その二 あなたは何者?

 ツルバミ達が貿易都市クロウディウムに戻って来て、数日が経過した頃。

 モクレンは見事にかんざしを作り上げ、ツルバミの『ケートゥス』の整備を終えた。

 この日はモクレンの工房にて、ツルバミに『ケートゥス』が返却される日だった。


「やれるだけの事は、やってみました」


 モクレンはそう言って、二番目の引き出しから『ケートゥス』を取り出し、机の上に優しく置いた。

 ツルバミは、右手で『ケートゥス』のグリップをうやうやしく握り、


「ふうむ……」


 考えるような声を溢しながら各部を検め始めた。

 手首を捻って両側を見て、撃鉄を半分まで上げて回転弾倉の動作を確認し、続けて撃鉄を完全に上げてトリガーを引き、バレルのガタつきとローディングロッドの操作を確認して、


「…………ふむ」


 顎を左手の親指と人差し指で挟んで、眉を寄せて黙って考え始めた。

 ややあって、モクレンは静寂に耐えるのが厳しくなった様子で、


「……あの、どうですか?」

「モクレンくん」

「は、はい!」


 ツルバミはモクレンと目を合わせると、


「ありがとう、驚いたよ。初めて『ケートゥスこの子』を手にした時より、ずっといい状態に仕上がってる」


 満面の笑みを向けて、心からの礼を送った、


「本当ですか?」

「うん」

「良かった……」

「撃鉄の動作は子気味良くて、トリガーが軽い。何より、グリップを握った感触が手に吸い付くような感じなのがいいね。思い切って新しいグリップも注文して正解だった」


 ツルバミは手の内側で握り直すように青黒い木製のグリップを撫でながら言った。

 モクレンは一番下の引き出しを開け、


「オレ、ここまで堅くて黒に近いカツイロマコトユミは初めて見ましたよ。こんな凄いの、一体どこにあったんですか?」


 そこに安置された、星一つない闇夜のような青黒い銘木を見ながら、少し浮かれた様子で聞いた。


「昔、故郷の森で伐採した物の中で、一番いいものだったんだよ」

「そうなんですか。きっと、とてもいい環境だったんですね!」

「…………。うん、とっても、ね」


 ツルバミは、先程までとは打って変わって、憂いを帯びた表情と声を見せた。


「……あの、聞いちゃまずかったですか?」

「全然。引っ掛かる聞こえ方したのなら、気にしないで」


 ツルバミの声はいつもの優しいそれに戻ったが、表情は戻っていなかった。


「そうですか……?」

「そう。しかし本当にいい仕事だ、本当に助かったよ」


 ツルバミは恍惚とした表情で、愛おしそうに『ケートゥス』を見つめながら言った。


「そ、そんなにですか?」

「うん。デイノオパルスと落下中にやりあった時、ガタガタになっちゃってさ。スペアの部品もくたびれてたし、正直不安だったんだよ」

「そうだったんですね……。オレの腕でも作れる部品で構成されてて、助かりました」

「謙遜しなさんな。かんざしだって、凄く良く出来ていたじゃない?」

「……そうですね」


 モクレンは一番上の引き出しを開け、ヨルギリの木箱を取り出して蓋を取った。

 中には紫色の本繻子の布が敷かれ、その上に、かんざしの完成品の写しが置かれていた。

 金で出来た一本足の『平打ちかんざし』で、円形の飾りには惑星記号を用いたソルと重なるマァニの図が掘られている。飾りの中央付近に開いた孔からは細い銀の鎖が垂れ、その先には、純白の小さな波打つ貝殻と銀製の清らかな印象を受ける花の飾りが付いている。貝殻には透明な珠と紅い珠が一つずつ付き、黄色く半透明に艶めく石の花托には、黄銅色の混じった鮮やかな青い珠石が一つ乗っている。


「これは、会心の出来だったと思います」

七宝シチホウ、だっけ? どっかで縁起物扱いされてる物を使ったんだよね?」

「はい」


 モクレンは一瞬上を見るような仕草をしてから、


「二通りあるみたいなんですけど、今回は、金、銀、瑠璃るり玻璃はり……ええと水晶と、硨磲貝シャコガイ珊瑚サンゴ瑪瑙メノウにしました。瑠璃はデイノオパルスが託してくれた瞳石の一部を使って、硨磲貝シャコガイはカサネアオギガイ、珊瑚サンゴはホウモツコラルっていう似た形の物で代用したんですけど」


