5 討伐隊出発

 まだ日も登らぬ早朝、ロイたちと五人の兵士が北の山のふもとに集まった。兵士たちは鎧と剣を携えているが、三人は軽装で、トルムが剣を持っている他には武器もない。

「お二方、何か身を守るものをお持ちでないのですか?」

 兵士の一人が聞くと、ティナは首を振った。

「いえ、私はこれを」

 腰のポーチから三十センチほどの金属の棒を取り出す。それを空へ掲げると、あっという間に棒が二メートルぐらいに伸び、先には光でできた大きな刃がついた。見ていた兵士たちからは、おお、と驚きの声が漏れる。

「魔法でできた長刀ですか」

「はい。昔お世話になった魔法使い様に頂いた魔法道具です」

「シャーヤ様は、何か?」

「あ・・・私は」

 言いよどんだロイの代わりに、トルムが口をきいた。

「シャーヤには特別な能力があります。最終手段というか、切り札というか・・・。しかし、何かあっても自分たちで身を守れるので、ご安心ください」

 兵士たちは一応納得したようだった。

「それでは、行きましょう」

 八人は山道へと足を踏み入れた。

 地図に示されたところへは、途中までは道があるが、その後は整備されていない本当の山の中を歩かないといけない。日頃から訓練を受けている兵士たちや、男のトルムと比べて、ロイとティナは少し遅れ気味になってしまう。

「小休止ー。休憩だー」

 先頭からの声を聞いたとたんに、ロイはため息をついて座り込んだ。

「早いですよー、ご主人様」

「そういうオセユアも遅れてたじゃないか」

「でも、立っていられないほど疲れてはいませんよ」

「ならもう少し頑張れ」

「はい」

 そばにいた兵士が、ロイに水を差しだした。

「すみません・・・」

「なに、先は長い。まだ日も高いし、自分のペースで歩けばいい」

 ティナとトルムも、ロイの両側にしゃがむ。

「しかしほんとに山ですね」

「そりゃ山だからな」

「思いっきり山ですね」

「がっつり山だよな」

「どういう会話してるの!」

 二人にツッコミを入れられる程度には回復したようだ。

「山だなーって言ってたんです」

「昔は、山の中に入る機会なんてなかったからなー」

「トルムでもなかったの?武術の訓練とかで山籠もりとかしなかった?」

「いやさすがに。先生や、たまに騎士団と手合わせするぐらい」

「へー」

 その時、冷たい風がロイたちの間を通り過ぎて行った。

「あれ、急に涼しくなってきた」

「そうですね。気持ちいいです!」

 気楽な会話をしているロイとティナに対して、トルムは心配するように空を見上げている。それは兵士たちも一緒で、何やら話し合っているようだった。

「どうしたの?」

 ロイがトルムに聞いた。トルムは真面目な顔で答える。

「天候が悪くなるかもしれない」

「えっ?」

「急に冷たい風が吹いてきたときとか、天気が悪くなる前兆・・・」

 最後まで言わせず、ぽつ、ぽつと雫が落ちてきたと思うと、稲光が空を切り裂いた。

「きゃあっ!」

 ティナが叫び、耳を押さえてうずくまる。ゴロゴロという雷鳴と共にどざあっと一気に雨が落ちてきた。

「急げ!どこか雨をしのげる所を探すんだ!」

 兵士の大声もほとんど聞こえないほどの大雨で、三人はとにかく兵士たちについて行った。

「髪の毛が・・・!」

 振り向くと、ロイの長い髪が浮かび上がっている。

「近いぞ、伏せろ!」

 途端にバーンと爆発音のような音がし、近くの枯れ木が燃え上がった。

「爆発!?」

「いや、か、雷です!」

「また来る!」

 雷は何度も木に落ちて、ときにはその木がこちらへ倒れてくることもある。

「これ、狙われてるんじゃないか?」

 兵士の一人が言った。

「きっと魔法使いですよ、操ってるんです!」

 ティナが叫んだ。

「でも狙いはしっかりしてないな。というか、ピンポイントで狙えないのか」

 トルムは一人分析している。

「雷って、雷雲から弱い放電が木とかに飛んで、それによって作られた電気の通り道に一気に放電して雷になるんだけど、高いものに落ちやすい性質があるんだ。魔法とはいえやっぱり自然には勝てないらしいな。だからこんな山の中だったらまず先に木に落ちる。開けたところへ行かない限りは直撃しないけど、木のそばにいると、枝から電気が伝ってくる可能性があるから、木からせめて4メートルは離れないと」

