その九 いにしえは朝陽に照らされて

 ツルバミが人工宇宙膜の窓から取り出したのは、側面にいくつも穴が空いた真鍮製の円筒形の何か、真鍮の鍋、レードルお玉、カラビナで纏められた計量スプーン、四人分の金属製の底の深い皿とスプーン、金属光沢を放つ水筒、銀紙で包まれた、ツルバミの右腿のホルスターに収まっている『ケートゥス』程の大きさの直方体の何か、顆粒のコンソメが詰められたガラス瓶、ラベルにトマトの果実が描かれた缶詰、缶切りとオイルライター。


「して? 何を馳走してくれるんだ?」

熱量カロリーを摂れるスープ。まごついても一時間もかからないので、少し、時間を分けてくださいな」


 ツルバミはスミラの質問に答えると、調理を開始した。

 手始めに真鍮製の円筒形を、風防と本体の二つに分離した。本体上部の五徳を展開し、本体下部の取っ手を左回りに捻った。そうしてオイルライターの火を近付け、ストーブを点火した。


「ガスストーブ……?」

「それっぽい形と仕掛けにしたガソリンストーブ」

「そっちでしたか」


 ツルバミはモクレンをちらりと見てから、直方体の銀紙を広げた。

 直方体の正体は、何かが混ぜられた動物性の油の塊だった。


「ペミカン?」

「今度は正解だよ、モクレンくん。中身はオオヤマジカの干し肉と干したコオドリタケと炒ったマガリタマの堅果ナッツ


 ツルバミは腰の後ろのナイフを抜き、ペミカンと呼ばれる保存食を切り分け、全部鍋に入れた。そうしてから、鍋をガソリンストーブの五徳に乗せた。

 少しして、熱された脂が溶け始めた。切り分ける時に使ったナイフでほぐし、完全に溶けたのを見計らって水筒から水を入れた。

 瓶から顆粒コンソメを小さじ二杯分入れ、缶詰の中身たるホールトマトを汁ごと全部投入。コンソメを溶かしトマトを潰しつつ、ゆっくりと煮込んだ。

 それから暫くして、ツルバミは小さじでスープを掬って味見した。満足げに頷き、


「よし……そうだ、折角だし」


 ツルバミはそう言って人造膜宇宙の窓を開き、中から金属の小瓶を取り出した。

 モクレンはそれを見て小首を傾げ、


「何ですそれ?」

「黒胡椒」

「あら、贅沢ですね」

「スパイス駄目なヒトいる? いない? なら良し」


 ツルバミはレードルで皿によそおうとして、


「ねえ、誰から食べるか〝これ〟で決めない?」


 ツルバミは右手を仲間達に見せ、最初に拳、次に人差し指と中指を立て、最後に手を広げて見せた。


「ジャンケンですね」

「へえ、せっきょう以外にそういう名前もあるのね」


 クリスが興味深そうに言った。


「みたいですね。……この遊び宇宙共通なのかな……?」


 モクレンは頷き、ぶつぶつと呟いた。


「よし、やるなら早く決めよう」

「スミラ、急にやる気になるじゃない……まあいいわ」


 右手を握って開いてを繰り返すスミラを見て、クリスは左手で作った拳に吐息をかけた。


「じゃあ、せーので、」


 ツルバミが音頭を取り、


せっきょう!」「ジャン、ケン、ポン!」


 三人と一人が全く同じタイミングで二種類の掛け声を放ち、三択から選んだ手を出した。


「…………」


 一番最初に負けたのは、パーを出したツルバミだった。


「ツルバミ、一番最後ね?」

「くっ、おのれ……いいよ」


 クリスに言われ、ツルバミはあっさり了承した。

 その後何度か石鋏紙ジャンケンが繰り返され、食べる順番はモクレン、クリス、スミラ、ツルバミに決まった。


「言い出しっぺが最後……」

「最初に味見したから最初じゃない?」


 口惜しそうに呟くツルバミに、クリスはいたずらっぽく笑って見せた。


「物は言い様だなあ……あ、モクレンくん気にせず食べて」

「あ、はい。いただきます」


 モクレンはスプーンでスープを掬い、一口飲んで目を見開き、


「美味しい……!」


 声を震わせて簡素かつ最大の感想を述べた。


「本当⁉」

「食べ物の感想あじに嘘は吐きません」

「どれどれ」「どれどれ」


 クリスとスミラは順番を無視して自分の器に一口分だけ装い、ほぼ同時に口に運び、


「……美味い」


 スミラは嚙み締めるように言い、


「ツルバミ、安心して。超おいしい」


 クリスは確かな口調で二人の感想とスープの味を保障した。


「良かったあ……ヒトに振る舞うのはとても久し振りだったから、味の調整間違えてたらどうしようかと」


 ツルバミは周囲の警戒こそ解かなかったが、心底安心した様子で言った。


