その六 怪獣の名前はデイノオパルス
わたしの上に、何者をも喰らい潰す
またあの時の夢だ。オレが死んで、惑星エーテラースに生まれ直す前のやり取り。
オレの意思とは関係なく、あの時と同じように対話が進んでいく。
「……もし、断ったら?」
ああ、このまま死んじゃいますね。
「え……」
あなた、眠っている間に死んじゃったんですよ。栄養不足からの衰弱死のコンボでした。
「……オレが死んだから呼び寄せたのか? リサイクル品みたいに?」
いいえ、いいえ。本当であれば、健康な時に交信したかったです。ユーズドとか、そんな風に考えてはいません。これは全部、わたしの不手際です。ごめんなさい。
「…………」
……どうしますか? もし厳しいと感じるのであれば、強制はしませんが……。
「────、分かった。いいよ。やる。やります」
本当ですか⁉
本当は至極どうでもよかった。
よく分からなかったから聞き返しただけで。自分なりに考えてこうなのかと思ったから言い返しただけで。
平行宇宙規模の派遣社員紛いの扱いも、別の宇宙の別の惑星が滅ぶという話も、既に自分が死んでいるという話も、全部、何かしらの感情が湧く事はなかった。
ただ、何となく、その時はやりたくないをやりたくないと思ったのだ。
結局は惰性だ。死ぬまでずっとそうだった。今だって、そうじゃないとは、とても言い切れない。
「覚悟は、決めました」
────ほんと、よくもまあ、ぬけぬけと……。
§
「────ぁ」
モクレンは、自分の身体の重みを感じて目を覚ました。
「うう……」
右目を押さえて呻きながら、ゆっくりと上体を起こした。
「あれ、オレ、どうなったんだ……?」
モクレンは疑問を口に出しながら、右目を押さえている右手を下げ、瞼を持ち上げる。周囲を見渡すと、岩の窪みのような場所で寝ているようだった。
窪みの中央には携行ランタンが置かれていて、その灯りで、周囲の壁や地面が花崗岩である事が、モクレンには理解出来た。
壁際には、共に坑道に入った仲間が三人が、大まかに等間隔の位置にいて、クリスとスミラは横になって静かに寝息を立てていた。
「おはよう。よく眠れた?」
モクレンから見てランタンを挟んだ向こう側に座っているツルバミが、穏やかな口調で言った。
「ツルバミさん……おはようございます」
モクレンはぺこりと頭を下げてから、改めて周囲を見渡した。
「ここは?」
「空洞の直下二百メートルくらいの所にある、地底湖の
モクレンは、ツルバミに指差された方向へ振り向いた。その先には広い空間が見えていた。地面より下から青緑色の光が見えていて、それにより、液体の反射と揺らめきが判別出来た。
モクレンは地底湖の揺らめきを見て、暫く考えて、小さく
「……ああ、そんな気がします。すみません、記憶が曖昧で」
「気にしなさんな。取り敢えず死んではいないから」
「それは……助かります」
「でしょ?」
「そうだ、骨の恐竜……いえ、怪獣は?」
「そう! 聞いてよモクレンくん! あの子、飛行能力持ってたのよ!」
「え⁉」
モクレンが食いつきを見て、ツルバミは頷いた。
「翼の骨格ないし、そのまま底に激突して終わりだなーって思ってたら、両腕を背中に付け直して、光の翼膜を張ってこっちに突っ込んで来たんだよ。ほんとビックリした……」
「……見た感じ、やられはしなかったんですね……」
モクレンは仲間達の姿や自分の身体を検めながら言った。
「そのための力だからね。百年も怪獣と戦いながら旅するくらいだもん」
ツルバミは、右手で左手の二の腕を軽く叩きながら、口元に微かに笑みを浮かべて言った。
モクレンは少し考える様子を見せてから、おずおずといった様子で質問を投げかけた。
「あの、ツルバミさんって、どうして怪獣と戦いながら旅を続けているんですか?」
