4 手掛かりは雨
数日後のこと、ティナとロイははまた市場で調査をしていた。今日は人通りも落ち着いていたため、歩く人や店の人に話を聞くことができたが、あまり有力な情報は得られずじまいだった。
次は誰に聞こうかと、周りの人を見ていたティナの目に、紫の服と水晶玉が入ってくる。
「あっ、ご主人様、ちょっといいですか?」
ロイに声をかけて、ティナはその人のほうへと駆け寄った。
「おばあさま!お久しぶりです」
路地裏へと向かったその人が振り返ると、先日ティナにロイの居場所を示した老婆の顔が見える。
「この前、ご主人様の居場所を教えていただいた使われ人です。あの時は本当にありがとうございました」
頭を下げたティナの後ろにいるロイを見て、老婆はほう、とつぶやく。
「探し人に会えたのだね。それはよかったよ」
「ええ、おばあさまのおかげです」
ロイは前に歩み出て、老婆に挨拶をした。
「初めまして、ティナの主人のロイといいます。ティナがお世話になりました」
「礼にはおよばないよ。これが私の仕事だからね」
「どんなお仕事をされているのですか?」
ティナの質問に、老婆は持っていた水晶玉を掲げる。
「水晶を通して、客の未来を見る仕事さ」
「未来を見る・・・もしかして、おばあさまは魔法使いですか?」
ロイが高ぶった声で聞いたが、老婆は首を振った。
「いいや、私は卵だよ。それも大した力は残っていない。せいぜい目の前の人物の、七日以内に起きることを予知できるぐらいさ。それも、この水晶がないと見られない。だからこそ、こんなおいぼれになるまで生きていられたんだがね」
魔法使いやその卵は、特殊な能力と引き換えに、普通の人よりも寿命が短いことが知られている。老婆のように長く生きる卵は、この世界では非常に珍しい。
老婆のにごった目が、ティナを捉えた。
「おまえさん、年はいくつだい」
「十三です」
「十三、まだ子供じゃないか。一体なんで使われ人になんてなったんだい」
「あー・・・」
ティナは苦笑いしながら視線を逸らす。
「おばあさま、この子は自分の罪をちゃんと理解しております」
ロイがティナをかばうように、老婆に言った。
「私たちの国では、本当に、心から反省をしている者だけが使われ人となるのです。一度間違いを起こしても、彼らは皆更生して、自由の身となってからは誠実に働くものがほとんどです。ですから、どうかこの子の過去のことを話すのをおやめくださいませんか」
「そうかそうか、これはすまなかったね。年寄りの戯れ言を許しておくれ」
老婆は頭を下げる。
「あの、おばあさま、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
ティナが老婆に問いかけた。
「なんだい」
「私たち、この国の異常気象の原因を調査するよう、王様からお願いされているんです。何かこの異常気象について、知っていることはありませんか?」
ロイも真剣な顔になって、ノートを構える。
「そうさねえ、こんなに悪天候が続くのは、今まで生きてきて一度もなかったさ。これといった原因も思いつかないよ」
「王様は、魔法使いの仕業じゃないかっておっしゃってるんです」
「魔法使いか・・・」
老婆は少し考えると、口を開いた。
「おまえさんたちは、この国に来てから雨にあったことはあるかい?」
「いいえ」
「そうかい。これは、王様もお気づきかもしれないがね」
老婆は大通りに出ると、水晶玉を持った手を西の空にかざした。
「この国では、天気は普通西から東へと移り行く。雨雲も、西からきて、東へと去っていく。だけど、お天道様が姿を見せなくなってから、雨が東のほうから降るようになったんだよ。風も、雷も、すべて東からやってくる。もし、天気を操っている犯人がいるのだとしたら、東のほうにいるのではないかねえ」
「なるほど!」
ロイは目を輝かせて、今言われたことを一心不乱にノートに書き込み始める。
「東のほうというと、あの山のほうからですか?」
ティナが指すと、老婆は「そうさね」と首を縦に振った。
「山が三つ連なっているのが見えるだろう?右からカニナ山、フェティダ山、ガリカ山という名がつけられているのさ。そのうちの、ガリカ山の方からよく雨雲がやってきているようだよ」
「ガリカ山ですね」
ノートを取り終わると、二人は声をそろえて「ありがとうございました!」とお礼を言う。
「いいや。私もお天道様が見えないのは、悲しいからね。おまえさんたち、がんばるんだよ」
「はい!」
