その七 恐るべき貴石は暗い孔を求めた
その後、ツルバミとデイノオパルスが水浴びに全員を巻き込み、魔法で身体と衣服を乾かしてからの事。
ツルバミは、仲間達と地底湖の岸で円陣を組むように座り、その中央に、懐から取り出した何かを置いた。
それは、借り受けた携行ランタンと同程度の大きさの
「これは?」
ヒトも怪獣も関係なく置かれた物を覗き込む中、モクレンが、ツルバミに質問を投げかけた。
「これは、人工録画水晶式複合観測装置。これで、デイノオパルスの姿を撮影、思念を私達の言葉に変換して録音する。要は、写真結晶とか映像記録結晶の超絶強化版だよ」
「それって、
スミラの疑問を受けて、ツルバミは人差し指で
「……それとは技術体系が違うんだけど、小型化かつ高性能化に成功した物だよ」
「てか何でそんな物持ってんの……?」
クリスの疑問には微笑んで見せ、
「百年間旅していれば、ね。こんな事もあろうかとってやつさ」
モクレンはツルバミのその言葉に反応し、
「この惑星にもあるのかその台詞……いや何でもない」
「……まあ今はいいか。じゃあ、これに向かって、あなたの事を教えて」
ツルバミは人工録画水晶式複合観測装置を指し、デイノオパルスを見て言った。
デイノオパルスは装置へ僅かに顔を近付け、上顎の先を向かい合わせた。
「じゃあ、いくつか聞くね」
ツルバミはそう前置き、小さく咳払いして、
「あなたは何者?」
『我はかつて生き、今は死して動くもの。お前達にデイノオパルスという意味を与えられしものである』
装置から聞こえてきたのは、威厳と高貴さを兼ね備えた穏やかな女性の声だった。
「ここはどんな場所?」
『出入り口のない真っ暗な空洞だった。あの日、壁に穴が開くまでは』
話を聞きながら、クリスはちらりと上を見た。そこは暗闇が空間を支配していて、天井も、出入り口の穴も見えなかった。
「ここはあなたの場所?」
『否だ』
「ん……じゃあ、どうしてここにいるの?」
『判らない。最後に見たのは、空に落ちて来る光だった。その後、どうにも思い出せない何かが起きて……その次にはここにいた』
スミラは片眉を僅かに動かし、
「空に落ちて来る光……隕石か……?」
邪魔にならない程度の大きさの声で考えを口に出した。
ツルバミは少し考えるような素振りを見せてから、最後の質問をする。
「……じゃあ最後に。私達は、あなたとどう接すればいい? 命はあげられないけど、それ以外なら、可能な限り努力はする」
『特別何かを求める訳ではない。我が生きられる時はとうに過ぎてしまった、それは、開けられた穴より流れ込んだ風で理解出来た。故に、暗い孔に還りたい』
「暗い孔っていうと、もしかして死にたいって言ってる?」
『そうだ』
モクレンの質問に、デイノオパルスは肯定を示した。
『我等、遠く遠くより、光
クリスが驚いた様子でモクレンを見る。
「よく解ったわね、今の」
「この仕事やってると、あちこちの伝承を知る機会があるんです。怪獣関連っぽいモノは疎いけど……」
「成程……」
ツルバミは、二人のやり取りを見ながら、悩ましげに唸った。
「しかし、死なせてくれと来たか……」
『ただ』
「ん、ただ?」
『ただ、還る前に、一目でいい。夜と朝を見たい。あの輝きを、もう一度だけ』
§
その後、デイノオパルスが眠りに就いてから。
「それで、どうするの? ツルバミ」
クリスは、装置を両手で持って凝視するツルバミに話しかけた。
ツルバミは顔を上げると、
「どうするって、両方叶えてあげたいよ」
ツルバミは即答し、装置を地面に置いた。
「介錯に関しては、やり方さえ考えれば行ける。そうだな、例えば、
「行けるのか……。死ねぬ者すら殺せるとは……」
スミラが感嘆した様子で言った。
「……問題は後者の方、なんですよね?」
モクレンが真剣そのものの様子で言い、続ける。
「ヒトを殺めた以上、あの子の存在が知られたら、オレ達だけで倒せないと判断されたら、討伐隊が組まれる事になる……くらいは、オレでも判りますし」
ツルバミは静かに頷いた。
「デイノオパルス自身が死を望んでいるとはいえ、そんな終わり方は寂しいと思うんだ。
ツルバミの寂しげな声音を聞いて、モクレンは僅かに目を細め、すぐに表情を戻した。
「……それに、オレ達が入ってきた穴以外に出口がないのなら、どうやって外に連れ出すんです?」
