その七 七号機は複座式

 揺れは次第に大きくなり、椅子に座っているのも危なくなった。

 食卓を囲んでいた全員が、それよりも早く机の下に避難していた。


「地震、結構大きいですね……!」


 リカーが驚いた様子で言った。


「ああ……食い物が勿体ねえな……」


 スミラは、苦虫を嚙み潰したような表情になっていた。その視線の先には、揺れが原因で床に落ちて台無しになった、さっきまで朝食だった物があった。


「いや────」


 ツルバミは、北側の壁を見つめながら小さく呟いた。その身体を覆うように、三角形で構成されたドーム状の青紫色の光────距離方位仰角同時測定魔法三次元レーダーが展開される。

 その魔法は、ツルバミに脅威が迫っている事を警告してきた。 

 ツルバミがマヤリスの方をちらりと見る。


「姫姉様、これは」


 マヤリスは、ツルバミと同じような表情をしていた。


「だよね」


 ツルバミは確信を以て頷いた。


「怪獣ッ!」「怪獣……!」


 揺れが小さくなった瞬間、銀髪銀瞳の二人は全く同じタイミングで鋭く言い放ち、テーブルの下から宿屋の外へと駆けて行った。


「あ、おい⁉」「ちょっと⁉」


 スミラとリカーが呼び止めたが、二人は意に介さなかった。

 それからほんの僅かに遅れて、階段を慌ただしく降りて来る音が一階に響き渡った。

 音の主は、たった今、世界に叩き起こされ、満足に着替えも終えずに部屋を飛び出した紺色の魔法使いだった。


「皆、大丈夫⁉」

「クリス!」「クリスさん!」

「スミラ、リカーさん、大変! 外見て外! 二階来た方が早い!」


 クリスは着込んだ衣服を整えながら、階段を駆け上がって二階へ戻っていった。

 置いて行かれた二人は一瞬顔を見合わせると、クリスを追って二階へ上がった。


「二人共遅い!」


 階段を登り切った所で待っていたクリスが語気を強めて言う。


「お前が速いだけだ! 見せたい物は何だ⁉」


 スミラがそう言った直後、再び揺れが強くなり始め、緊急避難警報が町中から鳴り響き始めた。


「おいおいおい────」

「こっち!」


 クリスはそれに構わず、宿泊している部屋に入っていった。


「ほら、あれ!」


 クリスが指差したのは、丁度部屋の北側に配置されていた窓の向こう側だった。

 そこに見えたのは────、




§




 ツルバミ────アキュティシマはマヤリスと一緒に宿屋から出ると、その手を優しく握った。


「マヤちゃん飛ぶよ!」

「はい!」


 マヤリスが答えるのを待って、アキュティシマはふわりと宙に浮かび、宿屋の青い屋根の上に降り立った。それから、改めて北の方角を見据える。

 そこには、三十メートル程の、大猿とも大蜥蜴とも取れる姿をした二足歩行の怪獣が屹立していた。距離は、宿屋から北に僅か一キロメートル。


冷血れいけつ巨猿きょえんじゅうレプティムァル……⁉ 昨日の段階で周辺十キロに出没情報はなかったはず、どうして急に⁉」


 そう言ってから、アキュティシマは最近似たような事があったと思い出した。


「まさか、またどこかにワームホールが……⁉」


 アキュティシマが周囲を見渡そうとした瞬間、警報を掻き消すように爆発音が響いた。レプティムァルの右肩の辺りに、炎と黒煙の塊が発生していた。


「っと……⁉」

「姫姉様、あれ!」

「ん────!」


 アキュティシマがマヤリスの指す方を見ると、地面や屋根に、レプティムァルを取り囲むように立つ人々が見えた。

 アキュティシマが視界の倍率を上げていくと、それは、クロウディウムに滞在する冒険者達や、治安維持隊の面々だった。


「おっと、町中だけあって流石に早いな」


 ヒト々は、レプティムァルを火炎流や地面の煉瓦を変形させた杭で突いて動きを止めつつ、隙を見て、近接戦闘武器を用いた大技を叩き込む戦法で猛攻を仕掛けた。


「あの威力で攻め続けるなら、このまま倒せそうだな。これは、私が援護しなくても間に合いそう────」


 アキュティシマはそう言いかけて、


「────いや、ちょっと待て?」


 妙な違和感を覚えた。