「なんでそんな冷静なのよーっ!」

 すると、前にいる兵士の声が聞こえた。

「イオニアマイグス様!後方五十メートル先、洞窟があります!そこに避難を!」

「分かりました!」

 トルムは二人についてこいと言い、後ろへ向かって走り出した。木々に隠されるようにして、二つの大岩の間に小さな隙間が見える。まず先にトルムが滑り込んだ。ロイとティナは一足遅れて走ってくる。入り口まで数メートルのところへ来たとき、急にロイが腕を抱えて立ち止まった。

「痛っ!」

「ご主人様!?」

「どうした!」

 前の二人が振り返る。

「腕が・・・」

 その瞬間、二人はロイの髪が大きく逆立ったのを見て、息を飲んだ。

「シャーヤ走れ!」

 トルムが動き出したときにはもう遅かった。ロイの髪に一瞬光がちらついたと思うと、意識が飛びそうなほどの光と音がその場にあふれた。

「きゃああーーっ!」

 少女の叫び声がかすかに聞こえた。トルムが正気を取り戻し外を見ると、一人はぐったりとその場に倒れ、もう一人は放心しているように離れたところで座り込んでいる。

「シャーヤ!オセユア!」

 トルムは二人に駆け寄った。

「・・・ティ、ナ?」

 呆然とした声が響く。

 雷が狙ったのは確かにロイだった。しかし、実際に撃たれたのは、ティナ。そして逃れられたのは、ロイの方だった。

 トルムは駆け寄り、倒れたティナの手を取った。数秒経って、ロイの方を振り向く。

「奇跡だ、脈がある」

「本当!?早く避難しましょう!」

 ティナを抱えたトルムとロイは洞窟へ駆け込んだ。その途端にもう一発雷が落ち、どさどさっと木が倒れてきて、入り口は完全に閉ざされてしまった。

「そんな!」

「仕方ない。どこか出口がないか探してみよう」

 トルムはティナをおぶった。ランプをつけたロイは小走りで前を進んでいく。

「あまり急いでコケるなよ」

「コケないわよ!・・・ってきゃあ!」

 ロイは言われた通り見事に転んでしまった。そのままゴロゴロと転がりながら遠ざかっていく。

「わわわわわ!」

「坂か!」

 ランプが割れ、暗闇の中にロイは消えて行った。

「くそっ」

 トルムは慎重に降りるが、足を滑らせ、ティナと共に転がり落ちていってしまう。

「うわああっ!」

 落ちていく中、トルムの目に輪の外れかけたティナの右腕が映った。と思うと何かに頭をぶつけ、そのまま気を失ってしまった。


 水音でトルムは目を覚ました。真っ暗で見えないが、そばに地下水があるようだ。起き上がろうとすると、体の下からうめき声が聞こえた。見えにくい目でよく見ると、トルムはロイを下敷きにしていたらしい。

「痛た・・・」

 二人は起き上がると、同時に頭をぶるんと振る。

「あ、ティナは!?」

 二人の横で、かすかな声が聞こえた。見ると、ティナがわずかに身じろぎをしている。

「ティナ!」

「オセユア!」

 二人はティナのそばに寄った。

「大丈夫?」

「・・・はい。なん、とか」

トルムは防水処理をしておいていたマッチを擦った。

「予備のランプ出してくれ」

「はい」

ぎりぎり中身は無事だったランプをつけ、小さな明かりでティナの様子を見た二人は、思わずうっと呻いてしまった。右腕全体に、ひどい火傷が広がっている。瞳もうつろで、お世辞にも大丈夫とはいいがたい。

「これはひどい」

 トルムは顔をしかめた。

「ごめんなさい、痛いよね」

「痛みは、分からないです。頭が、はっきりしなくて・・・」

「とりあえず手当てをするぞ」

 トルムはランプをもって水を汲みに行った。それを見送ったロイは、少し離れたところに鉄の腕輪が落ちているのを見つけ、驚いて拾い上げる。

「ひょっとして、入り口がふさがれたのと、私が転んだのはこのせい・・・?」

 ティナが身に着ける輪は、ただの使われ人の証ではない。魔法使いの卵である彼女の力を封印している魔法道具なのである。

 彼女が持つのは「人を不幸にする力」。自ら制御することはできず、彼女に近づけば、どんな人の身にも不幸が降りかかってしまう。その力を発動させないために、かつてある魔法使いが輪を作り、ティナに与えたのだ。

