 残りの昼食をすべて掻き込みながら、サックは返答した。


「だと思ってました。なので、今回は私も、追加で『見合う情報』お持ちしましたよ」

 ん? 珍しい。情報屋が取引に自分の情報を持ち出すなんて。


「……何か、『裏があるな』」

「まあ、ご明察ですが……サックさん、あなた、『当日ミクドラムに居ました』ね」

 カタン、と、サックは箸をおいた。


「何を根拠に」

「先ほど見せていただいた『号外』」

「あ」

 くすくすと、クリエが笑う。サックは自分の軽率な行動を悔やんだ。


「あと私は『当日居た』としか聞いてません。何かあったのかご存じですね」

「……さあ、な」

「号外に日付があるので色々と言い訳不可能ですからね」

 くっくっく。クリエが見下している。


「で、この件、どうします? 新聞にどでかく乗せようか悩んでるんですよねぇ」

「……」

「見出しは……そう、『屋敷の火災、まさかあの『追放勇者』が関与か!』、シンプルにそれで……」


 バンッ!


 思わず、サックは机を叩いてしまった。


 ざわ、ざわ。


 店員や、周りの客の注目が集まる。


「……場所を変えよう」

 サックは、食事の伝票を手に取ろうとした、が。


「ここはおごりです。あ、公園においしいアイス屋さんがあるみたいですよ」

 いつの間にか伝票はクリエに握られていた。既に、料金に加えてお店へのチップ料金が記載されていた。


「さすが、早いな」

「これが仕事ですから。『誰よりも早く、正確にお伝えします!』」

 後者をしっかりしてほしいな、と、サックは思いながら、最高に旨かった定食屋を後にした。


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