その四 少女は赤い海を走って

 燃えている、燃えている、みんな燃えている。

 走る、走る。お城まで走る。



 事の発端は、あまりにも突然だった。

 いつも通りに眠りに就いた後、突然爆発音が聞こえて、驚いたまま崩れる音とベッドから浮かび上がるような感覚に襲われて。

 何が起きたのか考えられるようになった時には、家が瓦礫に変わっていた。

 わたしは、瓦礫の間に出来た空間に運良く落ち込む事で、殆ど怪我せずに済んだ。

 だけど。


「お父さん、お母さん!」


 お父さんとお母さんは、瓦礫に挟まれて動けなくなっていた。


「マヤリス! 逃げなさい!」


 お母さんが叫ぶ。お父さんは身動き一つしない。


「いやだ! いっしょに行こう! これどけるから!」


 瓦礫を持ち上げようとしたけど、重過ぎて全然持ち上がらない。

 『てこの原理』を利用するために長くて頑丈な棒を探したけど、辺りに使えそうな物はなかった。


「どうしよう……」

「だから────」


 お母さんが何か────たぶん、『いいから逃げなさい』みたいな事を言いかけた、その時。どこからか、何かが激突する音と、爆発音が聞こえた。

 慌てて伏せて、遅れて地面が揺れる。

 揺れが弱まってから起き上がって周囲を見渡すと、瓦礫の山と火の海と化した町と、ビルを下敷きにして倒れる、大破した光波結晶フォトニウムフォーミュラ宇宙ユニヴァース大鎧ギガアーマー六号機と、その三倍はあろうかという巨躯を誇る怪獣の姿が見えた。

 大破した六号機の胸部から、青白い光が生まれ、宙に浮かび上がった。

 それが何なのか────誰なのか、わたしには、はっきりと見えた。

 この国の皆が敬愛する、お転婆で思慮深い、ソルのようなお方。

 わたしが姫姉様と呼ぶ、アキュティシマ第一王女だ。

 姫姉様は光装甲魔法を身に纏い、両腕にそれぞれ光の剣を携え、十重二十重とえはたえに砲撃系魔法を展開し、光の軌跡を残して怪獣に突貫を仕掛けた。


「姫姉様……!」


 姫姉様の輝きを見て、わたしはもう一度、両親を下敷きにしている瓦礫に両手を掛けた。

 お母さんが首を振る。


「マヤリス、駄目……!」

「よく分かんないけど、姫姉様、全然諦めてない!」


 砲撃系魔法が炸裂する音が聞こえた。直後に怪獣の咆哮が轟き、その異容が健在である事が伝わってきた。


「私も、諦めたくない……!」


 啖呵を切って、歯を食い縛る。


「ぅぅ、うううぅ……!」


 歯の隙間から唸り声が溢れる。

 重い。力が足りない。力が、力が欲しい。

 強く願った、その時だった。

 胸の中央、その一番奥にある光波結晶フォトニウム炉心核リアクターが強く脈打ち、炎のように熱くなった。青白く暖かな光が胸に芽生え、両腕を伝ってその先へ集まっていくと同時に力がみなぎっていく。

 前に姫姉様に見せてもらった事がある。わたし達、光波結晶フォトニウム耳尖人エルフの誰しもが持つ、光波結晶フォトニウム炉心核リアクターを中心に全身を循環している液体光が持つエネルギーを励起させる技。


「ううあああああああああああああああっ!」


 さっきまで微動だにしなかった瓦礫が動く。

 わたしは力任せに瓦礫を持ち上げると、そのまま押し倒すように引っ繰り返した。


「はあ、はあ……やった……! お父さんお母さん、立て、る……」


 そして、わたしは見てしまった。

 瓦礫で見えなかった両親の身体のあちこちが、ぐしゃぐしゃに潰れてしまっていた。


「ひっ────⁉」


 わたしは悲鳴を上げて、腰が抜かしてその場にへたり込んでしまった。

 お母さんがとても辛そうな表情になって、顔を伏せた。


「……だから、言ったのよ」

「な、何で……どうして、どうして……⁉」

「気が付いた時にはこうなっていたの……」


 お母さんの顔の真下の地面に水滴が落ちていく。声が震えていた。鼻を啜り、浅い呼吸をして、


「マヤリス……お母さんね、お父さんの声が聞こえないの……。炉心核リアクターの音も聞こえないの……」

「…………」

「マヤリス、今のあなたでも、お母さんとお父さんを担いで逃げるのは…………出来ないわ」


 出来ない、と言い切る前に、何度か何か言おうとしていたが、わたしにはそれが何なのか判らなかった。


「お城に逃げなさい……きっと誰かが助けてくれる! 王女様もまだ戦っているのでしょう?」

「お母さん……」

「行きなさい早く……走れるならいきなさい!」


 お母さんが叫んだ直後、爆発音が響き渡った。

 わたしは目をつぶってまぶたに力を込めて、何度も深呼吸を繰り返して、


「ごめんなさい……ごめんなさい!」


 お父さんとお母さんに謝って、全身に力を込めて立ち上がり、お城へ向かって走り出した。

 振り返らずに走り続けた。振り返ったら、二度と走れなくなりそうだったから。

 倒壊した建物や火の海を避けながら、必死で走り続けて、どうにか王城へ辿り着いた。正門は崩れた城壁と火の手に遮られて通れなかったから、前に姫姉様にこっそり教えてもらった隠し通路を通ってお城の中に入った。