 アキュティシマはコンマ五秒だけ考えて、


「マヤちゃん。あなた私よりも眼球の性能高かったよね?」

「はい!」

「聞きたい事があるんだけど、あれさ……怪獣は、皆の攻撃で傷を負っている?」

「────」


 アキュティシマに聞かれて、マヤリスはもう一度目を凝らし、


「……いいえ」


 はっきりと否定した。

 その瞬間、レプティムァルが大猿のそれのような咆哮を放ち、火炎流や爆炎を、まるで蝋燭の灯かのように吹き飛ばした。

 爆炎の向こう側より顕わになったのは、スス一つ付いていない、無傷の怪獣。

 レプティムァルは左腕の近くにあった家屋を地面から引き千切ると、自身を取り囲む矮小な存在にぶちまけた。

 ヒトが防御や回避行動を取った瞬間、レプティムァルは、回し蹴りのような挙動で、己の身長よりも長い大木のような尾で地面を薙ぎ払った。

 地上にいたヒトの多くは、それだけで天高く、遥か遠くに吹き飛ばされてしまった。


「わあああ、大変⁉」


 対処しようとした部隊が一瞬で壊滅したのを見て、マヤリスが悲鳴に似た声を出して慌てた。


「ヤバイな、完全に想定外だ。私行ってくる!」


 アキュティシマは右腿のホルスターから『ケートゥス』を抜き、回転弾倉を全弾恒星ステラーウィンドバレットの物に交換してから飛び立とうとして、


「姫姉様待って、わたしも戦います!」


 マヤリスの進言に呼び止められた。

 アキュティシマはその言葉に驚いて振り向いた。


「えっ⁉ でも、」

「これでも百年、七号機の操縦者パイロットやってきたんです! ……振り掛かる火の粉を払う時くらいしか使わなかったですけど、それでも、今逃げるのは嫌です!」

「マヤリス────」


 アキュティシマは逡巡し、確かに頷いた。


「判った。あなたの知恵と力と勇気を貸して。私も一緒に乗る」


 その言葉に、今度はマヤリスが驚いた。


「え⁉」

「七号機の操縦席コクピットは複座式。本当なら二人で動かすものでしょう?」

「そうなんですか⁉」

「え、知らないで動かしてたの⁉」

「何だか後ろに使わない席あるなあとは思いましたけど……」

「うわ、ノビリス爺さては言い忘れたな……? まあいいか、兎に角行くよ!」

「はい!」


 マヤリスは力強く応え、人工膜宇宙の『窓』から取り出した、七号機の主要操縦桿のトリガーを引いた。




§




「……うう……」


 尻尾の一薙ぎに巻き込まれ、凄まじい速度で地面を滑走して建物に叩き付けられた、全身を白銀の鎧で固めたヒトが、兜の奥で激痛に顔を歪めた。

 その身体の四肢は、どれも曲がってはいけない方向に向いて、使い物にならなくなっていた。


いてェ……何なんだ、アイツ……」


 甲冑の戦士は、本来であればこの程度の大きさの怪獣の攻撃であれば、十全に防ぎきる事が出来る戦闘能力を持っていた。そのつもりで、確信を以て攻撃を受け止めた。

 その屈強たる戦士をたった一撃で戦闘不能に追い込んだ異常な存在────冷血れいけつ巨猿きょえんじゅうレプティムァルが、周囲の建物を破壊しながら接近してきていた。


「ちくしょう、ここまでか……!」


 戦士が腹を括った、その時だった。


『ちょっと待ったあああああああああああああああああああああああああっ!』

『止ォおまれえええええええええええええええええええええええええええっ!』


 二つの咆哮がほぼ同時に空間に響き渡り、巨大な青白い爆炎を纏った何かがレプティムァルに激突し、大きく吹き飛ばした。


「あ……?」


 甲冑の戦士は、何が起こったのか一瞬理解出来ず、誰かの大魔法なのかと思い、すぐに違うと理解する事になった。


 地面に降着した青白い爆炎の塊が風もなく吹き飛ぶ。

 炎の奥から姿を現したのは、昨日、貿易都市クロウディウムの中央広場に降り立って、町中を騒然とさせた、二十メートルの大きさを誇る赤と銀の巨躯。

 光波結晶フォトニウムフォーミュラ宇宙ユニヴァース大鎧ギガアーマー七号機『レオ』だった。

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