第2話 追放勇者、勇者時代を回想する【回想編1】

『魔王城』


 最北の地『イン=サクル』に封じられていた魔王が、復活した際に併せて建立した城。といっても、便宜上の名前だけで、そこに建物は実在しない。魔王城の入り口は、異空間へのゲートのようなものだった。


 その城門は、『次元錠』により封じられていた。

 元々は数百年前の『勇者』達が、魔王を異空間に封じるために用いた強固な封印だった。実際にそれは錠前の形をしており、物理的なロックが掛けられてあった。だが現代の魔王はこれを改良し、逆にこちらからの進入を防ぐ『鉄壁の鍵』としてしまったのだ。

 魔王城に攻め入るには、この『鍵』の開錠が必須になる。


 人間は外から攻め入れないが、しかし魔王は、魔王城から禍々しい瘴気――『魔瘴気』――を発生させ、生命を死に追いやった。魔瘴気を浴びた人間は、まず例外なく、闇に侵され命を落とす。魔瘴気を浴びた台地には草木が枯れ死の大地となる。

 そしてまた、魔物たちはこの瘴気を浴びることで更なる力を得る。魔王の配下になることで自身の能力の限界を突破させるのだ。


 この魔瘴気を止めない限り、人間に未来はない。




 数日前から、魔瘴気の発生量が多くなってきたことが、先方の伝令から伝えられた。が、その後すぐに、伝令からの連絡が途絶えた。過去に前例のない程の、大量の魔瘴気が発生したのだ。瘴気が届かないギリギリで偵察していたものは全員、魔瘴気にあてられ帰らぬ人となった。

 そして時を同じくして、魔王城の周りには、魔瘴気を目当てに数多くの魔物や、悪魔、生ける屍たちが集まり始めた。その数は、数えきれないほど。比喩ではない。上空からの偵察では地面が見えなかった。魔王城を囲うように幾千幾万幾億の魔物が集まったのだ。もしかしたら、北の大地全土から召集されたのではないか……。


 そして瞬く間に、魔瘴気の漏れ出しはかつてない量となった。瘴気を浴びた魔物はどんどん活性化していく。この数の魔物すべてが、魔瘴気を吸ったとしたら。もう、人間は太刀打ちなどできないだろう。



 +++++++++++++++



 文字通りの、足の踏み場もない場所。

 紫色に漏れ出る魔瘴気と、怪しく発光する『次元錠』。ここは、魔王城正面。

 錠の隙間から漏れ出る魔瘴気が一番濃厚なため、高レベルモンスター……デュラハーンやデスサイズ、ワイトロードといった魔物が多く集まり、魔瘴気を貪っていた。

 そんな魔瘴気のおこぼれに預かろうと、ゴブリンの群れやレッサーデーモン、悪戯イビルといった雑魚モンスターたちもこぞって集まってきていた。小柄な体格な分、魔物たちの隙間に収まりちゃっかりと魔瘴気を浴びていた。

 めきめきと、力が湧いてくるのが実感できる。彼らは歓喜した。もう人間など我々の足元に及ばない。これからは暗黒の世界がやってくる、魔王万歳……。


「……ぅ……ぉぉおおおおおおっ りゃあああああああああ!!!!!」

 空から、雄たけびが聞こえた。人間の声。しかも、女の声だ。

 その人間は、聖銀で作られた重厚な鎧を身に着け、自身の背丈並みの大きさの巨大な『オノ』を振りかざしながら落ちてきた。ちょうど、魔王城の正門前だ。


「ぶっとべえええええええええっ!!!!」


 人間の落ちてくる速度と併せてオノの落下速度も重なった、重い一撃が、正門前にいたティアマットを叩き潰した。瞬間、そのオノを中心に巨大な光が爆発した。激しい閃光はまるで光の矢のごとく周囲を貫き、爆風に撒かれたモンスターは瞬時に粉々に粉砕された。先ほどまでいた、魔瘴気を浴びた上級レベルの魔物すら、この一撃で一瞬で消滅させた。


