その五 地に眠るは大いなる煌めき・後編

 諸々の準備が終わり、四人の冒険者は、第二十三坑道の入り口に立っていた。

 四人はそれぞれ鉱石採掘組合ギルドから借り受けたヘルメットを被り、腰に魔法で灯りを強めた携帯ランタンを携えていた。


「ご武運を。皆さん、お気を付けて」


 集まった鉱山都市カラットの住人を代表して、カルサイトが祈りを込めた言葉を送った。


「行ってきます」「はい!」「はーい!」「気を付けます」


 四人はそれぞれに応え、鉱山都市カラットの住人達に見送られて出発した。

隊列は先頭から、スミラ、クリス、モクレン、ツルバミの順。

 坑道を少し進んだ頃、


「────止まって!」


 突然ツルバミが鋭く短く、小声で叫んだ。

 全員が立ち止まり、スミラが振り向かないまま後ろに質問を投げかける。


「どうした?」

「……いる」

「何?」

「怪獣。だいぶ奥の方だけど、私達全員が足を踏み入れてから察知したみたいだ。私でも解る強烈な思念が飛んで来てる……」


 ツルバミを覆うように、三角形で構成されたドーム状の青紫色の光が展開された。


「誰基準なのそれ……どんな感じ?」


 クリスは、突然展開された奇妙な光──距離方位仰角同時測定魔法三次元レーダーに怪訝そうな表情を向けながら言った。


「混乱、警戒、威嚇、警告──スミラさんそのまま下がって! 上だ!」

「なっ──」


 困惑しながらも、スミラは二歩下がった。

 その直後、寸前までスミラの真上に位置していた、八面体の鮮やかな青い結晶が澄んだ音を立てて砕け散った。


「……今のが警告、らしい」


 ツルバミは、地面に散らばった青い結晶を見ながら言った。


「危ねえ、助かったよツルバミ」

「うん。また危なくなったら言う」

「頼む」

「…………」


 モクレンはしゃがむと、懐から眼鏡型の拡大鏡と魔力結晶灯を取り出し、散らばった青い結晶の一番大きな破片を拾った。自身の親指の先から第一関節程の大きさのそれに結晶灯の光を当て、拡大鏡でまじまじと観察して唸る。