「火傷しない程度に素早く、味わって食べますね.……!」


 スミラは、爛々と目を輝かせるモクレンを見て少し考え、


「モクレン、お前自分自身に結構難しい注文してないか?」

「してますね、はい」

「即答かよ」


 そのやり取りを見聞きし、ツルバミとクリスはけらけらと笑った。




§




「動かないっすねえ、怪獣……」


 人間の青年は鉱山の山稜に居座る怪獣を見ながら、左手に持つお茶が入ったカップを口元に持っていき、一口啜った。


「そうだねえ、時々足元を見てるようだけど、基本夜空を見上げてばかりだ。何がしたいんだろうねえ?」

 カルサイトは首を怪訝な表情を浮かべ、カップに半分程残ったお茶を全部飲んだ。


「おうい、おかわり貰って来ましたぜ」


 行商人のサムは、青年とカルサイトが使っているテーブルに近付きながら言った。その手には、お茶のおかわりが入ったカップが三つあった。


「ああ、どうも」「ありがとうね」

「はいどうも。で、何の話してたんで?」

「あの怪獣動かないけど何がしたいんだ? って話っす」

「成程……」


 青年の説明を受け、サムは怪獣を見上げて、


「……案外、星を見る事そのものが目的だったりするかもな」

「まさか、草花じゃあるまいし」


 青年は有り得ないと言いたげに首を振った。


「そうかあ?」

「違う気がします」

「ううむ……。怪獣に直接聞ければそれが一番なんだろうけどねえ」


 カルサイトはおかわりのお茶を一口飲んで言った。


「何にせよ、暫くは寝れねえでしょうな」


 サムはそう言って、欠伸あくびを噛み殺した。




§




 和やかな時間は食事と共に過ぎていき、やがて、空が白み始めた。


『そろそろか……』


 デイノオパルスは立ち上がると、一際明るい方角を、東を見た。


「うん、そろそろだ」


 ツルバミがそう言って立ち上がるのを見て、三人も同様に立った。


「皆、見て。……朝だ!」


 ツルバミが指差す、地平線の彼方。

 その向こうから、惑星エーテラースを暖かく照らす、ソルの輝きが、顔を出し始める。


『……嗚呼、何て長い、長い眠りだったのだろう』

「夢じゃないわ、現実よ。あなたが暗闇を彷徨さまよったのも、こうして、夜空と朝陽を見れるのも」


 クリスは、まるで自分にも言い聞かせるような口調で、デイノオパルスに言った。


『夢……? そうか、そういう言葉なのか』

「そう、夢。あの世があったら、持っていきなさいな」

『そうか、ありがとう。闇夜の娘よ』

「闇、ね……。そうね。今だけは、褒め言葉として受け止めるわ」

「?」


 モクレンは首を傾げて質問を投げかけて、スミラに肩を叩かれた。

 モクレンがスミラを見る。

 スミラは何も言わず、閉じた口の前で人差し指を立てた。


「……分かりました」


 モクレンは納得していない様子だったが、一先ず頷いた。


『嗚呼……嗚呼。見る事が出来て、良かった……』

「そうだね……って、デイノオパルス! 骨格からだが!」


 デイノオパルスを見上げ、ツルバミが驚愕の声を上げた。

 その骨格が、黄金の光の粒子になって分解を始めたからだった。


『ふふふ、心残りはなくなった。我が身は光を受け、闇へ還り、そうして正しく眠るのだ』


 デイノオパルスは穏やかに言い、ふと、何かを思い付いたように顔を僅かに上げ、


『そうだ、我が願いを叶えてくれたのだ。礼になるかは判らぬが、両のまなこを残してこう。どう使おうと構わぬ。手にする者に、力を貸そう。……大事に使えよ?』

「……はい」


 物の形を変え新たな意味を与える者であるモクレンは、確かな意思を以て頷いた。


『ではな』


 デイノオパルスは周囲にいる人類を見渡し、東の空を見た。


「ええ、また」


 ツルバミは笑顔を向け、


「……またいつか」


 モクレンは神妙な面持ちで頷き、


「またね」


 クリスは優しい口調で言い、


「じゃあな……」


 スミラは静かに目を伏せ、すぐさま真っ直ぐに向き直った。


 デイノオパルスは完全に姿を現したソル目掛けて猛々しく咆哮を轟かせる。

その全身が光の粒子と化し、己が咆哮こえに乗るように、世界へと溶けていった。


 後には、紫色の光が消え、黄銅色が混じった鮮やかな青の石──瑠璃るりの真球が、二つ残された。

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