ツルバミは一瞬目を見開き、すっと目を伏せ、
「……強くならなきゃいけないんだ」
それは、痛みで叫ばぬよう歯を食い縛り、自らに強く言い聞かせるような声音だった。
「どうしてです? 今だって、十分強いんじゃあ……?」
「どうしても倒さないといけないヤツがいるの。……私達の基準になるけど、兎に角時間がないんだ。でも、今の私、或いは将来の私でも、届くかどうか……」
「……どんなヤツなんですか、それ」
ツルバミは迷うような様子を見せ、暫く黙った末、
「
「……えっ?」
モクレンは、虚を突かれた。
ツルバミの言葉、その発音が、突然遠い昔に聞いたものに。
英語のそれに変わったからだ。
「私達の古い言葉で、『宇宙喰らい』という意味です」
だが、ツルバミが次に発した言葉は、惑星エーテラースの、今いる大陸で主に使われているそれに戻っていた。
「このまま放置し続ければ、いずれこの惑星を食らい潰します。もし、変異の果てに大気圏外へ出て活動出来る術を手にすれば、宇宙をも乱しかねない……悪魔のような怪獣」
モクレンは、ツルバミの言葉を聞いて、ゆっくりと目を見開いて行き、
「え……それって──!」
身を乗り出して立ち上がろうとした瞬間、その大声でクリスが小さく呻いた。
「んん……」
クリスは身体をもぞもぞと動かし、眠そうなまま上体を起こした。
「何、時間になった?」
「ちょっと早いけど、まあいいか。おはようクリスちゃん。いい夢見れた?」
「夢自体見なかったわよう……」
クリスはそう言いながら、モクレンの方を見て、ぱっと明るい表情になった。
「モクレン、目が覚めたんだ! ……良かった」
「あ、うん……ついさっきね。心配かけた?」
「ちょっとだけね」
「そっか、ごめん」
「ううーん……ま、しょうがないか」
クリスは小首を傾げて笑って見せた。
「…………」
モクレンは、ちらりとツルバミを見た。
ツルバミはモクレンの視線に気付くと、声を出さずに口を動かした。
モクレンには、それが『後でね』に読めた。
ツルバミは口を閉じると、上下の唇を真っ直ぐに立てた人差し指で縫い留めた。
§
少し経って、スミラが仮眠から目覚めた後。
「あの恐……怪獣、結局何だったんでしょう?」
モクレンが仲間に疑問を投げかけた。
ツルバミはその疑問に小さく唸ると、
「昔、記録に残ってる怪獣の情報は全部頭に叩き込んだけど……知らない怪獣だった」
「そうか……って、やっぱりお前が一番詳しいンじゃねえか!」
スミラがツルバミの言動に目を剥いた。
「そう? ……てへ」
「いや『てへ』じゃなくな……」
スミラはそこまで言って、溜め息と共に話を戻した。
「となると、やっぱり未知の怪獣って事になるか?」
「情報にないだけで、とっくの昔に誰かが出会ってるかもだけどね」
「でも、今名前が判らないのは変わらないのよね? いっそ、名前付けちゃう?」
クリスは提案すると、
「見た目も強さも爆発的な破壊力で、宝石を生み出すから……ボウムジュエラとか、どう?」
自信ありげに案を出したが、それに対して、モクレンとスミラは微妙そうな反応を見せた。
「何か、
「コイツ、命名才能が皆無だからな……俺もだけどさ」
「え、ええ……?」
クリスが困惑した様子で二人を見て、助けを求めるかのようにツルバミを見たが、
「…………」
ツルバミは黙ったまま、まるで幼い命の成長を見守るような、穏やかな微笑みを向けていた。
「な、なな何とか言ってくださいよお⁉」
クリスは目に涙を浮かべながら、ツルバミの胸を両手でぽかぽかと殴った。
「あっはははは。ごめんごめん、泣かないで……」
ツルバミの表情は困ったような笑顔に変わった。クリスの頭を優しく撫でながら少し考え、
「そうねえ、ボウムジュエラ、私は悪くないと思うよ?」
「本当⁉」