「うわ、コバルトスピネルか? 勿体なあい……」

「何て?」


 クリスが聞き返した。


「青尖晶石だよ」

「ああ、青尖晶石か! この大きさなら原石でも金貨三枚は下らないんじゃない?」

「砕け散る前ならね。もう夢の跡だよ」

「どうする、持って帰っちゃう?」


 クリスがいたずらっぽく言った。

 モクレンはゆっくり首を振ると、結晶を集めて通路の端に寄せた。


「ポッケにしまったら泥棒でしょう?」

「そりゃそうね」

「あとあの、壁とか見ても分かるんだけど……サムさんが『鉱石が増える、生えると言ってもいい』みたいな事を言ってたじゃない?」

「言ってたね」


 ツルバミが頷いた。

 モクレンは壁に付いた歪な楕円形の橙色の結晶を指差し、


「これ、岩押し退けて出てきてません?」


 ツルバミとクリスは指された結晶に顔を寄せ、


「……そう、見えるわね」

「ぽいね」


 その意見に同意した。


「……少しだけ、長居するのが怖い場所だな。急ぐぞ」


 スミラの言葉に、三人が頷いた。

 しかし数分と経たず、クリスが目頭を押さえて呻いた。


「駄目だこれ、目移りする……」

「クリスちゃん、我慢よ我慢」


 ツルバミが穏やかな口調で励ました。


「だって! 全周に原石のまま一級品の魔法触媒になる宝石がびっしりなんだよ⁉ それがずっと、ずうーっと! こんなの目に毒だよお……」


 クリスは弱弱しい声で反論した。


「気持ちは分かるけど、油断だけはしないでくださいね……?」


 足元が割れやすい鉱石に変わっていないか確認しながら、モクレンが小声で言った。


「思考は分割してるから、そこはそんな気にしないで……」

「マジか……」

「おい、空洞への入り口が見えたぞ。気合い入れろ」


 スミラが右手の手斧で行き先を指す。

 整然としていた空間の最奥の壁に、歪な穴があった。

 一行がその穴を抜けると、広大な空洞に出た。

 空洞の幅や地面から天井までの高さは推定でも数百メートルはあり、地下であるにも関わらず、圧迫感は全くなかった。

 壁や天井は全て結晶化しているらしく、携帯ランタンの灯りに照らされ、幻想的にまたたいた。


「これは……広いな。天井も高い」


 ツルバミが周囲を見渡して呟いた。


「……綺麗……」


 クリスは携行ランタンを掲げ、瞳に空洞の輝きを映した。くるりと身体を回転させ、全周を見る。恍惚とした様子だった。

 モクレンは絶句したまま、崩れた壁出入り口の側の結晶を調べて、


「これ……まさかアメジストのドーム……?」


 あまり当たって欲しくないと言いたげな表情になった。


「鉱山の中にこんな場所が眠っていただなんてな……」


 スミラは感嘆の声を洩らした。


「────はっ。皆、何か来る! さっきから思念飛ばしてたヤツ! あっち!」


 我に返ったツルバミが大声で言った。

鋭い声を受けて、クリスとスミラが、一泊遅れてモクレンが、それぞれ身構えた。


 ツルバミが指差した方向には、大型の怪獣でも通れるであろう広さと高さの道があった。

 その道の壁や天井から何の前触れもなく色とりどりの結晶が生えてきて、それらを無慈悲に割り削りながら、巨大な影が大広間に姿を見せた。

 身長は五十メートル程。直立した爬虫類の骨格標本のような骨が宙に浮かんでいるとしか言い様のない、異様な姿だった。

 頭骨は大きく、上下の顎に刃物のような歯が幾つも並んでいる。眼窩と思しき空洞には、青紫色の光を放つ球体が浮かび、細かく回転していた。

 頭は短い首で肋骨のある胴体と繋がっていて、後部からは鞭や剣といった印象を受ける尾骨が伸びている。

大きく発達した両前足と、それらより発達した後ろ足が威容を誇っている。

 何よりも目を惹くのは、骨格の全てが、幾つもの色が入り乱れて輝く結晶と化していた事だった。


「恐竜っ……⁉」

「っ!」


 ツルバミはモクレンが驚くのと同時に左に動き、射線を確保すると同時に『ケートゥス』で抜き撃ちした。

 放たれた弾丸は怪獣の頭部、眼窩らしき部分の上に命中し、火花が散った。

 命中した箇所に損傷は一切無かった。


「嘘でしょ⁉」


 ツルバミが驚愕の声を上げた。

 銃弾を軽々と弾いた骨の怪獣らしき何かは、恐るべき巨躯を以て侵入者達を睥睨へいげいすると、子供の鳴き声のような咆哮を浴びせた。


「うおおっ!」


 スミラが咆哮に負けじと吼え、全身から煙のような闘志を滾らせて突貫した。踏み出して三歩で怪獣の前脚の付け根の高さまで跳び、空気を蹴って更に高度を稼ぎ、怪獣の頭上まで到達したのだが、


