その八 とっておきは一分間

「姫姉様! 倒れてるヒト生きてます! 間に合いました!」


 七号機の操縦席コクピット区画ブロック前方フロントシートに座るマヤリスが、左斜め後ろの地面を見ながら言った。

 後方リアシートに座るアキュティシマは、瓦礫の中で立ち上がる怪獣から目を離さずに頷く。


「よし、怪獣退治だ! 行くぞマヤリス!」

「はいっ!」


 マヤリスは正面を向き、両手で握った主要操縦桿のボタンを操作した。

 前方リアシート側の操作に合わせて、七号機は両手で拳を握って構えた。

 レプティムァルが怒りの咆哮こえを上げ、七号機に飛び掛かった。


「速っ────!」


 マヤリスは驚きながらも回避と反撃の操作を入力した。

 七号機は右に回り込むようにステップを踏んでレプティムァルを避けると、右拳を手刀に変えてその背に叩き付けた。

 七号機は地面に倒れ込んだレプティムァルにし掛かると、背中をがむしゃらに殴った。

 レプティムァルは鳴き声を上げ、無理矢理上体を起こして七号機を押し退けた。


「くっ!」


 マヤリスは主要操縦桿の手前にある、左右に分割された打鍵式活字入力機タイプライター型の入力装置を右手で操作素早く操作し、足元のペダルの内左右にあるものを思いっきり踏み込んだ。

 建物を巻き込んで地面に倒れた七号機は、機体に覆い被さりながら頭部を掴んできたレプティムァルの腹部を両足で蹴り飛ばして突き放し、後転してその勢いに乗って起き上がった。