ロイとティナは元気よく答えて、頭を下げると老婆の元を離れた。
町に出る時間が終わり、王宮に帰った二人は、老婆から聞いた情報を調査隊の人々に報告した。
「おお、なるほど!」
「雨の来る側というのは見逃していたな」
大臣たちは、やっと手掛かりがつかめたと興奮した様子で話す。
「でしたら、次に雨が降るまで、ガリカ山の方を見張っていましょう」
「見張りの人員を出す必要があるな。各係から交代人員も含めて出すことにしようか」
「我ら文献調査の方は、行きつくところまで行ったというところだ。こちらから多めに出しても構わない」
「遠くから見張る者と、近くまで行って具体的な位置を確かめる者とを出したほうが良いのではないでしょうか」
「悪天候の山は危険だ。行くのなら、慣れている者で隊を組んだほうが良い」
議論は活発に進み、老婆の言葉の裏付けをとるために動くチームが出来上がった。彼らの調査の結果が出るまで、残りのグループは全体としての仕事はお休みとなる。休みになる者はこれまでの疲れをしっかり癒してくれと、リーダーの大臣が言って、報告会はお開きになった。
ロイたちは揃って客室に戻ったが、多少身なりを整えると、すぐにまた部屋を出て、王宮内を歩きだす。
向かった先は、二階の広間。三人は今日、クラカ王との夕食会に参加する予定があった。
参加者は王と三人だけなので、会場も広間とはいえこじんまりとしたところだ。しかし、テーブルや椅子は上等のものであり、大きな窓からは町の灯が見えて、とても美しい。王が言うには、この部屋は王の個人的な招待客をもてなすのによく使われているそうだ。
夕食会で、三人は王に、魔法使い探しの進捗についてや今まで回ってきた国の話をした。
「ほう、まだ年若いのに、ずいぶんと多くの国を回ってきたのだな」
クラカ王は感心したように言う。
「いったいいつから旅をしているのかね」
「三年ほど前、ですかね」
トルムは答えた。
「私たちの住む国は戦いに敗れ、私とシャーヤは戦火のさなかに家族と離れ離れになってしまったのです。落ち着いた後も再会することは叶わず・・・。そこで、日銭を稼ぐためと、前々から私が望んでいた他の国々を訪れてみたいという夢を叶えるため、旅芸人となって諸国を回っています」
「そうか・・・それは難儀なことであったな」
王は悲しげにため息をつく。
「このところ、諸国は土地の開拓を進め、さらに領土を増やそうと意気込んでおり、国同士の小競り合いが増えてきておる。幸い、我が国と隣国との間には険しい山があるために、しばらくの間は戦争になることはないといえよう。だが、いつ何が起こるか、どこから戦火が飛んでくるかはわからぬ。お主らのように、家族を奪われてしまう若者が出ないよう、我々も国の守りを固めていかなくてはな」
「ええ、それは人々も安心できるでしょう。あなた様のような、聡明で国民思いの方が王であられるとは、国民は幸せ者ですね。・・・私たちの国の統治者も、王様のような方であったならば良かったのですが」
ロイは小さく笑った。
「よし、そろそろ今日の音楽家をお目にかけようか。入れ」
クラカ王が気分を変えるようにパンと手をたたくと、扉が開いて弦楽器を持った四人が入ってくる。
「ヴァイオリン・カルテットだ。心行くまで楽しむがよい」
夕食に呼ばれると、三人はいつもこの時間を楽しみにしている。他国の一流の音楽をこんな近くで聞ける機会など、旅芸人の三人にはほとんどないからだ。
「いやー、いい演奏だったな」
夕食会の後、部屋へと廊下を歩きながら、トルムはティナに話しかけた。
「そうですね、曲も素敵ですし、楽器の響きも心にじんと来る音をしていました」
夢見ごごちでティナは言う。
「あの曲、私たちでも演奏できますかね?」
「んー、多分。時間あるし、編曲してみるか」
「ほんとですか、嬉しいです!よろしくお願いしますね」
足取り軽く扉を開けるティナの後ろに、トルムが続き、最後にロイが入ってきた。
「あれ、ご主人様、大丈夫ですか?」
振り向いたティナが、心配そうにロイに声をかける。扉の前に立ちつくしているロイは、目がほとんど開いておらず、うつらうつらと頭を揺らしていた。
「おーい、起きてるか」
「んー・・・」
トルムが問いかけるが、反応は鈍い。
「もう二十時ですからねー」
置時計に目をやって、ティナは苦笑する。
「ねむい・・・」
ロイはそのままソファに倒れこみ、数秒後には寝息を立ててしまっていた。
「ああ、こんなところで・・・。しかも、着替えなさらずに・・・」