「駄目だ戻れ!」


 何かを察知したツルバミが叫んだ。

 怪獣の全身が仄かに赤紫色の光を纏った。


「くっ⁉」


 それを見るや否や、スミラは両手の斧を前方へ放し、それらを蹴って落下するように飛び退いた。

 蹴飛ばされた二つの手斧が赤紫色の光の霧に呑み込まれる。たったそれだけで、スミラの得物は輪郭を残したまま、瞬く間に黄色い結晶に覆われてしまった。


「近付けねえ……⁉」


 スミラは霧の範囲外ギリギリに着地し、そこから後ろへ下がった。舌打ちを一つして、腰の後ろから鉈を引き抜いた。


「援護お願い!」


 クリスは地面を踏み締め、屈むと同時に杖を地面に突き刺した。


「『大地よ、十六の氷柱つららの如く押し寄せよ。怒涛の威を以て、我らが脅威を突き砕け!』」


 限界まで加速させた詠唱が完了した。地面や壁や天井の結晶が蠢動し、次の瞬間、残像が残る程の速度で十六本の結晶の柱が伸び、骨の怪獣を縫い留めるように押し寄せた。

 柱は光の霧を貫いて骨の怪獣に迫ったが、触れた瞬間に堅さを失ってしまったかのように細かく砕け散ってしまった。


「……あっ⁉」


 クリスが、悲鳴にも似た短い声を発した。

 骨の怪獣は深く重い唸り声を上げた。

 微細な粒子となった紫の結晶が無数の楔に変わり、骨の怪獣を中心に回転し、猛烈な吹雪のように空間を占領し始めた。


「『光波結晶フォトニウム防護バリアー穹窿ドーム』!」「『魔力まりょく水圧すいあつぼう穹窿きゅうりゅう』!」


 ツルバミとクリスが同時に前に出て、各々の護りの技の名を叫ぶ。

 ドーム状の水の壁が四人を守るように覆い、その上に重なるように光のドームが出現した。

 一秒と経たず、防壁に結晶の嵐が炸裂する。

 至近距離の落雷にも似た轟音が響き、防壁の内側の空間までもが振動した。


「うわああっ⁉」


 モクレンは驚き、思わず地面に伏せた。


「モクレンくん押さえて!」

「え⁉」


 しかしツルバミに指示され、すぐに我に返った。

 声が飛んできた方を見ると、モクレン以外の三人が両手で防壁を支えていた。


「早く!」

「あ、はい!」


 モクレンは立ち上がり、一番右に立って防壁に両手を押し当てた。衝撃で吹き飛ばされそうになるのをこらえながら、全体重を防壁に乗せた。


「くっそう、やっぱり駄目か⁉」


 突然クリスが泣きそうな声で叫んだ。


「『やっぱり』⁉」「『やっぱり』だあ⁉」


 モクレンとスミラが目を剥いて怒鳴った。


「怪獣の能力より速くとか死角からならって思ったの! 結果はこれよ! ごめんなさあーい!」

「あ、ああ……」

「ソイツぁ責められんよチキショウ!」


 ツルバミが三人のやり取りを見て微かに笑い、すぐに真剣な表情に戻った。


「……これ結構マズイな……」


 ツルバミが淡々と声に出したのを見て、モクレンの表情が不安げになる。


「全然防げてるっぽいんですけど?」

「こっちの攻撃が効かねえのに居座ったらその内やられちまうぞ」


 スミラが首を横に振りながら言った。


「確かにそうですけど……」

「攻撃の種類と命中する瞬間とか完璧に合わせてもキツそうね……」


 何とか笑おうとするクリスの頬を汗が伝って落ちていった。

 何かを考えていた様子のツルバミは、僅かに顔を上げた。


「────、大火力で押し潰そうとして、洞窟崩したら外も危な」


 その時だった。


 ぴしっ。


「え」「あ」「うん?」「んぁ?」


 四人全員が、結晶の嵐と紫色結晶化熱線の音に混じって、ガラス質の物体が割れるような音が足元で鳴ったのを聞き分けた。


「あの、」


 モクレンが顔を青ざめさせ何か言おうとして、


「ああごめん間に合わないや。全員捉まえるから許して」


 それを遮るように、ツルバミが物凄い早口で言い放った。


「えっ」


 クリスが困惑の声を上げた、その刹那。

 先程よりも大きなガラスの割れるような音と共に、その場にいた全員の足場が無くなった。

 ツルバミ以外のヒトと怪獣は、等しく悲鳴を上げながら落ちて行った。

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