 地面には大きなくぼみができた。

 いま、魔王城正面には、環状にきれいに空隙ができていた。その場に先ほどまでいたはずの魔物は、すべて跡形もなく消え去った。


「さあこい!アタイら人間の存続を掛けた勝負事だ!手加減なんてできねぇぞ!!!!」

 その女は、軽々と巨大なオノを持ち上げ、肩に担いだ。

 この斧の光る刃は、併せて邪を纏う。光と闇が重なり輝く巨大戦斧『ムーンエクリプス』。扱うは、女神に祝福されし七勇者が一人。


神手ゴッドハンド ネア=マイア』


 成人男性並みの身長、顔は、何もしていなければ美人。肩まである黒髪を雑に後ろに纏め、『精霊王のリボン』で結っていた。


『ヲオオオオオ……』

 魔物たちが触発されて、正門に集まってきた。今なら濃い魔瘴気を浴びられる。そう考えていたのだろう。


「うおおおおりやっ!!」

 そんな雑魚級の魔物が束になっても、七勇者ネアの敵ではない。斧の一太刀で100のゴブリンの胴体を分断し、返す刃で30体のゴーレムを破壊した。


 そして、彼女が開けた空間。魔王城正面に向かっているのは、魔物だけではなかった。


 ダダダダダダダ……


 目にもとまらぬ俊足。そしてジャンプ力。ネアの後方に、青年が着地した。

「ネア!」

「いけっ! 道は開けといたぜ!!」

 だっ! 一瞬土埃が立ったかと思ったら、その青年は、既に魔王城の正面……『次元錠』の前に立っていた。このスピードは、正確には彼の力ではない。


 彼の靴は、神速の足を持つ神の名を模した靴、超一級品『韋駄天足』だ。超希少な金属『ヒヒイロカネ』を装飾に使うことで、神の足のごとく素早くなれる。さらに彼は、潜在的に眠る装備の力を、意図的に引き出し、神速を超える超足を見せつけたのだ。

 彼は、女神に祝福されし七勇者が一人。


神具ゴッドツール アイサック=ベルキッド』


(《深層鑑定》……解明!!想定通り!)

『次元錠』に向かい、能力『深層鑑定』を実施。開錠方法から、魔障気の止め方の最終確認を、一瞬のうちに終えた。


(開錠――『三鬼神』の武器を解放して、錠前に突き立てる!)


 サンドバック状の麻袋から、3本の刀を取り出した。いずれも魔王の部下『三鬼神』が所有していた刀だ。そのうち1本を手に取った。


「……! アイサック! すまん、抜けた!!」

 ネアの声だ。アイサックが『次元錠』の開錠を行う間。敵をひきつけるのが彼女の役目だったが、敵の量が想定をはるかに超えていた。

 細身のハイオークが2匹、潜在解放ウェイクアップを試みているアイサックに襲いかかる。


「くっ!」

 だが、オークたちはアイサックに近づく前に細切れになった。


「間に合ったようじゃアイサック殿。わっしの出番残してくれてありがとうニャ」

「まったく、埃っぽくて嫌ね……ここは私たちに任せて、サックちゃんは『開錠』を!」

 残った希少なヒヒイロカネも、すべてこのために、二足の『韋駄天足』に加工をした。これを装備した、女性が二人が文字通り神速で駆け付けてくれた。


 一人は、人間の身長の半分程度しかない、猫と人との合いの子の種族である『フェルキット族』の女性だ。人間に比べて非常に柔軟性に富み、また夜目も効く。

 年齢は30を超えており、語尾が少し特徴的ではあるが、戦闘能力は折り紙付き。それもそのはず、昔は大盗賊として名をはせ国中を混乱させた人物だ。そして今は、魔王を討つべく、ここにいる。