「はあっ、はあっ────!」


 マヤリスは荒くなりかけた息を整えると、


「うおおおぉぉぉぁぁああああああああああああッ!」


 両手を左右の副操縦桿に伸ばし、ペダルを踏みながら気合いを入れて一気に押し倒した。

 七号機は瞬間的に加速すると、右の拳で、レプティムァルの左目を打ち抜いた。

 レプティムァルが悲鳴を上げながら吹き飛び、轟音を上げて地面に叩き付けられた。


「────!」


 そしてマヤリスはすぐに異常に気付いた。


「姫姉様、やっぱりあの怪獣おかしいです! 殴った時の衝撃ダメージの理論値と比べて、明らかに消耗が見られないです!」

「そうみたいだね……!」


 マヤリスとアキュティシマが睨む画面の向こうで、レプティムァルが立ち上がる。

 計算上、七号機に殴り飛ばされて完全に潰れるはずのレプティムァルの左目は、全くの無傷だった。


光波結晶フォトニウム武装ウェポンを使う。もう一度殴り倒して!」

「了解!」


 マヤリスは短く応えながら両手を主要操縦桿に戻した。

 七号機はレプティムァルに組み付こうと走り出す。

 レプティムァルは七号機に背を向けるように身体を動かし、尻尾を横薙ぎに叩き付けて弾き飛ばした。


「うあっ⁉」


 機体が地面に叩き付けられ、マヤリスが小さく悲鳴を上げる。

 一瞬目を瞑った次の瞬間には、怪獣が眼前まで迫っていた。


「っ────!」


 マヤリスが息を呑んだその時だった。

 紫色を纏う黒い砲弾がレプティムァルに直撃し、爆発して火花を散らせた。

 困惑の声を上げて後退する怪獣に、同じ色の攻撃が二度、三度と振り掛かり、更に後退させた。


「えっ⁉」


 マヤリスは驚愕の声を上げた。それは七号機に搭載された火器には存在しない色だったからだ。


「後ろだ!」


 アキュティシマはそう言いながら機体の真後ろの映像をマヤリスの視界右下に送った。

 そこには、全身紺色の魔法使いが、夜闇のような砲弾を形成しては放ちを繰り返し、怪獣を牽制する光景が映っていた。


「クリスさん⁉」


 マヤリスは驚愕のままにその名を叫び、アキュティシマは不敵に笑って見せた。


「頼もしい援軍だ! ────スミラとリカーさんは救助の手伝いね。助かる!」


 アキュティシマがピックアップした二つの画面には、全身が骨折した甲冑戦士を乗せた担架を護衛しながら走るスミラと、冷静に避難誘導を行うリカーの姿があった。


『────何してるの! 早く立ちなさい!』


 画面に映るクリスはマヤリスに視線を向けると、攻撃を続けながら叱咤を送った。


「ひえっ⁉ んなっ、何で通信出来てるんですか⁉」

『力の流れを掴んで無理矢理音声を送ってる! 今そんな事はいいから早く! 私の攻撃もあんま効いてないわ!』


 マヤリスとアキュティシマが怪獣を見ると、前進こそしていないが大して傷は負っていない上、クリスの攻撃を煩わしそうに叩き落とし始めていた。


「────! はい!」


 マヤリスは操縦桿を握り直すと、七号機が立ち上がるように操作した。


「気が散ってるなら!」


 瞬間、アキュティシマが鋭く吼えた。

 眼前に照準器を出し、一瞬で標的を捕捉して後部リアシートの主要操縦桿の武装使用ボタンの覆いを親指で跳ね上げ、その下の赤いボタンを押し込んだ。

 七号機は両腕を重ねて光波結晶フォトニウムエネルギーを励起させ、手刀を作った両手を前方に突き出し、レプティムァルの首の付け根に橙色の光波熱線────夕日色サンセット熱線ヒートを放った。

 夕日色サンセット熱線ヒートが直撃した箇所から火花が散り、次いで爆発が起き、レプティムァルは後方に吹き飛ばされた。

 だが。


「────そんな⁉」

「へえ、結構やるじゃない……!」


 マヤリスは愕然となり、アキュティシマは感心した。

 レプティムァルは爆発四散する事なく、瓦礫の中からゆらりと起き上がったからだった。

 直後、操縦席コクピット区画ブロック内部が警告音に包まれ、操縦者パイロット二人の眼前にエネルギーの蓄えが尽きかけている事を記した画面が表示された。


「姫姉様、もうエネルギーが少ないです、どうしよう⁉」

「慌てなさんな。さては、ノビリス爺にの事も聞かされてないわね?」

「何ですって?」


 マヤリスが聞き返すのと同時に、ガチャガチャと何かが外れる音が後方から聞こえてきた。

 振り向くと、アキュティシマがシートベルトを外して席から立ちあがり、操縦席コクピット区画ブロック後方に出現した光波結晶フォトニウム反応炉リアクターのエネルギー補填口の扉に向かおうとしていた。


「姫姉様、何を⁉」

「本気出すから、武装の威力管理をお願い」

「は、ちょっと⁉」


 アキュティシマはマヤリスが止めるよりも早く飛ぶと、反応炉リアクターの燃料扉を開けて内部に入っていった。


『マヤリス、前を見て!』


 マヤリスが声に導かれて前に向き直ると、発電機内部のアキュティシマの映像が映し出された画面があった。


光波結晶フォトニウムフォーミュラ宇宙ユニヴァース大鎧ギガアーマーには、初代から受け継がれてきた切り札があるの』


 アキュティシマがそう言った直後、彼女が映る映像の上に画面が追加された。

 耳をつんざくような警告音が消え、代わりに、澄んだ鼓動のような警告音が鳴り始めた。

 追加された画面には、『限界突破持続時間』の文字の下に大きく秒数が表示され、六十秒から刻一刻と減少していた。


『乗った誰かが反応炉リアクターに入って最優先搭乗者パイロット燃料エネルギーになる事で、機体性能を最低七十八倍まで引き上げる! 制限時間は一分、絶対に決着ケリをつける!』


 アキュティシマが右手を手刀に、左手を拳に変えて構えると、機体が瞬く間に加速した。


「うわっ────⁉」


 マヤリスは身体が操縦席に押し付けられ、今まで感じた事のない衝撃加速度に襲われた。

 七号機は右肩からレプティムァルに体当たりすると、左手で怪獣の右手首を掴んで脇に抱え込み右手で左肩を掴み自分側に引き寄せると同時に膝蹴りを叩き込んだ。続けて右手で二連続で手刀を胸部に叩き込み、一瞬だけ間を空けて更に左肩に叩き込んだ。


