その四 地に眠るは大いなる煌めき・前編

 ツルバミ達五人が貿易都市クロウディウムを発ってから四日後。

 一行が乗る馬車は、ラディアヴェーション鉱山へ続く、いくつもの山に挟まれる谷間の道を進んでいた。

 天候は雲一つない快晴。山肌に植物は少なく、緩やかな曲線を描く道は砂利で舗装され、馬車が三台は通れそうな程に広い。


「もうすぐ、ラディアヴェーション鉱山と、麓の鉱山都市カラットが見えて来るはずだ」


 サムは、道に何か落ちていないか注視しながら、後ろの乗客四人に向けて言った。


「お客さーん、そろそろ着きますよー?」


 ツルバミは隣に座るクリスに揺すられ、うっすらと目を開け、すぐに元通りにした。


「ん、起きてるよお……目を閉じてるだけ……」

「声、どんどん曖昧になってますけど……」


 モクレンが微妙そうな笑みを浮かべて言った。

 クリスが、今度は少し強めにツルバミの身体を揺さぶった。


「んん……」


 ツルバミは小さく唸ると、クリスを手で制止し、両手を組んで掌が上を向くように伸ばした。そのまま身体を左右に傾けて柔軟体操を行い、両手を外して下げながら目をしっかりと開けた。


