2 王からの依頼

 次の日、三人は演奏の後また市場を歩き回っていた。香水は二人ともきっぱり諦めたようだが、『魔法使い』の聞き込みは続けていた。その間にちゃっかりスイーツなどを買っていたのだが。

「ん~、おいし~!」

 公園のベンチに腰掛け、とろけるような表情でパイをほおばるロイと、一口一口かみしめるように味わっているティナの横で、トルムは一人コーヒーを飲んでいた。

「イオニアマイグス様も買えばよかったですよ」

「俺別に欲しくないし」

「えー、もったいない。大体ブラックコーヒーなんかおいしいの?」

「大人の味だからな。子どもには分からないんだ」

「子どもじゃないしー、もう十四だしー」

 ロイがぷうと頬を膨らませたとき、馬のいななきが公園に響いた。三人ははっと前を向く。人々のざわめきの中、三人の前にいたのは、馬に乗った二人の兵士だった。

「えっ・・・」

 ロイが驚きの声を漏らす。トルムはコーヒーを飲み干すと、カップをロイに持たせて立ち上がった。ティナも食べかけのパイをベンチにおいて、彼女を守るように前に立つ。

「お前たちか。魔法使いについて聞きまわっていたのは」

 一人の兵士が問う。

「・・・はい」

 逡巡した後、トルムは答えた。

「我らが王が、問いただしたいことがあると仰っている。ついてこい」

 そういうと、二人は馬の鼻先を公園の外へ向け、早くしろというように三人を見下ろす。トルムたちは顔を見合わせた。

「ど、どうしましょう」

「どうするって言っても・・・ロジエの王様直々のお呼び出しでしょ、断ることなんてできないわ」

「だろうな。ま、行くしかないんじゃないか。俺ら何も悪いことしてないし。それに最悪の場合はシャーヤがいる」

 トルムはのんきに言うが、その言葉にロイはうつむいた。

「できれば、やりたくないんだけど・・・」

 そのつぶやきに、ティナは心配そうにロイを見る。が、すぐに気を取り直して言った。

「ま、まあ、とにかく、早く向かいましょう」

 三人は急いで荷物をまとめると、馬に乗って歩く兵士の後をついて行った。

 小一時間ほど歩くと、王宮が見えてくる。丘の上にある王宮は石造りの簡素な見た目だが、中に入ると鮮やかな調度品で彩られた華やかな空間が広がっていた。壁や床にある装飾は、国の特産品であるバラを模したものが多く、召使いたちも赤やピンクなど、バラの花のような明るい色の衣装を身に着けている。

 兵士から召使いへと引き渡されたロイたちは、連れられるがままに王宮内を歩いていき、ひときわ豪華で大きな扉の前で足を止めた。扉の両側には、長い槍を持った兵士が二人ずつ立っており、怪しいものは何人たりとも入れさせないという気合が感じられる。おそらく、この扉の向こうが謁見室なのだろう。

「魔法使いを探す旅人を、お連れしました」

 召使いは兵士にこう告げた。

「入れ」

 その言葉と同時に、内側に立っていた兵士が扉を開き、ティナたちは中に入る。

 部屋の奥にある玉座に座る王、クラカ・ロジエは立派な白いひげをたくわえており、バラの花があしらわれた王笏を左手に持ち、威厳をもった佇まいであった。

「名はなんという?」

「ロイ・シャーヤと申します」

「トルム・イオニアマイグスです」

「ティナ・オセユアでございます」

 三人はひざまずいて答える。

「今日お主らを呼んだのは、咎めるためではない。わしはお主らに依頼したいことがあるのだ」

 王の声が穏やかだったので、三人は肩の力が抜けた。

「我が国が世界有数のバラの産地であることは知っておろう?」

「はい」

 トルムが答える。

「だが、先からの天候の不順で、一本のバラすらもうまく育たずに、花をつける前に枯れてしまうのだ。観光資源である『青バラ』も別ではない。我々も手を尽くした。そしてやっとわかったのが、この異常気象は、誰かが意図的に起こしたものだということだということだ。その異常気象を起こした輩は、おそらく魔法使いであると我々は考えておる」

「魔法使い」

 ロイがはっと息を呑んだ。

 この世界には「魔法使い」と呼ばれる人が存在する。彼らは空を飛んだり、物に命を吹き込んだりといった特殊な力を持っていて、多くの人の尊敬と畏怖の対象となっている。

 一人前の魔法使いは一人で多くの力を使うことができるが、まだ成長途中の通称「魔法使いの卵」は一つしか能力が使えない。しかも、たとえ「卵」であっても、皆が一人前になれるとは限らず、一生一つの能力しか使えないまま、場合によっては途中で能力を失ってしまう卵が圧倒的に多い。なので、魔法使いに出会うというのは、砂場からある特定の砂粒を見つけ出すことのように難しいことなのである。

