6 魔法使いの館
「何者だ」
低い男の声が、扉の向こうから聞こえた。
「怪しいものではありません。偶然迷い込んでしまって、出られなくなってしまいました。どうか入れてもらえないでしょうか?」
トルムが答える。
「・・・入るがいい」
その声と同時に扉は開いたが、その先には誰もいない。
「すごい、本当に魔法だ」
ロイは感心したように目を見開く。
「行くぞ」
三人は再びトルムを先頭にして入って行った。最後尾のティナが入ると、また扉は自然に閉まってしまう。
「この廊下を進み、突き当たりの右にある階段を登れ」
天井からの声に従い、トルムたちは歩いていく。館の廊下には、一面赤いじゅうたんが敷いてあり、壁は大理石でできているようで、クリーム色をして時々化石のようなものが見えた。
「豪華だね」
「すごいな。魔法使いって金持ちなんだな」
二階に上ると、再び廊下が続いていたが、一番奥には他とは違う大きな扉がついていた。
「一番奥の部屋へ来い。そこで会わせてもらおう」
三人は、扉の前に並んだ。
「・・・緊張するね」
「別に」
「なんで!?だって、いよいよ魔法使いとの対面じゃない」
「もう、ここまで来たらどうにでもなれだろ。お前いれば命は助かるし」
「あの力は使いたくないんだって!」
「分かった分かった。善処はする」
「もう・・・ティナはどう?」
ロイはティナのほうを向いた。
「あ・・・ちょっと、緊張しますねー・・・」
ティナはおどおどとした様子で答える。
「だろうな、さっきから珍しく全然喋ってなかったし」
「そうよねー。がんばりましょう、ティナ!」
ロイの言葉に、ティナは「はい」とうなずいた。
「よし、それじゃあ、行くぞ」
トルムが扉をノックした。扉は、きしんだ音を立てて両側に開いていく。
真っ先に目に入ったのは、めらめらと燃え上がる巨大な炎。部屋の高さの半分ぐらいの段が奥に作られており、その上にある冠のような造形をした台の上で燃えていた。その部分の天井はなく、煙突のような役割をした、長い縦穴になっているのだろうと思われる。左右の壁にはランプが連なり、その下には一列に大量の壺が並べられていて、とても奇妙な光景だ。
前に視線を戻した三人の目には、炎台の下に玉座のような大きな椅子があって、そこに誰かが座っているのが映った。
「名を名乗れ」
炎が逆光になっていて、姿がわからない。黒い影は低い声で、そう告げる。
「トルム・イオニアマイグスです」
「ティナ・オセユアと申します」
「ロイ・シャーヤです。あなたは?」
「俺の名はフードゥル・タンだ。ふむ、トルム・イオニアマイグス・・・ロイ・シャーヤ、か・・・」
フードゥルは立ち上がった。コツ、コツと靴を鳴らし、こちらへ歩み寄って来る。
「その名は、偽名だろう?」
「・・・!?」
二人は声を詰まらせた。
「ち、違います。これは私たちの本名で・・・」
「嘘をつくな」
フードゥルが手を伸ばす。すると、目の前に閃光が走り、三人の足元に雷が落ちた。
「俺は嘘をつく人間が嫌いだ。本当の名を言え」
二人は困ったように顔を見合わせる。諦めたようにトルムは答えた。
「・・・トルム・ナーグです」
「その女は?」
「ロイ・・・クレーイア、です」
「ふん、そうだと思った」
フードゥルは鼻を鳴らし、にやりと笑ったようだった。
「数年前、遥か北の国で起きた、侵略戦争。戦った二つの国の名は、ナーグ、クレーイア。戦いはナーグが勝利し、クレーイア王家は絶えた」
ロイはうつむき、こぶしを握り締めた。
「だが、クレーイアの第二王女とナーグの第一王子、その二人の生死が未だはっきりしていないと・・・まさか、二人そろって名を偽り、こんなところにいるとはな」
そう、トルムが王に語っていた過去は、まったくの作り物。フードゥルが話す通り、ロイとトルムは、かつて争った二つの国の姫と王子だったのだ。
