その三 来訪者は消えた国より
その後、ツルバミとマヤリスは落ち着きを取り戻し、貿易都市のお歴々に大騒ぎを起こした事に対する謝罪行脚をする事となった。
マヤリスは被害こそなかったが空から降下したので実質密入国のような状況になっていた事を、ツルバミは怪我人こそ出なかったが都市内部で音速に迫る速度で飛行する事の危険性を、それぞれ厳重注意された。
その後、マヤリスはブリークフォードから出国の手続きをせずに出てきた事を思い出し、それを終えるために赤い光の孔────人工膜宇宙の窓を経由して戻り、特に怒られる事もなく帰ってきた。
そうして二人は、『接触回数が多いので妙な動きをしても気付きやすいだろう』という安易な理由でお目付け役にされたモクレン、クリス、スミラ、そしてリカーに監視されながら、ツルバミが泊まっている青い屋根の宿屋に戻ってきた。
その頃には、世界は夕陽の光で琥珀色に染め上げられていた。
「いやあ、怒られちゃったね」
ツルバミは、思いっきり笑った後かのような口調でマヤリスに話しかけた。
マヤリスはくしゃっとした笑顔になって頷き、
「皆さんカンカンでしたねー。ブリークフォードを密出国しちゃったの、何かバレてなかったみたいですけど」
「ねー。……前もさあ、二人で危ない事しては、こうやって怒られたよね」
「あったあった! ありました!」
ツルバミとマヤリスは顔を見合せ、懐かしむように笑い合った。
マヤリスは一呼吸置いて、しんみりした表情になった。
「……それももう、百年以上前になっちゃうんですよね」
「そうねえ、何もかも懐かしい……」
ツルバミは同じような声音で言い、マヤリスに向き直って、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。マヤちゃんが生きてるって、気付けなくて」
マヤリスはそれを見てギョっとして、
「そんな、頭上げてください! わたしこそ、貴女が生きてるって気付いてたのに、すれ違ってばっかりだったんですよ⁉ わたしがコンタクトサイン出すのへたっぴだから、こんな事に……」
マヤリスは慌てた様子でツルバミを止めようとしたが、最後の方には、自分で言った事に落ち込むように声が萎んでいった。
ツルバミは恐る恐るといった様子で顔を上げた。申し訳なさそうに眉を下げたままだったが、優しい笑顔を浮かべ、
「じゃあ、今度練習しましょうか? 子供の頃のように」
「え、いいんですか⁉」
マヤリスは表情をぱあっと輝かせた。
「ええ」
「やったあ!」
マヤリスはツルバミの両手を手に取り、小さく飛び跳ねた。
二人のやり取りを見ていた監視役の四人の内、スミラがそっと手を挙げた。
「あーその、なんだ。お二方?」
スミラに呼ばれて、ツルバミとマヤリスは声の主の方を見た。
「楽しそうにしたりしんみりしたりしてるトコ悪いが、色々と整理させてくれないか? こっちは混乱したままなんだ」
「あ、それもそうか」
ツルバミは部屋を見渡して、
「椅子足りないし、持って来るよ。マヤちゃんは待ってて」
ツルバミはそう言って部屋の外に出て行った。
一瞬遅れてモクレンとスミラがツルバミを追いかけ、三人で人数分の椅子を持ってきた。
ツルバミとマヤリス、モクレンとクリスとスミラとリカーで並び、それぞれ向かい合うように座った。
「で、だ。……改めて、嬢ちゃんの名前を教えてくれるか?」
スミラがマヤリスに聞いた。
「あ、はい。マヤリス=コンヴァラリアです。今は旅人やってます。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく。ツルバミとは、どんな関係なんだ?」
「髪の毛と目の色がおんなじだし、もしかして家族とか?」
割って入ったクリスから『家族』という単語が出て、マヤリスはかなり驚き焦った様子で首を振った。
「え、いやいやいや! そんなそんな! これは、一族皆の共通点なだけで」
「へえー」
「おいクリス、順番をだな」
「あ、ごめん」
マヤリスは二人のやり取りを見ながら首を傾げ、
「……というか、さっきから不思議なんですけど、どうして姫姉様をツルバミって呼んでいるんですか?」
その疑問に今度はリカーが首を傾げた。
「待ってください、姫姉様とは一体?」
「えっ?」
マヤリスはとても意外そうな表情になり、ツルバミを一度見て、
「だって、この方は、テンパスフュジット王国の第一王女アキュティシマ────」
「わあーっ⁉ うわーッ⁉」
突然、ツルバミが大声を出してマヤリスの発言を遮り、両手でその口を抑えた。
「ちょ……ちょ、ちょっと待ってね⁉ マヤちゃんちょっとこっち来てね⁉」
ツルバミは立ち上がると、マヤリスを引っ張って部屋の角まで行き、四人に背を向ける形で顔を突き合わせた。
『マヤちゃん、私が王女って事は内緒にして!』
『……え、お忍び中でした?」
『私達が国外に行く時は、出身を隠す約束でしょ⁉』
