第4話 ちゃんぽん屋編②

ちゃんぽん屋で財をなすことを閃いたのは良い。


だが今の俺には金がない。


まず、どうやって食材を揃えればいいのやら。


とりあえず食材が売っている店を探しに俺は市街に繰り出した。


街をぶらぶらと歩いていると、当たり前のことに気がついた。


この世は江戸時代。


当然スーパーのような量販店はない。


八百屋、魚屋、乾物屋。


食材に限らず、あらゆる物が個々別々の店で取り扱われている。


俺は江戸時代の町並みに心躍らせながら見物を続けていると、ある男が唐突に話しかけてきた。


「旦那、古くは支那より伝来し、万病に効くとされる秘伝薬はいかがですかい?」


男はその口を囲んだ黒い髭を蓄え、鳴門模様の頭巾を巻き、でかでかとしたものが入っていそうな風呂敷を背負っている。


「お前、泥棒だろ」


「何を言うか!旦那!そんなわけがなかろう!あっしは堅気の薬売りぞ!」


男の顔からは汗が吹き出し、目は生簀の中のメダカのように泳いでいた。


「まあ、どうでもいい。薬はいらん。俺は忙しいから。じゃあな」


俺はその場を後にしようとしたが、男が俺の上着の袖を掴んで引きとめた。


「ちょっと。待ってくれ旦那。薬の話はもう良い。それにしても、あっしのことをどうして盗賊稼業とお思いなすった?」


「お前の格好、まんま泥棒じゃねーか」


男が顔を近づけ、俺の耳元で囁いた。


「旦那、ちいと表はまずい。こっちへ来てくれい」


俺は男についていった。


店が立ち並ぶ通りから細い路地を一本入り、少々奥へ入ったところで男が立ち止まって言った。


「旦那、あんたはすごいお方だ。俺を一発で泥棒と見破ったのはあんたが初めてだ」


絵に描いたような至極あからさまな格好。


時代劇をかじった人間なら誰でもわかりそうなものだが。


泥棒の男は続けて言った。


「さては、あんたも盗っ人であろう。あんたに惚れた。あっしを弟子にしてくれ!」


「待て。俺は盗っ人なんかじゃない」


「そんなことはどうでもいい。あっしは旦那の切れ味鋭いその目利きに惚れたんだ。とにかく弟子にしてくれ!」


泥棒はなかまになりたそうにこちらを見ている。


俺は鬱陶しく思ったが、この泥棒が腕利きであるとすれば、何かと使い勝手が良さそうだとも感じた。


俺は泥棒を試すことにした。


「わかった。じゃあ、ひとまず、俺が頼むものを盗んできてくれ」


俺はちゃんぽんの材料を思いつく限り泥棒に伝えた。


泥棒によると、スープのベースとなる豚肉や豚骨は出回っていないようなので、代用品として鰹節や煮干しなどを頼んだ。


野菜などを合わせると結構な品数となった。


「旦那、今日の暮れまでには集めてきますからね。それまで、あっしの家で待っていてください」


俺は泥棒の家に案内された。


泥棒にしては、ちゃんとした家で、かまどなんかもあった。


こいつが本当に盗みで生計を立てているとすれば、なかなかの力量であることは間違いなさそうだ。


泥棒が囲炉裏に火を起こしてくれた。


「まあ旦那。少しお疲れに見えますから。ごゆるりとしといてくださいや」


そう言い残して、そさくさと玄関口から出ていった。


俺は囲炉裏の暖かさを感じながら深い眠りに落ちていた。




「旦那!旦那!」


俺は泥棒に体を揺すられて、その声で目を覚ました。


窓の外はすっかりと真っ暗であった。


「約束通り、集めてきやしたぜ」


俺の目の前には泥棒に頼んだ品々がこれでもかと言うほど大量に並べれていた。


「これ、お前が全部やったのか?」


「当たり前ですよ。というか、これくらい朝飯前です」


「よし。お前、今日から俺の弟子になれ」


俺がそう言うと、泥棒は玩具を与えれた子供のように家の中を飛び回って喜んだ。


「旦那、ところで、この食い物は何に使うんです?」


「ちゃんぽん屋を開くのさ」


「ちゃんぽん屋?」


そうか、ちゃんぽんという言葉はこの時代には存在していない。


俺は言い直した。


「まあ、簡単に言えば唐風のうどんだ」


「なるほど、それはすこぶる流行りそうだ。旦那、わしにも一枚噛ませてください」


「当たり前だ。お前にはうんと働いてもらうぞ。ところでお前の名前はなんて言うんだ?」


「巷では薬屋の与作(ヨサク)で通っています。まあ、与作と呼んでください。ところで旦那の名を聞いてもよろしいか?」


俺は急に聞かれて困ったが、推しの名前(一ノ瀬志保)から連想してこう答えた。


「一ノ瀬火影(イチノセホカゲ)だ」


「なんと姓を持っているとは!士族のお方であったか!それにしても火影とは珍しい名ですな〜。なんだか忍者みたいだ」


俺の連想はどうやら有名忍者漫画にも影響されていたらしい。


「まあ、あっしは旦那のことは『旦那』と呼ばせていただきます」


「それでいい。与作」


こうして腕利きの泥棒である与作が弟子となり、俺はちゃんぽん屋の開業、ひいては推しとの夢の時間に一歩近づいたのであった。

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アイドルオタクの俺が江戸時代に転生したら、推しメンが花魁になっていた件 @iwasakitukuru

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