「それが、なんなんですか」
トルムが怒りを含んだ声で言う。
「王子殿には関係のない話だ。俺が興味を持っているのは、クレーイアの姫君」
ティナがはっと息を呑んだ。ロイはおびえたように魔法使いを見る。
「聞くところによれば、クレーイア一族は全員魔法使い。それも、『人を魅了する力』の持ち主だと。その力を使えば、俺の目的の達成がより容易になる」
「ご主人様に、何をさせるおつもりですか?」
「手始めに、この国の王の心を奪ってもらおう」
「嫌です!」
ロイは激しくかぶりを振った。
「なぜだ?お前たちはずっとそうして、クレーイアをその手に収めていたのだろう?」
「・・・そう、です。でも・・・私は、この力が嫌いなんです!人の意思を奪い、機械のようにしてしまう、こんな力、消してしまいたいんです!」
フードゥルは、黙って再び手を伸ばした。
「その力、お前のような人間が持つべきではなかったな。俺がもし『気象を操る力』だけでなく『力を奪い取る力』をも持っていたならば、こうも苦労はしなかっただろうに」
その言葉に、ロイは反応した。
「もしかして、あなたは、魔法使いではなく卵・・・?」
「ああ。残念だったな、ちゃんとした魔法使いであればお望み通り、お前の能力を消し去ることができたのだが。しかし、侮るなよ。俺の力は、水がある限り無限に行使することができる」
ロイは振り返り、扉に飛びつく。しかし、いくら引いても押しても、扉は全く動かない。
「無駄だ。その扉は俺にしか開けられない」
「それなら、力ずくでも帰らせてもらいます」
トルムは剣を抜き、ティナも長刀を出現させ、フードゥルに向かって構えた。
「逆らうのであれば、容赦はしない」
フードゥルが手を振ると、霧が天井に集まり、厚い雲となっていく。
「雷よ、奴らを打ち砕け!クレーイアを奪い、花開く前に『青バラ』を手に入れるのだ!」
部屋一帯に、轟音がとどろいた。
至近距離で放たれる雷は、もはやゴロゴロと言うような音とはかけ離れ、完全に爆発音になっている。落ちてくる電撃を避けながら、ティナは魔法使いに攻撃を仕掛けた。
「やっ!」
強い腕力で軽々と長刀を回し、腰をめがけてなぎ払ったが、相手の放ったつむじ風に体勢を崩し、当たることはなく手前の空間を切った。そのすきを逃さず、フードゥルは雷を落とす。ティナはとっさに飛び退って離れると、細かなステップで狙いを定めにくくして、再び近づいていく。
「シャーヤ!魔法使いの弱点か法則かなんかないか!?」
ロイをかばいながら、トルムは叫ぶ。ロイは陰で必死に考えていた。
「あの人の力が、私やティナの力みたいに自然と発動しちゃうものなら、力の限界は命の限界になってしまう。だけど、意識的に発動させるものなら、体力の限界と同じになるわ」
「意図的にこの国の天候を操っているのなら、体力待ちだな。でも、国全体の天候を延々と操るなんて化け物じみた力、尽きるのを待っている時間はなさそうだ。命は最後の手段だし、他の手はないか?」
「気絶させて、そのうちに扉を壊す・・・とか」
「で、逃げるのか?どうやって?」
「そっか、ここから出ても出口がない!」
「いや、でも、他の出口を探す程度の時間は稼げるかもな。よし」
トルムは剣を振りかぶり、扉に向かって切りつけた。ガツッと金属的な音がして、切跡が鈍く光っている。
「嘘だろ!中は金属だ!」
「そういえば、あの人は『気象を操る力』なのに、何も触らずに扉を開けていなかった?」
「卵は力を一つしか使えないはずだ。じゃあ、どうして・・・」
「機械仕掛けだ」
いつの間にか、すぐ後ろにフードゥルが立っていた。トルムが剣を振ると、彼はさっとよけ、雷を落とす。
「雷のエネルギーによって動かすことができる。つまり、俺の命を奪えば、お前たちは一生ここから出ることができないということだ。さあ、大人しく俺に従え!」
