第三章 もう一人の生存者
その一 銀の少女は目的を見つけた
貿易都市クロウディウムやラディアヴェーション鉱山から、北に約二百キロメートルの位置するそれなりの規模の国、ブリークフォード。
その一角にある、新しく出来たばかりの宿場町の、そこそこ賑わっている酒場兼食堂で、ヒトが独り、テーブル席に座り、どこまでも機械的に食事を摂っていた。
少年か少女のような体格だが、深い青色の外套の頭巾を目深に被っていて、容貌は窺えない。
そのヒトは、僅かに肌荒れが見られる細指で大きな固いパンを毟り、やたら塩味が強くやや具の少ないスープに浸けてふやかしてから食べた。時々具である肉や野菜を、スプーンで掬って口に運ぶ。
そうして一定の律動で食べ続け、パンが半分まで減った時だった。
「なあ、ラディアヴェーション鉱山に出た怪獣の話聞いたか?」
「ああ、またガンファイターエルフ絡みの話だろ?」
隣のテーブル席に座った一組の男女が、注文した食事を待ちながら雑談を始めた。
「!」
外套のヒトは、女性が発した『ガンファイターエルフ』という単語に反応し、顔を隣の席の方へ動かした。
「そうそう! すげえよなあ……」
「あ、あの!」
外套のヒトは立ち上がると、男女が使っているテーブルに勢いよく両手を突いて会話に割って入った。
「その話、詳しく聞かせてくれませんか⁉」
外套のヒトの行動を見て、男女は困惑した様子で、
「お、おう……?」
「ええと、アンタ誰?」
「旅の者です」
外套のヒトはそう言うと、目深に被った頭巾を取った。その下にあったのは、幼さの残る少女の顔。特徴的なのは、
「お願いします、あなた達が話してた事、どうしても知りたいんです!」
少女に乞われ、男女は顔を見合わせて、
「……詳しくっつっても、
男はそう言って、懐から新聞の号外を取り出してテーブルに置いた。
七日前の日付けの新聞は、『号外! ラディアヴェーション鉱山の鉱石、流通再開』と題されていた。
「ここから南東に馬車で一週間くらい行ったとこにあるラディアヴェーション鉱山に出た骨の怪獣を、ガンファイターエルフと仲間達が倒したってそうだ」
「あ……!」
少女は、新聞の一面に掲載された写真を見て、小さく声を洩らした。
ヒトの背丈程の二つの青く丸い岩の前、沢山のヒトの中心に立ち、こちらに微笑みかける銀髪銀瞳で耳の長い女性。
少女はそれを見て、まるで何かを懐かしむような、少しだけ泣きそうな笑顔を見せた。
「……どうかしたのかい?」
女性は少女の表情を見て、心配そうに言った。
「あ、いえ……なんでも、ないです」
「大丈夫か? 声も何だか……泣きたそうに聞こえるけど」
男性にも心配そうな視線を向けられ、少女は慌てて首を振った。
「だ、大丈夫です! 本当に……」
少女はそう言って、新聞の文章を読んで、
「────この、貿易都市クロウディウムって、どこにありますか? どう行けばいいですか?」
「ええっと、ここからだと……クロウディウムは鉱山から西にあるから……」
男性は少女の質問に腕を組んで考え、
「南西の方だね」
女性があっさりと答えた。
男性は片眉を上げて、
「そう、そっちだ」
ばつが悪そうに笑って見せた。
女性は男性を見て小さく肩を竦め、少女に顔を向け直した。
「いくつか行き方はあるけど、ここから南に行く街道だと、途中に宿場町が多いし、怪獣が出た事も少ないから、一番安全だと思うよ」
「そうなんですね……! ありがとうございました、これ、お礼です」
少女は二人にぺこりと頭を下げると、銀貨を一枚ずつ差し出した。
「それじゃあ!」
少女は自分の席に戻ると、食事を再開した。
それは、機械的だった先程までとは打って変わって、全力、或いは必死な様子になっていた。そうして、あっという間にパンとスープを平らげてしまった。
「…………。すいませーん! おかわりくださーい! 大盛りにしてください!」
少女は少し考え、立ち上がりながら大声で言い、注文口へ足早に向かって行った。
隣の席の男女はそれを見送ってから、それぞれ手渡された銀貨に目線を落とし、
「……なあ、
「そうね。……でも、貰えるなら貰っときましょ」
「……そうすっか」
「そうしましょう」
「後でやっぱナシって言われませんように……」
小声でそんな会話を行った。
「…………」
少女にはその会話がしっかりと耳に届いていたが、全く気にしなかった。
彼女にとって、男女が
§
それから、少女はおかわりを二回して、しっかり完食し、代金を支払って外に出た。
「ふう……。行かないと!」
少女は呟くと、力強く足を踏み出した。
大通りから路地へ入り、建物の影に踏み込んだ所で立ち止まり、何度か深呼吸した。
「……えい!」
少女が全身に力を込め、右手を前に翳す。
すると、前方の空間が破れるように拡がり、少女が通れるくらいの大きさの、内側から赤い光が零れる四角い孔が形成された。
少女がその中に入ると、孔は複雑に折り畳まれるようにして消滅した。
「……!」
その光景を、闇に紛れて見ていた何者かは、一瞬目を見開いたが、小さく舌打ちをしたが、
「…………」
すぐに気を取り直した様子になり、その場の匂いを嗅ぎ、二度舌なめずりをした。
それから、まるで狩りの最中の高い知性を持つ怪獣のような、凶悪な笑顔を浮かべた。
§
「────ぷあっ!」
赤い光が零れる孔が空間に形作られると同時に、その中から少女が飛び出した。
「はあ、はあ……!」
少女は両手を膝に突き、肩で呼吸を繰り返し、息を整えてから姿勢を正した。
「今度も出られた……」
少女は周囲を見渡し、安心した様子で呟いた。
場所はブリークフォード国外、城壁から数キロメートルの地点にある崖の上。
少女は、見回りの灯りが点々と見える以外は真っ黒な塊と化した城壁に背を向け、外套から右腕を出した。その手には、グリップとトリガー部分のみの拳銃のような物体が握られていた。
少女は指先で物体の側面にあるボタン類を何度か触り、トリガーを引いた。
すると、少女の前方の地面に赤い光を零す巨大な孔が展開され、その中から、巨大な人型の何かが、その胸部までを出現させた。
人型の胸部は上下に展開されていて、その奥には、常夜灯に照らされ、何らかの機械に囲まれた椅子が見えた。
少女は人型の物体の胸部────
「滅多にない好機なの、今度もちゃんと動いて……!」
少女は、操縦席の手前にある台座に拳銃の一部のような物体────主要操縦桿を接続した。続けて、順番を全く考えていない動きで、起動及び飛行に必要な計器類を全て操作した。
祈るようなその言葉に応えるように、全ての操作した計器類が小さな音を立てて起動し、最後に全方向から操縦席を取り囲むモニターが起動し、外部の光景を映し出した。
それと同時に、人型の物体は足先まで姿を現し、赤い空間の孔は消失した。
「飛行用重力操作、動作正常……」
少女は操縦席の右側に配された画面を、そこに表示された文字を読み、大きく深呼吸をして、
「姫姉さま、どうか待っていてください……! 今度こそ……今度こそ!」
再度、祈るように言葉を紡ぐと、中央の操縦桿を握って目一杯引くと同時に、足元に三つあるペダルの内左右を思いっきり踏んだ。
人型の巨大物体は静かに浮かび上がると、雲の上まで上昇し、一条の青い光の軌跡を残して南西に向かって飛んだ。
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