 ここまで来るのと同じように火と瓦礫を避けていく内に、本城から少し離れた場所にある。倉庫のような大きな建物に入る事になった。


「誰か、誰かいませんかあ……⁉ 助けてください……!」


 声の震えを抑えようと努めながら、建物の内側へ呼び掛けた。


「誰だ⁉」


 すると、すぐさま建物の内側から威厳のある声が飛んできた。


「ひっ⁉」


 望んではいたが予想外の出来事だったので、恐怖と驚きで身体がびくりと震えた。

 間を置かずに姿を見せたのは、わたしより背の低い、豊かな白い髭を蓄えたとても強そうな老人だった。

 何度か式典で見かけた事がある、生きるいにしえと名高いお方。ノビリス=ウォレミア様だ。


「の、ノビリス様……?」

其方そなたは、姫様が懇意にしているパン屋の……どこから入ったのだ⁉」

「う、裏口から……」

「……まあ良い。入りなさい」


 ノビリス様は聞いた者を安心させるような穏やかな口調で言い、わたしを招き入れてくださった。


「怪我はないか? 親はどうした?」

「だ、だいじょうぶです。お父さんとお母さんは……」


 わたしはそれより先を口にしたくなくて、黙って首を振った。


「……そうか……すまない」


 ノビリス様は謝ると、何か考えるような様子になって、


其方そなた、乗り物の運転席に乗った事はあるか?」

「え?」


 わたしは聞かれた事の意味が解らなかったが、正直に答える事にした。


「自動車なら、何回かありますけど……」

「よし。こちらに来なさい」


 ノビリス様はそう言って、私を連れて建物の奥に向かった。

 そこにあったのは、挿し色の白銀が映える紅の機体────光波結晶フォトニウムフォーミュラ宇宙ユニヴァース大鎧ギガアーマーの七号機だった。

 それを見上げながら、ノビリス様はとんでもない事をわたしに提案した。


其方そなたは、これに乗って逃げなさい」

「えっ……?」


 言われた事の意味を数秒かけて理解して、わたしはとても困った。


「でも私、こんなの動かした事なんて……自動車だって、お父さんに座らせてもらっただけで、運転なんて一回も……!」

「心配は要らない。計器の起動はがやる。飛べるようになったら教えるから、真ん中の操縦桿と足元のペダルを踏みなさい。それだけで飛べる。詳しい操作は、操縦席コクピット区画ブロックに表示されるから、機体に教えてもらいなさい。大丈夫だ、其方そなたくらいの子であれば、きちんと動かせる」

「ええ……?」

「済まぬが、にはやる事が残っていてな。其方そなたを国外まで送り届ける事が出来ないのだ……。これを使って、既に避難したアキュティシマ姫様に合流しなさい。その後の事は姫様に聞き……」


 ノビリス様がその先を言いかけたその時、爆発音が轟くと同時に地面が大きく揺れた。

 地面に伏せたままのノビリス様が右手の指を弾くように広げると同時に、空中に映像が投影された。

 そこに映ったのは、さっきまで姫姉様が戦っていた、禍々しい翼を持つ怪獣が、不気味な音と共に熱線をお城へ吐きかける光景だった。


彼奴きゃつめ、生き残りがいると勘付いたか……⁉」


 ノビリス様は唸るように言うと、わたしの方を向いた。


「ここは危険だ。さあ、早く大鎧あれに乗りなさい。其方そなたには、どうしても生き延びてもらわないとならないんだ!」


 わたしは、ノビリス様と映像を交互に見て、覚悟を決めて頷いた。

 光波結晶フォトニウムフォーミュラ宇宙ユニヴァース大鎧ギガアーマー七号機の操縦席に座り、ベルトで身体を固定する。その間に、ノビリス様は計器類の起動を終えていた。


「よし、これで準備は出来た。後は先程言ったように、真ん中の操縦桿と足元のペダルで機体を操作しなさい。発進と同時に『窓』から人工膜宇宙に入って、森から離れた場所に出るんだ。地図に記した箇所だ。頼むぞ!」


 視界の右下に、テンパスフュジット王国を中心とした半径百キロメートルの地図が表示された。その左上の端に、白い点が示された。


「頑張ります……!」


 わたしの言葉に応えるかのように、足元に人工膜宇宙の孔が開かれた。


「────発進!」


 操縦桿を目一杯押し倒して、ペダルを思いっきり踏んで、人工膜宇宙の中へ降下した。


 その後、赤い光の中を飛んでる途中で、凄まじい光と爆風に見舞われた。

 光と爆風が収まった後、どうにか人工膜宇宙から惑星エーテラースの三次元空間に出る事が出来た。

 その時には、国も森も、跡形もなくなっていた。

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