「させません!」
ティナが走って来ると、槍のように刃先を変化させた長刀を突き出した。フードゥルはよけると同時に足を出して、ティナを転ばせる。
「往生際が悪いぞ!」
フードゥルが手を大きく振る。すると、あたりの空気が動いた。それはどんどん渦を巻き、大きな竜巻となる。
「やべ」
トルムはとっさにロイを抱き上げた。竜巻はランプの灯を吹き消し、壁の壺を倒して三人を追いかける。逃げようとするが、激しい風が部屋の中を吹き荒れて、動きが妨げられてしまう。
「くそ、動き辛い」
「あの竜巻、割れた壺の破片を巻き込んでるわ。ちょっとでも触れたらざっくりよ!」
「そんな赤ん坊でもわかること言わずになんか方法考えろ。こっちは百キロのお前かついで逃げてるんだから頭使う余裕ないんだからな」
「だから百キロじゃないって言ってるでしょ!」
「じゃあ何キロだ」
「よんじゅ・・・じゃなくて十五キロかしら」
「栄養失調かよ」
「そもそも女の子に体重を聞く方がおかしい。というか絶対あなた余裕でしょ」
「いやーまずいまずい、どっかの口達者なお姫様抱えてるせいでうまく走れないなあ」
「うわほんっと腹立つ。これが王子だなんてとんだ詐欺だわ」
やいのやいのいいつつも、ロイは部屋の中を観察し続ける。いくらティナが武術に優れているといっても、卵相手にそうずっと互角でいられるわけがない。早く何か決定打を見つけないと、形勢は簡単に上まわられてしまうだろう。
ロイは今までのフードゥルの発言、能力の使い方、部屋のつくり。できるかぎり思い出して、相手を弱体化させる手掛かりを探す。
ティナは姿勢を低くし長刀を縮め、暴風による抵抗を極力減らしながらフードゥルに近づいていく。相手も、壁際に行ったままこちらに来る様子のみえないトルムたちよりも、明らかに戦意のみえる方を先に片付けようと考えたようだ。巨大竜巻を小さな四つに分裂させ、ティナに向かわせる。
床を転がって避けた先には雷を落とし、飛び退れば竜巻が迫る。まるでフードゥルに遊ばれているようだ。ロイはギリリという音で、無意識に奥歯をかみしめていたことに気づく。
それでもさすがの執念というか、ティナはじわじわとフードゥルとの距離を縮めていた。雷の攻撃が一段と激しくなる。だが、小柄な体と瞬発力を最大限生かすティナは、それらすべてをすれすれで避け、フードゥルに向けて握った右手を突き出した。その瞬間、その手に握られていた棒が勢い良く伸びて、刃先がフードゥルの右腕に突き刺さろうとする。フードゥルはとっさに体を回転させてそれを避け、同時に腰に携えていたひと振りの剣の柄をつかんだ。
カキィンと澄んだ音が響き、ティナとフードゥルは切り結ぶ。
「やっとこちらの土俵に上がってきてくださいましたね」
「はっ、能力を使わないといつ言った?」
「使う間も与えませんよ。刃が届いたならばこちらのものです」
お互い一歩も譲らない、激しい攻撃の応酬が続く。武器が長く相手との距離をとれる分、ティナの方が有利そうだ。フードゥルは、重い長刀の一撃を避けながら懐に入り込もうとしているようだが、隙を見せないティナの動きに苦戦している。
久しぶりにじっくりと見たティナの戦いに、ロイを降ろしたトルムは改めて感心していた。この大陸ではほとんど目にすることのないあの武器は、かつて手合わせした時も非常に攻略するのに手間取った、と感慨深く思う。しかし、ティナの動きには何か違和感があった。それは戦いが続くごとに大きくなっていくが、トルムには何かわからない。
「・・・もう、時間がないわ」
「ん?」
小さなつぶやきを耳にし、トルムはロイのほうへと視線をやる。
「ほら」
すっと伸ばされた指の先には、長刀を振り回すティナの姿が。