「急に動きが……⁉」


 クリスは七号機の動きに驚きながら、援護を差し込む機会を窺い続ける。

 レプティムァルは七号機の左腕を強引に振り払うと、左脚を蹴り上げてきた。

 七号機はそれを右足で蹴り止めると、続けて繰り出された右拳を、その腕を側面から回すように払い腰を落として左拳を突き込み、レプティムァルを後退させた。


『クリスちゃん、合わせて!』


 アキュティシマはクリスに言いながら、レプティムァルの左手首を掴んでその背後に回り込みながら肘打ちを叩き込み、左腕を捻り上げ尻尾を踏み付けて抑え込んだ。


「っ、応とも!」


 クリスはアキュティシマ────ツルバミの声が耳元で聞こえた事に一瞬驚いたが、すぐに応じて早口で詠唱を始める。


「『闇よ、常に在る力よ、数多あまた退けて我がりて、あまねくく脅威を打ち砕く、黎明はじまり疾風かぜとなれ!』」


 詠唱に合わせて光が弾け散り、暗く赤い光を纏う闇の砲丸が渦を巻くように形成された。


『今だッ!』

「当たれ!」


 ツルバミが合図を送ると同時に七号機がレプティムァルを突き飛ばして大きく飛び退いた。

瞬間、クリスは祈りを込めて『黎明はじまり疾風かぜ』を発射した。

 闇の砲丸は一直線に空中を翔けると、レプティムァルの腹部に命中して炸裂した。

レプティムァルが地面に叩き付けられる。

 距離を取っていた七号機は一瞬腰を深く落とし、天高く跳び上がり前方に宙返りして────


『たあああああああああああああああああああああッ‼」


 気合いと共に、爆炎のような光を纏った右足で蹴りを繰り出した。

 七号機の炎の蹴りが直撃したレプティムァルは、そのエネルギーを全身に伝播させながら地面を滑空するように吹き飛ばされ、そのまま地面に落ちる前に爆発四散した。


「────ふう……!」


 片膝を突いて着地の姿勢を取ったアキュティシマが力を抜くように息を吐くと同時に、『限界突破持続時間』がコンマまで完全にゼロになり、通常状態に戻って沈黙した。


「勝ったよ、マヤリス!」


 アキュティシマは反応炉リアクターのエネルギー補填口の扉から出てマヤリスに声をかけたが、返事はなかった。


「あれ、マヤちゃん? 聞こえてる―?」


 アキュティシマはふわりと浮かぶと、前方フロントシートの方へ回り込んで、


「あらら、のびちゃってる」


 マヤリスが目を回して突っ伏している事に気が付いた。


「きゅう……姫姉様運転荒すぎ……」

「え?」




§




 アキュティシマは、マヤリスに肩を貸しながら、七号機の操縦席コクピット区画ブロックから降りてきた。


「マヤちゃん、大丈夫? 気持ち悪い?」

「ギリギリ吐きそうじゃないです……」


 マヤリスが降り立ったその場にへたり込み、苦しそうに言った直後、七号機の足元に人工膜宇宙の『窓』が展開され、機体がその中に収納された。

 ツルバミは一度振り返り、マヤリスを見てほっと息を吐き、


「なら良かった」

「良くないですよお……」

「ごめんごめん、次は気を付けるから。もしくはマヤちゃんが追い付いて」

「そんなご無体な……」

「あははは」


 二人があまり実のない会話をしていると、


「おーい、二人共―!」


 クリスがアキュティシマとマヤリスを呼びながら駆け寄ってきた。

 アキュティシマ────ツルバミは、クリスに手を振って、


「クリスちゃん! 援護、ありがとうね!」

「おうよ! ……えーっと、そっちは大丈夫なの?」


 クリスは、辛そうに座るマヤリスを見て心配そうに聞いた。


「見ての通りです……」

「お、おう、そっか。お大事に……」


 クリスは居たたまれない気持ちに襲われ、立ち上るレプティムァルが爆散した跡の煙を見遣り、


「あの怪獣、何だったんだろう……」

「さあね……。たぶん、またこれから調べる事になるよ」


 ツルバミが湖底怪魚竜スパインフォーや飛翔大怪鳥イーグレートを思い出しながら呟いた、その時だった。


「おしえてやるよ」


 よく通る、性別の判別が付かない声だった。

 否、よく通るというよりは────、


 体調不良に苦しむマヤリスを含めた三人が、弾かれるように、引き寄せられるように、声が聞こえてきた方を見た。

 そこにいたのは、上下に黒い衣服を靴を着込み、両手首と両足首に白い革ベルトをきつく巻き付けた、外見年齢を形容しがたい容姿の、男とも女とも付かない、

周囲の物を全て飲み込むような強い重力を放つ何者かは、まるで狩りの最中の高い知性を持つ怪獣のような、凶悪な笑顔を浮かべていた。

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