 モクレンの言う七宝とは、大乗仏教の経典の一つである『無量寿経』の方から取ったものだった。

 惑星エーテラースには仏教そのものは存在しないが、それに関連する言葉や概念に近いものは在った。それも相まって、モクレンが選んだモチーフは受け入れられたのだった。


「カサネアオギガイとホウモツコラル、加工すると一層綺麗になるよね」


 ツルバミは、戸棚に飾るように置かれている、純白に波打つカサネアオギガイの貝殻と真紅の樹枝のようなホウモツコラルを見つめて、顔をモクレンの方向に戻して、


「ところでさあ、モクレンくん」

「はい?」

「あなた、一体何者?」


 その瞬間、作業小屋の空気が凍り付いた。


「……え、何ですか急に。オレは、オレですよ? モクレンっていう、今年四百八十九歳になる、人間の鍛冶師、ですよ? 見た目子供っぽいですけど、この惑星の人間属でいうおじいさんになるかならないかぐらいの年齢の」

「そうじゃなくて。あなた、明らかにまだ一般に知られていない事を知っているよね?」

「何の事です?」

「プラズマ、ブラックホール、ワームホール、人工膜宇宙」


 ツルバミは右手で拳を作ってモクレンに見せながら、親指から薬指にかけて広げていき、元通りに折り畳みながら発言を続ける。


「物質の第四状態も、光すら脱出出来ない重力を誇る宇宙に点在する高密度な天体も、時空間の二つの点を繋ぐ抜け道も、無数に膜が重なって構成される宇宙も、この惑星では、まだ概念の発案すらされていないんだ。……どうして、知っているんだい?」


 モクレンはツルバミの真っ直ぐに射貫くような視線を浴びて、目を逸らし僅かに顔を背けた。


「……こっちにも色々事情があるんですよ」

「その事情を知りたいんだよ」


 ツルバミはモクレンが顔を背けた方向に身体ごと顔を動かした。


「何でですか?」

「前にちょっと話したでしょう? 私が倒さないといけない怪物、ユニヴァースUniverseイーターEater。この言葉にも強く反応したでしょう? まるで、前から知っていたかのように」

