第2話 決めた!俺は推しを抱く!!
俺は交通事故で死んだ。
その後、目覚めた江戸時代風の世界では花魁道中で賑わっていた。
一際に艶やかな佇まいで道を闊歩する花魁、玻璃(ハリ)太夫。
俺の方に視線を向ける彼女。
その顔を見て俺は度肝を抜かれた。
彼女はまさに俺が追いかけてきたアイドルの推しメン。
一ノ瀬志帆(イチノセシホ)、通称しほりんであった。
俺は目を疑った。
しほりんが花魁だと?
俺は横の遊女に尋ねた。
「なあ、あの玻璃太夫はこれから客間に行くのだろう?」
「ええ、そうですわ」
「その後、何するんだ?」
「歌ったり、踊ったり、お酌をしたり……」
「それから?」
「女にそげん淫らな言葉ば喋らそうとして。旦那様も意地悪かね」
「なるほど……男と交わるというのだな。いや、許されんぞ!!!」
「またそげん大きか声ば急に出さんでよ。びっくりするたい。」
つい俺の心の声が漏れてしまった。
しかしこれは到底許されたことではないのだ。
アイドルグループ『46project』の持ち味とは
一に清楚、二に清純、三に純粋無垢だろう!
それが情事とは、現代なら文春砲で一発退場だぞ!
俺は嫉妬にも似ているどす黒い何かに胸を支配されかけた。
しかし、突如その闇に一筋の光が差し込んだ。
誰かが抱けるということは、俺も抱けるということだ。
俺はせかせかした口調で女に聞いた
「おい、あの玻璃太夫と遊ぶにはいくら必要なんだ?」
「玻璃さんなら揚代で七十五匁(モンメ)はいるやろね」
匁?そういえば俺はこの世界の貨幣制度を知らない。
俺は着ていた羽織袴の衣嚢を手で探った。
何か手に触れた感覚があったのでそれを取り出した。
見ると錆びついた五円玉によく似た古銭が数枚出てきた。
俺はそれらを女に見せながら尋ねた。
「これが何枚で一匁になるんだ?」
「旦那様、そろばんできんとね。それは一文銭やろ。一匁は四千文やけん、それが四千枚たい」
「ちなみにお前の揚代はどれくらいだ?」
「私は金三朱やけん七百五十文」
なるほど貨幣制度の概要はある程度掴めた。
「ところで旦那様、そろそろ昨日の分の揚代ば頂きたかとけど」
俺は袴の衣嚢や腰にぶら下げた巾着を手で探ったが、先ほどの金の他に何も見当たらなかった。
「旦那様、もしかしてお金の無かと?」
まずい。
どうやら俺の焦りが伝わったようだ。
すると、目の前の遊女は顔を鬼の形相に豹変させて叫んだ。
「楼主様!婆さま!このお客、文無しよ!」
まずい。
どうやら俺が金を持っていないことが伝わったようだ。
こんな江戸時代みたいなところで捕まったらどんな拷問を受けることになるのだろうか?
誰かが急いで階段を上がってくる音がする。
俺は咄嗟に窓の格子を突き破り、二階から飛び出した。
かろうじて地面に足から着地。
素早く周りを見渡すと右手の方に先ほどの花魁道中の一行。
その奥に大きな門がある。
俺はその大門を目掛けて全速力で走り出した。
「文無しの客が逃げた!捕らえろ!」
後ろから楼主の男であろう叫び声が追ってくる。
俺は振り返らず走る。
30mほど走ると花魁道中の一向に追いついた。
俺はその一行たちをどんどん抜き去っていった。
ついに赤と金の着物を召している玻璃太夫の少し前に出た。
俺は走りながら振り返ってその顔を覗き込んだ。
やはり間違いなく玻璃太夫は俺の推しであるしおりんだった。
いつまでも眺めていたい姿であった。
しかし、俺は今、揚代を払わずに店を出た。
ふととき者として追われる身だ。
しおりんへの想いをこらえ、苦渋の思いで前を向いた。
全身全霊で大門を目指し駆けた。
ここで捕まればお先真っ暗だ。
多分、俺の首が飛ぶ。
でも不思議と恐怖はなかった。
走りながら、俺の中で沸々としたものが湧き上がった。
決めた!俺は推しを抱く!!
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注1:江戸時代の貨幣制度
江戸時代では現在の10進法ではなく4進法を使用していました。
貨幣の価値は
1 両(りょう)=4 分(ぶ)=16 朱(しゅ)=4000 文(もん)
となっていました。
また今回のお話に登場した匁(モンメ)という位については1両=60匁となっています。
注2:花魁の揚代
1匁はおよそ現代の2000円くらいの価値です。
玻璃太夫の揚代である七十五匁は現代での15万円ほどの価値であり、当時の吉原において最高格である太夫に属する花魁の揚代を参考にしました。
人気の花魁は庶民にとって到底お近づきになれない人物であることがわかります。
また主人公が昨晩抱いたという遊女の揚代は金三朱。
これは現代で1万5千円くらいの価値であり、皆さんにも馴染みのある価格帯ではなかろうかと思います。
ちなみにこの揚代は当時の長崎丸山遊廓で並と称された格に属する遊女の揚代を参考にしました。
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