「そう、それなんだよな……どうしたものかなあって……」
「まさか岩盤をくり貫く訳にもいかないでしょうし……出来たとしても危ないでしょう?」
モクレンのたとえ話に、スミラが深く頷く。
「そうだな、それこそ鉱山都市を巻き込みかねん。……いや、待て。ツルバミ、アンタ、具体的にはどうやって外に連れ出すつもりなんだ?」
「え? どうやってって……」
ツルバミは何かを言いかけて、何かに気付いた様子を見せて黙った。
「どうした?」
「ああー、えっとね…………」
ツルバミは考える様子を見せたが、それは段々と苦しそうなそれに変わっていった。
「おい、まさか何も考えていなかったんじゃないよな?」
「そうじゃないんだけど……うう」
ツルバミは苦しそうに悩み抜いた上、何度か深呼吸して、神妙な面持ちを仲間達に向けた。
「今から見る事を、誰にも言わないと約束してくれますか。それと、もし見るのであれば、その記憶を他人に教えられないようにする魔法薬を飲んでもらえますか?」
「待ってツルバミ、一体何を見せようとしているの?」
クリスに割り込むように聞かれ、ツルバミはもう一度深呼吸をして、
「私達の、当たり前にして、秘匿された技術。その秘奥の一つです。少なくとも、この惑星の全ての人類がいつか到達出来る技術。しかしながら、今これを獲得し濫用する事態になるのは危険過ぎる。そんな代物です」
「…………。色々聞きたい事がいくつも出てきたけど、取り敢えずそれは置いとくとして。魔法薬は記憶を教えられなくなる以外に作用はある?」
「ありません」
「薬の効果を切らす方法は?」
「作るのが大変難しいのですが、効果を打ち消す魔法薬があります」
クリスは腕を組んで少し考え、
「……分かった。私はその条件でいいよ」
「おい、クリス──」
クリスは右手を肩の高さより上まで挙げてスミラを制止した。
「ただ、こっちからも条件がある」
「何でしょう?」
「記憶を教えられなくする魔法薬と、その効果を打ち消す魔法薬、両方の作り方を教えて。三人分、紙に書いてあたし達に寄越して」
「それは、自分以外にも使ったり、教えたりするためですか?」
「使わないし、使えないわ。『作り方を教えてもらった記憶』も、この先の記憶ごと教えられなくなるのだから」
「……成程。分かりました。薬を飲む前に渡しますね」
「皆もそれでいい?」
クリスがモクレンとスミラを見て確認した。
「それでこの事態を解決出来るならば構わんよ」
スミラは聞かれてすぐに承諾したが、
「……オレは、怖いよ」
モクレンは俯き、力なく呟いた。
「オレ、子供の頃から、色んな事、忘れっぽかったんです。誰かに……頼まれた事を、やろうとした瞬間に、忘れてしまう事が……何回もあって。それで、相手を怒らせてしまった事が、何回もあって……今でも、何の脈絡もなく、急に思い出して辛くなるくらいで……。だから、辛くなる原因を増やすような事は……したくないです……」
モクレンは、何度もどもりながら、地球で生きていた頃の経験を語った。服の袖を、その下の腕ごと固く握り締めながら。
クリスは、恐る恐るといった様子でモクレンに話しかける。
「……初めて聞いたんだけど」
「今までずっと言わなかったんです……」
「そう……」
「……でも、」
モクレンは、声に力を込めた。
息を震わせながらどうにか深呼吸して、ゆっくりと顔を上げた。
「でも、この依頼は、怖い思いはしましたけど、嫌な思いはしなかったんです。だから、忘れる事も、きっと嫌な思い出にはならないと思うんです。だから……俺も飲みます」
「モクレンくん……」
「モクレン……」
「…………」
スミラは黙ったまま、モクレンの左肩に右手を置いた。
ツルバミはモクレンに優しい口調で言う。
「もし後から辛くなったら、私のせいにしてください」
「しませんよ。自分で決めた事ですから」
「そう、ですか。────あなたの勇気に、心から敬意を表します」
ツルバミは、モクレンの顔を真っ直ぐ見据えて伝えた。
その声と表情には、確かな尊敬の念が窺えた。
「……それでツルバミ、一体、何を見せる気なの?」
クリスの疑問を受けて、
「何も壊さずに、皆で外に出る方法です」
ツルバミは微かに笑って見せ、右手を自らの前方に翳した。
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