「…………」

「ヒトに知られていない事を沢山知っている。なら、ユニヴァース・イーターの事────たとえば居場所とか、知っているんじゃないかなって」


 身振り手振りを加えて話しながら、ツルバミはモクレンとの距離を狭めていく。


「こ、怖いですよツルバミさん……」

「百年かけても終わらないどうしてもやらなければならない事なんだ張り詰めもするさ」


 ツルバミは早口かつ一息で言った。


「…………」

「教えてくれ。あなたはどんな事情を抱えているんだ?」

「…………」


 モクレンはたっぷり数十秒かけて何度も何度も深呼吸して、


「答える前に、条件があります」


 迷った末に、僅かに震える声で言った。


「何?」

「オレも、ツルバミさんに聞きたい事があります。オレは、オレの事情を噓偽りなく説明するので、ツルバミさんも同じようにしてください」

「いいよ、分かった。あなたの事情と交換だ。誤魔化しはなし。両手首を賭ける」

「いや、だから両手それは要らないですって」

「心構えの問題だよ」

「左様ですか……」

「して?」


 モクレンはもう一度深呼吸して、覚悟を決めた様子で話し始める。


「……頼まれたんです。惑星エーテラースと、この星の生命いのちの営みの存続を」

「誰に?」

「誰、っていうか────」


 モクレンがその先を言おうとした、その時だった。

 作業小屋の出入り口の扉が勢いよく開かれた。


「モクレンさん! ツルバミさんを見かけて────いたあああ! やっと見つけた!」


 扉を開けた張本人────リカーは、小屋の中にツルバミがいるのを認めるや否や、滅多に出さない大声を出した。


「え、ちょ、リカーさん、どうしたんですか急に?」


 モクレンは、大声に驚き思わず耳元に伸ばしていた両手をばつが悪そうにして戻しながら聞いた。


「大変なんです! 空から……人型の巨大な何かが降りてきたんです!」

「人型の、巨大な何か……?」

「怪獣ですか?」


 リカーはツルバミの質問に大きく首を振った。


「いいえ……ていうか見た方が早いです! 来てください! 早く!」


 リカーはそう言い残して、外へ走り去っていった。

 置き去りにされたツルバミとモクレンは一瞬顔を見合わせ、特に相談する事なくリカーの後を追った。

 二人は作業小屋から飛び出して遠ざかるリカーを見つけると、走って追いついた。


「リカーさん、場所は⁉ 被害出てる⁉」


 ツルバミに聞かれ、リカーは走りながら答える。


「中央広場です! 被害はまだですが、呼びかけにも立ち退きにも応じないんです! というかここからでも────ほら!」


 会話しながら鍛冶屋『インレイ』の敷地から出て、リカーは東北の方角の空を指差した。

 そこにあったのは、全長二十メートルほどの、頭と胴体が一つ、腕と脚がそれぞれ二本一対の、赤と銀色が映える人型の存在。


「え、な、人型ロボット……⁉」


 ふと、モクレンは自分の隣に立つツルバミを見た。


「────」


 ツルバミは、複雑な表情を浮かべて絶句していた。

 モクレンが知る限り、それは、困惑か怒りか後悔か、或いは、望郷か殺意にも見えた。


「つ、ツルバミさん? どうしたんですか?」

「リカーさん、モクレンくんをお願いします。少しでも危ないと思ったらすぐに逃げて」


 ツルバミは鬼気迫る表情をリカーに向けて言った。


「え、あ、はい……」


 ツルバミはリカーが答えたのを見て頷き、歩幅を広げて歩き、三歩目で飛ぶと同時に音速の七割まで加速した。

 モクレンとリカーを含めた周囲にいたヒトは、その影響で発生した凄まじい突風でその場に伏せるしかなくなった。

 ツルバミは一直線に人型に迫ると、右手で拳を握り力任せに殴りかかった。

 拳が接触する瞬間、人型の存在の手前に薄黄色の無数の光線で出来た壁が発生し、じわじわと押し返され始めた。


「ぐ、ぅうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 ツルバミの咆哮と重なるように、その胸に青白い光が発生した。光は右腕を伝って拳に充填され、一際強く瞬いた瞬間、光の壁に伝播してそれを木端微塵に打ち砕いた。

 赤と銀の人型が大きく一歩下がり、反動で後退したツルバミは少し遅れて地面に着地した。


「貴様、何者だ! 何故それを動かしている!」


 ツルバミは、群衆のどよめきに掻き消されない声量で、鋭利な刃物のような声で言った。

 群衆の最前線にいたクリスとスミラは、普段見せないツルバミの様子に困惑した。


「ツルバミ……⁉」

「お、おいどうしたんだ?」


 ツルバミはそれには応えず、赤と銀の人型の頭部を睨め付けたまま叫ぶ。


「誰だか判らないが、操縦席コクピット区画ブロックにいるのは見えているぞ! 姿を見せろ! 降りて来い! 降りないのなら……!」


 ツルバミの声は徐々に獣の唸り声じみたものになっていき、その右手はゆっくりと、右腿のまだ弾込めも終わっていない『ケートゥス』へ伸び始めていた。

 すると突然、赤と銀の人型が動き出した。

 地面にいるツルバミを見るように頭を動かし、ゆっくりと片膝立ちになると、胸部を上下に展開し、


「姫姉様ーっ!」


 胸部の内側から何か────誰かが叫びながら、ツルバミ目掛けて飛び降りてきた。


「うわっ⁉」


 ツルバミは飛び降りた誰かを思わず抱き留めると、その横顔────自分と同じような銀髪銀瞳の少女のそれを見て、大きく目を見開いた。


「な、え……マヤリス⁉ 何で⁉」

「ああ、姫姉様、姫姉様……! やっと会えた……!」

「え、え……本当に⁉」


 ツルバミの声は、すっかり毒気が抜けたものになっていた。それに呼応するかのように、巨大な人型の物体は、地面に発生した赤い光を零す孔の中へ沈んでいった。


「はい……!」

「温かくて、呼吸と、炉心核リアクターの鼓動が聞こえる……生きているんだね……!」

「はい……! わたしにも、伝わっています……」


 集まった群衆の中心で、姫姉様と呼ばれたツルバミと、マヤリスと呼ばれた少女は、泣きながらお互いの存在を確かめるように抱き合っていた。

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