「我々の国には、かつて王宮に仕える魔法使いがいたと文献に記されていた。彼が亡くなってからは、一度もこの国に魔法使いが生まれたという話を聞いていない。しかし、気象を操るなど魔法使い以外に誰ができるだろうか。お主らが国民に魔法使いについて尋ねまわっていると聞いたのでな、もしよければ協力してもらいたいのだ」

「私たちは何をするのでしょうか」

 トルムが尋ねた。

「魔法使いの居場所の特定と、討伐にも協力してもらいたい」

「私たちのほかには?」

「大臣たちがいま、捜索を続けている。討伐時には我が国の兵士たちと共に行ってもらうことになるだろう」

 ロイとティナは、トルムのほうを見た。

「どうする?」

「こっちとしたら、願ったりかなったりですけど」

「逆にどうしたい?」

 聞き返されて、ロイはすぐに答えた。

「魔法使いに会えるんだったら、協力した方がいいと思う」

「オセユアは?」

「私は、ご主人様方の思いのままに」

「個人的には?」

「面白そうです」

「面白そう!?」

 包み隠さず本音を述べるティナに、ロイはツッコむ。トルムは王に向き直って、答えた。

「ということで、喜んで協力させていただきます」

 王はほっとした様子で言った。

「それはありがたい。では、その間にお主らが使う部屋に案内させよう。どうかくつろいでくれ。おい」

「かしこまりました」

 声がして扉が開き、先ほどとは別の召使いが現れた。

「どうぞこちらへ」

 三人は彼について、謁見室を出る。

 案内されたのは、王宮の北端に位置する広めの部屋だった。大きな天蓋付きのベッドが三台と、柔らかそうなソファが一台。ソファの上には、宿に預けていた大きな荷物が届けられている。

「この部屋をご自由にお使いください。食事は三度、鐘の鳴る頃にお持ちいたします。何か欲しいものなどおありでしたら、わたくし共にお申し付けください。それでは、失礼いたします」

 召使いは一礼すると、部屋を出て行った。

「うわぁ、いい部屋。普通の旅人じゃ、こんなところ一生入れないわよ」

 そう言いながらも、ロイは物おじすることなくベッドに座る。

「だろうな。あー、ずっとやっすい宿ばかりだったから久しぶりだーこんないい家具」

 トルムはソファに体をうずめた。

 ティナはというと、主人たちを交互に見てしばらく考え、手荷物をソファにおいて助走をつけると、一気にベッドに飛び込んだ。隣のベッドのロイは目を丸くする。

「何してるの!?」

「イオニアマイグス様!これ、綿です!綿のベッド!」

「だからなんだよ」

「めちゃくちゃ跳ねます!面白い!」

「子どもか」

「子どもですもーん!」

 きゃっきゃと楽しそうにしているティナに、二人は目を合わせてやれやれと言うように苦笑した。普段は使われ人らしく、主人を立てた大人しいふるまいをしているティナだが、もともと元気の有り余るおてんばな性格のため、他人の目がないこういう場所では、ついはしゃいでしまう。

 しばらく荷物の整理をしたり、おしゃべりをしたりしながら、三人は思い思いにくつろいでいた。そろそろ十二時かなと思い始めたころに、部屋の戸がノックされる。

「はい」

 戸を開くと、さっきの召使いが廊下に立っていた。

「失礼いたします。王が皆様方に、青バラをお見せしたいと仰せです。お支度をお願いいたします」

「わかりました」

 三人は、王宮内の庭園に案内される。庭園はロイたちが演奏していた町の広場と同じぐらいの広さがあり、様々な形に整えられた樹木が目を楽しませてくれた。いろんな種類の植物があるが、やはり一番多いのはバラである。しかし、曇り空の下、それらは固くつぼみを閉ざしているものばかりだった。

「これ、全部咲いたらとてもきれいなんでしょうね」

 ロイが残念そうに言うと、召使いも「ええ」と顔を曇らせる。

「本来なら、たくさんのバラが庭園一面を彩ってくれるのですが、この天候のせいで・・・。ぜひ、皆様にもご覧いただきたかったです」

 庭園の中央に、緑のアーチが周りを囲んでいる場所があった。そこに植えられている一株の植物の前に、クラカ王は立っている。

「これが青バラだ」

 何百年という時を生きるそのバラは、三人の思うバラよりもずっと太く立派なくきをしていて、葉は分厚く、とげも鋭い。だが、その体は色が悪く、しなびてしまっている葉も何枚かあった。一番上にある大きなつぼみは、うわさに聞く深海のような青をわずかも見せずに、固く閉じこもっている。

「本当ならば、今の時期にはほかのバラと同じく花開いているのだが、ご覧のありさまだ。強い品種のため、まだ枯れるには至らないが、見ての通り少しずつ弱ってきている。このまま太陽を浴びなければ、やがて枯れてしまうだろう」

「そんな」

 ティナが悲しそうに言った。

「このバラは、我が国の宝だ。次の世代に受け継いでいくためにも、何としてでも魔法使いを捕まえなければならん」

 優しい手つきでバラをなでるクラカ王は、沈痛な面持ちを浮かべていた。

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