「うん。私ね、昔、チヨコレエトウ……黒っぽい、独特な甘さとほんの僅かな苦みが癖になるような美味しいお菓子があってね。それに宝石みたいな細工をした物を食べた事があるんだ。だから、名前から能力を連想出来て、いいなあって」
「そうなんだ……美味しかった?」
「うん、とっても。見た目も星のように輝いていて……もはや遠い昔のようだけど、あれは、また食べたいなあ……」
ツルバミのその声は、嚙み締めるかのようだった。
それを聞いたモクレンは、怪訝な表情でぶつぶつと、
「……黒っぽくて、甘くて苦くて、美味しい……チョコレート……?」
「ん、どうかした?」
「え、ああや、何もないですよ?」
ツルバミに聞き返され、モクレンは慌てて誤魔化した。
「そう?」
「はい」
「おーい、話が逸れてるぞ。怪獣の名前決めるんだろ?」
「あ、いけないそうだった」
ツルバミは、スミラに言われて小さく肩を
「……そうね、ボウムジュエラ、個人の経験的には悪くないけど、もうちょっと違う方向から攻めてみたいな」
「そっかあ、残念」
クリスは落胆を隠しきれない様子で言った。
モクレンは首を傾げて上を見て、少しの間考えるような素振りを見せてから。
「あの大きな手、複数の恐竜を足したような見た目……まるで、デイノケイルスみたいだったな」
「でいのけいるす?」
クリスがモクレンの言葉を繰り返した。
「……えっと、」
モクレンは、
「昔読んだ御伽噺にそんな生物が出てきたんです。その本の中に恐竜という総称の生物が出て来るんですけど、デイノケイルスはその仲間で、複数の恐竜と似通った特徴を持っているんです。それに似てるな、と。因みに、名前の意味は、『恐るべき手』だとか」
「ふうん……?」
ツルバミが興味深そうに相槌を打った。
「それと、全身がオパール……蛋白石みたいだし、オパールの由来の一つらしい『貴石』を意味する単語の
ツルバミは、モクレンが言い切るのを待ってから手を挙げた。
「じゃあ、私からも。別名は、宝を殖やす恐るべき骨の竜で、
「ほおう……いいな」
スミラが感心した様子で頷いた。
クリスは怪獣の名前と別名を
「……ちょっと悔しいけど、いいわねそれ」
「じゃあ、あの
ツルバミの言葉に三人が頷いた瞬間、
「だって。いい名前じゃない?」
ツルバミが湖に向けて言った。
「へ──」
モクレンが疑問に思うよりも早く、湖の水面が波立ち、話題の骨の怪獣──
「うわあああああああああああああああ⁉」
モクレンは悲鳴を上げつつ、座ったまま壁際まで後退った。
「え、な、えぇ⁉ ツルバミさんアイツ倒したんじゃ⁉」
「うん。やっつけたよ。お互いに命を奪うとこまで行かなかっただけ」
「は、はあ……?」
モクレンの表情と声は、『お前は何を言っているんだ』とでも言いたげなものになっていた。
ツルバミは立ち上がると、さも当然かのようにデイノオパルスの側まで歩いていき、その頭骨の鼻孔だったらしい箇所の上をそっと撫でた。
「この子、もう私達を襲う気はないって。だから、私も戦うのを止めた」
「こ、言葉解るんですか?」
「うん。たぶんだけど、モクレンくんもその内解るようになるよ」
「え、えぇ……?」
「ん? 何、水遊び? いいね、やるかあ!」
ツルバミは嬉しそうに言うと、防水魔法をかけてから、デイノオパルスと水をかけ合い始めた。
「む……無茶苦茶だ……」
愕然とするモクレンの肩に、スミラがそっと手を置いた。
「あー、なんだ。気持ちは分かるよ」
「怪獣と仲良くなったって内容の御伽噺は聞いた事あるけど、直に見る事になるなんてねえ。諦めずに生きてみるものねえ」
クリスがしみじみと言う。
ツルバミは懐から取り出した写真結晶を宙に浮かべ、デイノオパルスの写真を撮っていた。
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