 彼女が握るは、古に魔王と対等の力を持った幻竜の爪を鍛えた二対の短剣『幻竜の小太刀』。女神に祝福されし七勇者が一人。


神業ゴッドスキル アリンショア』


 そしてもう一人の女性。

 七勇者の中で一番背が高く、清楚な顔立ち。元は某国で国営雑技一座の花形を勤めていた女性だ。彼女が舞うだけで国が傾くとまで言わしめた魅惑のダンス。そのあまりに過ぎた力を持ってしまったため、国を追放され、紆余曲折あり、いま七勇者として鼓舞している。

 両の手に構えるは美しい扇。火山の爆発を一仰ぎで凌いだ伝説を持つ『羅刹芭蕉扇』に、金輪際争いが起きぬ世の中にと多くの人の願いが込められ編まれた光の扇『天下泰平』。

 女神に祝福されし七勇者が一人。


神舞ゴッドダンサー ユーナリス=テンオウ』


「……うっ、くそ! 魔瘴気が……」

 アリンショアとユーナリスが、アイサックに向かって(正確には、アイサックが開けようとしている『次元錠』近くから漏れ出る、濃厚な魔瘴気目当て)突進してくる魔物を、一瞬のうちに片づけている。

 一方、魔瘴気に直にあてられているアイサックは、思い通りに能力が発揮できない。

 今回のために、耐魔瘴気用の薬を調合していた。アイサック一同、今回の作戦参加者にはそれらをふるまわれているのだが、魔王城から漏れ出る魔瘴気の濃度が、想定を超えていたのだ。


(薬……もってくれよ)

 魔瘴気による息苦しさに耐え、アイサックは一本目の武器を『潜在解放』した。


「まずは、一本!」

 それを力強く『次元錠』に突き刺した。すべての破壊攻撃を弾くはずの次元錠に、刃が通った。


「次!『潜在解放』……!」

「サックちゃん! まだ開かないの!」

 ユーナリスの焦りの声。アイサックも驚いた。既に周りには魔物が集まっていたのだ。


「どういうことだ、ネア殿!! いったい何が……っ!」

 当初の考えであれば、大多数の魔物をネアが抑える筈だったがのだが、それが全く追い付いていない。アリンショアは、その理由を瞬時に理解した。


「う……うおおおおおおおおおっ!!!!」

 巨大チャリオットを駆るデュラハンが迫ってきていたのだ。ただ、その大きさが規格外だった。どうやら、魔瘴気を十分に浴びていた魔族だったようで、力をため込む際に巨大化したらしい。

 それをいま、ネアがたった一人で抑えている。自身の身長の10倍……それ以上はある巨大な戦車を、アイサックたちのところに行かせまいと、必死に押さえつけていた。しかし逆に、他の魔物に手が回らなくなっていたのだ。


 ジリ貧だ。

 あまりに多い魔物の数。想定以上に濃い魔障気。特に魔障気は、耐性薬でも完全には防ぐことができず、ガードの上から着実に、みんなの力を奪っていっていた。


「俺も戦う!」

「ダメじゃ!アイサック殿は早く解錠を!」

 とは言われるものの、魔障気を一番当てられる中で、能力を使うのは限界がある。


(作戦ミスだったか……! もう一人、せめて『彼女』がこちらに来てくれれば!)

 自身の作戦の甘さと、メンバーの割り振りをミスしたことを悔やんだアイサック。後悔先に立たずとは言うが、せめて今からでも、勇者がもう一人来てくれれば戦況は大きく変わるのだが……。




 刹那。少し離れた位置で巨大な爆発が起こった。

 それは、古代文明を滅ぼさんと作られた、全てを焼き消す光の炎。

「――来てくれたのか!!」

 この遠くの爆発が目に入ったアイサックは、誰が来てくれたのか瞬時に理解した。そして、目にも止まらぬ早さで、腰のホルダーから色々な薬草と薬瓶を、空中に放り投げたのだった。


「行くぜ、『超速配合』だっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る