 どうやら大した欠損はないようだったので、トルムの手当てが終わるのを待って、ティナにそれを付けた。

 二人は乾いたものを探してきて火をつけ、その周りに三人で集まり冷えた体を温める。

「にしても、どうやってシャーヤを助けられたんだ?」

 トルムの質問に、横たわったままのティナが、ゆっくりと答えた。

「イオニアマイグス様が、教えてくださったことです。高いものに、落ちやすいということは、手を伸ばせば、私が、代わりに受けられるんじゃないか、って、思いまして」

「それでも、側撃があるだろう?」

「そくげき・・・?」

「傍にあるものに電撃が伝わることだ」

「たぶん、ティナが私を突き飛ばしてくれたからだと思う」

 これにはロイが答えた。

「そんな四メートルも?」

「ティナの腕力はすごいからねー。昔、大人二人相手の腕相撲に勝ってたもの」

「そういえば、お前抱えて普通にベッドに運べてたもんな」

「まって私どれだけ重い設定なのよ」

「百キロ」

「そんなにあるわけないし!」

「そうだった、チビだもんな」

「あーうるさい、この人ほんっとうるさい」

「あ、あの、すみません、突き飛ばすなんて、失礼なことを・・・」

 普段通りに軽口をたたきあうロイに、ティナはおずおずと謝る。

「ううん、おかげで助かったわ。本当にありがとう」

 その言葉に、ティナはほっとしたように微笑んだ。そして、腕に力をこめると体を起こす。

「まって!まだ休んでいた方が・・・」

「もう、大丈夫です。痛みも割と引きましたし、動けます」

「ちゃんと回復するまで休んでいた方がいいぞ。大体、ここからどうすれば出られるか分からないんだから」

「そういえば、ここはどこですか?」

「入ろうとしていた洞窟の底。転げ落ちちゃったの」

「なら、どこか登れるところを探さないとですね」

「登れるか?」

 トルムは火のついた木を一本取り、高く伸ばして上を探る。

「・・・駄目だな。あれが俺たちの落ちてきたところなんだが、見えるか?」

 二人は目を凝らした。遠くにうすぼんやりと見えるところには、かなり急な坂があった。

「あれを上るのは至難の業だ。もし運よく登れたとしても、洞窟の出口は木で塞がれてるから出られない」

「どうしましょう・・・」

 ロイはあたりを見渡す。

「地面の中にしては、やけに広いよね。それに・・・少しだけど空気の流れがあるみたい。火の粉が流れているもの」

「じゃあ、どこかに道があるかもしれないってことだな」

「行ってみましょう、このままこうしている訳にもいかなくないですか?」

 止めるロイの言葉を聞き流し、ティナは立ちあがった。

「ティナ!」

「大丈夫です、ご主人様」

「・・・分かった」

 トルムは即席松明とランプをロイに持たせ、たき火を消して荷物を持った。

「無理だけはするなよ」

「はい、お気遣いありがとうございます」

 こうして、三人は風を頼りに歩き出した。地下空間はどんどんと狭くなっていき、遂には人一人が通れる程度の狭さになってしまう。トルムを先頭に三人は進んでいった。

「ここ、絶対に人が作った道じゃないか?」

 トルムが壁を見ながらそう言う。

「そうよね。川が流れていたような跡もないのに、こんなにきれいに道が出来るなんて」

 やがて、通路の向こうに木の扉が見えた。

「扉?」

「やっぱり、人がいるのよ!」

「こんなところに・・・・・・いや、距離的にはあっている」

「え?」

「落ちたからはっきりしないが、あの地図に表されていた雲の源の位置と、俺らが今歩いて来た道のりは、多分一致している。そうだとしたら、ここは」

 ロイがはっとして答えた。

「魔法使いの家?」

「ああ、おそらくそうだ」

「どうしよう、今ここには私たちだけしかいないじゃない!」

「でも、他の人たちとの連絡手段がないし、このままこんな暗くて寒いところにいたら風邪ひいちまう」

「そうですよ、とくにご主人様は、風邪などひかれては大変です!」

「そういうオセユアは今、風邪よりひどい怪我してるし」

「こんなの見た目だけです、気になりません!」

「いや気にしてくれ!」

「はいはい、ここでこんな漫才してないで」

「いやこれまだ漫才になってない」

「黙って!で、結局どうするの?」

 ロイが問いかける。

「中に入ったほうがいいんですが、私たち、明らか狙われてましたし・・・」

 ティナが困ったように答えた。

「敵意はないってことを伝えてみれば、なんとかならないか?武器は隠しておこう。ともかく、魔法使い相手に俺らが出来るのは精々説得ぐらいだ。でも、万が一、どうしても戦う必要が出てきたら、シャーヤ」

 ロイはびくっとトルムのほうを向いた。

「命を守るために、力を使うんだ。これは自分のためじゃない、正当防衛だ。分かったか?」

「・・・分かった」

 ロイはうなずく。トルムは前に進み出、扉を叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る