『……あっ』
『今思い出した感じかあ……』
『ごめんなさい……』
『いや、いいよ……ていうか、王女業務は今お休み中なの!』
『え⁉ 王女様って休職出来るんですか⁉』
『厳密にはちょっと違うけど、とにかく内緒でお願い!』
『わ、分かりました!』
二人は一族の言語でひそひそと口裏を合わせ、椅子に元通りに座り直した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫よー」「あ、はい」
二人はそれぞれ微妙な表情で頷いた。
リカーは少し考える素振りを見せ、
「それで話を戻すのですが……マヤリスさん、彼女はツルバミという名前ではないのですか? というより、テンパスフュジット王国の第一王女と聞こえたのですが」
「────」
ツルバミは張り付けたような笑顔を無理矢理作ってどうにか平静を
「聞き間違いじゃないかなあ?」
抑揚が失われた声で答えた。
クリスはゆっくりと首を振りながら、
「いや……大声で誤魔化そうとする前に、しっかり聞こえたし」
「き、聞かなかった事にしてもらえたりは……」
「いくら何でも、無理があると思います……」
モクレンは両手の指で×印を作って見せた。
「えー……」
ツルバミは諦めきれない様子でスミラの方を見たが、
「この場を誤魔化しても、後でまた聞くと思うぞ?」
「そっかあー……駄目かあ……」
ツルバミは、やっと観念した様子で天を仰いだ。
「姫姉様、ごめんなさい……あっまた」
マヤリスは小さく声を上げて、慌てて自分の口を塞いだ。
「謝る事ないって。……うん、そうね。腹を括るか」
ツルバミはそう言って、すっと覚悟を決めた表情になり、口元に微かな笑みを浮かべた。
反対に、マヤリスは不安そうな表情になった。
「いいんですか、姫姉様?」
「ほんとの事を言うとね、旅の目的を説明する時に、いつか正体を明かさないといけなくなるかもしれないなとは、思ってたんだ」
ツルバミが背筋を伸ばして座り直したその直後、窓から夕日が差し込み、ツルバミを琥珀色に輝かせた。
「お見苦しい所を見せてしまいましたが、改めまして。私の
ツルバミ────テンパスフュジット王国第一王女アキュティシマ=クァカスは、優雅に胸へ手を当てて名乗った。
「テンパスフュジット王国……百年前までニアンドゥファ―大陸の東北部にあった、『帰らずの森』────メーテオーリースの森の中心にあったっていう、伝説の超越技術大国か?」
スミラは、『まさか』と言いたげな表情を見せながら言った。
リカーはスミラの言葉を聞きながら、人差し指の小さな緑色の宝石の指輪を起動した。投影された画像を精査し、必要な情報が記載された二枚だけを残した。
「────これですね。外界との交流がほぼなかったからか、詳細な情報は残っていないようです。ですが、百年前の深夜に突如光に包まれ、国を囲む森ごと跡形もなく消滅してしまったようですね」
二枚の画像の内片方には、地平線に輝く穹窿を描いた絵画が掲載されていた。
それを見てから、クリスはもう一枚の画像を指し、
「こっちに書かれてあるけど、ニアンドゥファー大陸の御伽噺や伝承に、時折り顔を見せるのよね。大体は危機に瀕した誰か或いは集団に、必要な叡智を授ける役割を担っているわ」
「そうです」
アキュティシマが三人の発言を肯定した。
「私達は、王国の生き残りです。マヤリスは、私が知る限り一番美味しいパン屋さんの看板娘でした。この子が作るパンも、とても美味しいのですよ」
「そ、そんなあ、急に褒めないでくださいよ。照れちゃいます……」
マヤリスは頬を紅玉のように染めると、隠すように両手で触れた。
「え、ちょっと待ってくださいよ?」
モクレンが困惑した様子で続ける。
「パン屋さんの娘さんが、あんな巨大ロボット────
「まさか!」「違いますよ!」
アキュティシマとマヤリスは全く同じ速度で首を振った。
「マヤリスが乗っていた機体は、王家が宇宙探査局と協力して開発していた、宇宙探査用
アキュティシマはそこまで説明して、怪訝な表情になった。
「たしかあの日、『レオ』は飛行試験に備えて城の格納庫にしまったはず……マヤちゃん、何で持ってるの?」
マヤリスは、表情を強張らせ、目を伏せ、視線を左右に振り、俯いて、
「あの夜、火事の中でお城に逃げて……乗せてもらったんです。これで逃げろって……姫姉様と合流しろって……それで……百年……」
握り締めた手を震わせ、声を震わせ、身体を震わせ、
「あ、いや、ごめん!」
アキュティシマは慌てて謝った。
「あの火の海を、城まで走ったんだね……。怖かったろうに、辛かったろうに……」
マヤリスは答えず、顔をアキュティシマの胸に
アキュティシマは何も言わず、静かに、優しくマヤリスを抱き締めた。
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