「わかる?あの子、右腕をかばってる。雷に撃たれたところ。とっても痛いはずなのに、ずっと我慢してるのよ」
「・・・それか」
違和感の正体が分かった。トルムは、洞窟内を歩いているときからティナが普段と違っていたことを思い出し、苦虫を噛み潰したような表情をする。無理をするなと言っておきながら、果敢にフードゥルと対峙するティナにすっかり頼り切っていた。そのことが余計トルムの自己嫌悪を助長する。
「さっきまでとは違う、剣との戦いだから、負担は増してるはず。早く、何か、手掛かりは」
ロイは瞼を閉じた。フードゥルと出会ってからのこと全てを、入念に頭の中に思い描く。そして、ぱっと目を開いた。
「水よ!」
「水?」
「あの人は言っていたわ。水がある限り、能力が無限に使えると。部屋中の壺の中には、全部水が入っていた。水を無くしてしまえば、あの人は力を使えないわ」
「なるほど」
トルムはうなずく。
「水と熱、これらは気象の源だ。おそらく、壺の水は材料、奥の炎は能力を補助する役割があるに違いない」
「でも、どうやって水を消すかまでは・・・」
ロイは目を伏せたが、トルムはにやりと笑った。
「簡単だろ」
「えっ」
「古今東西すべての人間がする、火事が起きた時にする行動といえば?」
「あっ!」
ロイが叫ぶ。トルムは腰の剣をすらりと抜いた。
「あいつの相手は俺がする。お前たちは二人で、壺の水を全部あの炎へ投げ込んじまえ」
「了解!」
ロイの返事とともに、トルムは勢いよく床を蹴った。
いつの間にか、ティナとフードゥルの形勢は逆転している。もう力の入っていない右手を何とか長刀に添え、左手を軸に長刀を振るが、どうしても利き手ではないために、攻撃に重みがなく、簡単にはじき返されてしまう。フードゥルの剣がティナの喉元に伸び、のけぞった拍子にティナは体勢を崩して床に倒れてしまった。笑みを浮かべたフードゥルが、その体に剣を突き立てようとした瞬間、トルムは二人の間に滑り込み、自身の剣でフードゥルの凶刀を払いのけた。
「イオニアマイグス様!」
「オセユア代われ。シャーヤの指示に従え」
短く告げられた命令に、ティナは「はい!」と答えると、長刀を消してロイのもとへと走りだす。
「何をする気だ!」
「答えるわけないでしょう」
トルムは繰り返し攻撃を打ち込む。フードゥルはそれらを防ぎながら、横目で少女二人の行動を把握しようとする。
壁の壺を抱えたロイは、駆け寄ったティナに一言二言告げると、そのまま炎台に向かって走り出した。
「まさか・・・おい、止めろ!」
フードゥルはぎょっとして、トルムと戦っているにもかかわらず、両手で持っていた剣の柄から右手を離し、ロイに攻撃を加えようとその手を伸ばした。
「させるか!」
トルムがその腕を切りつけようと剣を振り下ろし、間一髪で避けたフードゥルは、激しい切り合いの中でもロイに向けて叫ぶ。
「止めろ!馬鹿なことをするな!死にたいのか!?」
その台詞とただ事ではない様子に、トルムは手を止めないながらも、疑問の表情を浮かべた。ティナも壺二つを抱えたまま、足を止める。一方ロイはその言葉が聞こえなかったのか、もしくはハッタリだと思ったのか、走るのをやめず、炎台の下に着くと壺を頭上に構えた。
「待て!水を入れるな!それの燃料は油だ!爆発するぞ!」
その言葉で、ようやくトルムはフードゥルが恐れていることを理解した。だが、ロイはすでに炎に向かって壺を投げてしまっている。放物線を描いた壺は、わずかに中身をこぼしながらも炎の中に消えていき。
「シャーヤ、逃げろーっ!」
喉が潰れんばかりに絶叫したトルムの声に、ようやくロイが気付いてこちらを向いた瞬間。
鼓膜が破れそうなほどの爆発音とともに巨大な炎が部屋を包んだ。
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