「よくこんな時間に寝れるなー」
「ご主人様ですからね」
ティナはすっとロイを抱き上げると、そのままベッドへ向かう。トルムは布団をめくってやり、ロイは着の身着のままではあるが、ベッドに入れられた。
それからしばらく、ロイたちは王宮で雨が降るのをずっと待っていた。これだけ曇っていれば、雨なんてすぐに降りそうなものだと三人は思っていたが、期待に反して、薄い雲はまったく恵みの雫を降らせる気配はない。まるで自分たちが雨を手掛かりにしようとしているのがバレているかのようだ。
しびれを切らして、今日は数人のフィールドワークに慣れた調査隊が、ガリカ山へと足を踏み入れている。帰ってくるのは夕方になるので、三人は朝から部屋で楽器の練習をしていた。
「部屋に響く小さなオルゴール 思い出の音 幼いころよく聴いた 温かなメロディー・・・」
ソファに腰かけ、足をぶらぶらさせながら、ティナはアコーディオンに合わせて口ずさんでいる。この前の夕食会で聞いたヴァイオリンの曲を、トルムがアコーディオン版に作り替えて、ティナが歌詞をつけたものだ。隣に座るロイはしっとりとした音色を奏で、それを二人の前に立っているトルムが聴いていた。
「ストップ。オセユア、やっぱりちゃんと立って歌ったほうがいいぞ。声が全然違う」
「やっぱりそうですか・・・座ってセンチメンタルな感じをかもしだすのもいいかと思ったんですけど」
「お前座ったら絶対足ぶらぶらさせるからな。雰囲気ぶち壊しだ、やめやめ」
「はーい」
むう、と口をとがらせながら、ティナは足の揺れで反動をつけて立ち上がる。
「じゃ、もう一度」
「はい」
ロイがアコーディオンを弾きだしたときだった。
「ちょっとまて」
トルムが手を伸ばし、ロイを制止する。
「なに?」
「何か聞こえないか」
トルムにつられ、二人も窓の外を見て耳を澄ませた。かすかに、ゴロゴロという音が聞こえてくる。
「雷の音?」
「あっ、ってことは!」
ティナが窓に駆け寄って、一気に開いた。
「やっぱり、降ってます!」
窓の外は暗く、シャワーのように強い雨が降り注いでいる。
「やっと降ったな」
「これで、魔法使いの居場所が特定できるかしら!」
十五時を過ぎたとき、三人の部屋に、召使いが入ってきた。
「ガリカ山の調査に行かれた方々から、報告があるそうです。至急、一階の会議室においでください」
三人が向かうと、そこにはいつもの人々のほか、クラカ王もいた。席に着くと、大臣が話し始める。
「本日、ガリカ山に登っていた者たちが、魔法使いの隠れ家らしき場所を特定したと申しております。ですが、まずは山の見張り番からの報告を申し上げます」
見張り担当となっていた人が立ち上がって、報告を始めた。
「今日の十時を半分過ぎたころ、ガリカ山の八合目付近において、雲の色が薄い灰色から黒に近い色へと変わり始めたのを確認しました。その後、暗雲は国全体に広がり始め、十一時になるころに、雷を伴う雨を降らせ始めたのです。ご存じの通り、雨は現在も降り続いております」
クラカ王はゆっくりとうなずく。
「次は、登山隊からの報告をお願い申し上げます」
見張り担当が座ると、今度は体格のいい男の人が立ち上がる。
「我々は八時からガリカ山に登り、人の手による痕跡を探していました。十時には八合目まで登っていたのですが、そこで、隊員の一人が風の吹き抜けるような音と、何かが燃えているような音に気付きました。山火事かと思ったのですが、そのような気配は全くなく、音の正体を探していると、急にあたりが暗くなり、雷の音が聞こえてきました。これは危ないと下山準備をしていると、空を見ていた隊員が、黒い雲が山の斜面から立ち登っているのを発見したのです。確認しようとしたのですが、雷が何発も落ち始め、これ以上近づくのは危険と判断したため、戻ってまいりました。しかし、雲の出てきた場所は確定できました。この場所です」
男の人が巻紙を取り出し、目の前に広げた。線が何本も書かれた、おそらくガリカ山を表す地図であろうそこには、赤いインクで大きくバツ印が書かれている。おお、とどよめきが広がった。
クラカ王は椅子から立ち上がり、地図を受け取る。
「ご苦労だった。しかし、これからが本番だぞ。すぐに討伐隊を派遣しろ。一刻も早くこの国にバラを取り戻すのだ!」
「はい!」
人々は口をそろえて王に答えた。
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