「……はい、起きました」


 丁度得物の簡単な手入れを終えたスミラは、そう言って穏やかに微笑むツルバミを見て、


「今更だが、寝るの好きなんだな」

「乗り物に揺られて寝るのが好きなんだよ。歩きながら寝るとか、飛びながら寝るとか、出来ないからさ。ぶつかったら危ないだろ?」

「あー分かる。毎回あっちから避けてくれる訳じゃないもんねえ」


 クリスが実感の籠った声で言いながら頷いた。

 それを見たモクレンは怪しい物を見るかのような表情で、


「やった事あるかのような口ぶりなんですけど」

「あっ……い、いや、そそんな事ないよ⁉ ねえスミラ⁉」

「…………。ふふっ」

「笑ってないで何とか言ってよお⁉」




§




 谷間の道を進んでいくと、その奥地に、遠目からでも斑に輝くように見える、周囲の山々とは色合いや纏う気配が違う山があった。

 これが、ラディアヴェーション鉱山。またの名を、たま生みの宝山。

それに沿うように築かれた、七色の家々と階段が形作る町が、鉱山都市カラットである。

 ツルバミ達はサムと馬車に暫しの別れを告げ、早速、宝石採掘組合ギルドへ足を運んだ。


「初めまして。宝石採掘組合ギルドからの依頼を受けて参りました」


 入り口で適当にヒトをつかまえると、代表してツルバミが言った。


「クロウディウムの冒険者組合ギルドからの紹介ですね! お待ちしていました! 早速ですが、こちらへ」


 応対した人間の青年は、そう言って四人を奥の組合ギルド長室に案内した。


「失礼します! 組合ギルド長、冒険者の皆さん、見えました!」


 青年はそう言いながらドアを開け、小さく礼をして下がっていった。

 部屋の奥で机に向かって何らかの書類を書いていたのは、筋骨隆々の、髭を綺麗に剃り落とした壮年の工鍛人ドワーフの女性。

 工鍛人ドワーフの女性が顔を上げたのを見た瞬間、真っ先にモクレンが驚いた。


「あれ、カルサイトさん⁉」

「ん……おやまあ! カヌチの坊ちゃん⁉ 久し振りですねえ!」


 モクレンにカルサイトと呼ばれた女性は立ち上がると、早歩きで入り口の前に出向いた。


「お久し振りです! ……いや、坊ちゃんは止めてくださいって。そんな偉くないです」

「何を仰りますか。お元気でした?」

「ええ、お陰様で」


 ツルバミは、モクレンとカルサイトの会話を聞きながら、クリスに聞く。


「カヌチっていうと、工鍛人ドワーフのカヌチ一族? 繊細かつ豪快な作品を作るのが得意で、あちこちの名のある戦士の武具や貴人の装飾品を作ってる」


 クリスは首肯し、呆れ気味に答える。


「そう、それ。モクレンってこんなのだけど、結構いいとこの偉いヒトなのよ」

「いやこんなの言うなし」

「ヤベ聞かれてた」

「もう……あ、そうだ」


 モクレンは小さく肩をすくめ、ふと何かを思い出したような表情になり、ツルバミ達の方を向いた。


「皆、こちら、カルサイトさん。一時期お世話になって、特殊な鉱石の加工方法を教えて頂いたたんです」

「初めまして、ツルバミです」

「クリスでーす」

「スミラです」

「どうも。しっかし、坊ちゃん……モクレンさんがどうして冒険者の方々とここに? 鍛冶やら工芸やらやろうにも、今は怪獣騒ぎで石を掘れてないし」


 カルサイトが首を捻りながら言った。


「それが──」

「彼は、その怪獣騒ぎを解決しに、私達と一緒に来たのです」


 ツルバミはモクレンに近付き、その両肩に手を置きながら言った。


「坊ちゃんが⁉ でも、戦うのは苦手だったはず」

「その辺は、私がしっかり守りますので、どうかご心配なく」

「……とまあこんな感じで、上手く丸め込まれた感じですね」


 モクレンは苦笑しながら言った。

 カルサイトは顎を撫で、懐かしそうに頷いた。


「ははあ、相も変わらず、押しに弱いようで」

「あははは……昔よりは自己主張するようにはなったんですよ?」

「左様ですか。……強そうな冒険者達に、カヌチの知恵者がついて来てくれた。思わぬ収獲というヤツかもしれない……じゃあ、話を聞いてもらいましょうか。どうぞこちらへ」


 カルサイトは四人を部屋に招き入れると、手前にある応接用の椅子を指した。四人に先に座らせ、自分はガラス窓のある戸棚から二つの巻物を持ってきた。

 カルサイトが巻物の片方を広げると、それは坑道の地図だった。


「異変があったのは、最近完成した第二十三坑道。ここの、一番奥で採掘作業をしていた作業員が坑道の壁を掘り抜いて、向こう側に大きな空洞があるのを発見したんです」


 カルサイトは地図の一番奥の行き止まりになっている箇所を指しながら言った。

 それからもう一つの巻物──坑道の向こう側の空洞の地図を広げると、説明を再開した。


「私達はすぐに洞穴学に関連する学者を集め、坑道の向こう側を調査しようとしたのですが……すぐに断念せざるを得なくなりました」

「怪獣の影、ですね」


 モクレンの言葉に、カルサイトは頷いた。


「制止を聞かず少しだけ先行した作業員三名が怪獣の姿を見たらしく、慌てて逃げようとしたところを、道の向こうから紫色の霧みたいな光が出て……三人は、赤黒い結晶のようになってしまって、そのまま……」


 カルサイトはそこまで言って黙り、俯いて、何かを振り切るように首を大きく振った。


「……現在、空洞の地図作成はここまでで中断、採掘も全て中断させています」


 カルサイトは『ここまでで』で空洞の地図を指し、『採掘』で坑道の地図を指した。


「このままでは採掘再開どころか、怪獣がいつ地上に進出してもおかしくありません。早急に怪獣の討伐をお願いします」


 沈痛な面持ちでカルサイトの話を聞いていたツルバミは、小さく頷いて口を開いた。


「分かりました。一つ、質問してもいいですか?」

「何でしょう?」

「怪獣の姿を実際に見た方はいますか?」

「いいえ、私含めて誰も……ですが、光の霧の向こうに、影だけは見ました。トカゲやヘビの頭骨のようでした」

「爬虫類の頭骨、触れたものを結晶に変える光の霧……」


 ツルバミは目を伏せ、おとがいに指をあてがい、ぶつぶつと呟きながら考え、


「どんな怪獣か判る?」

「…………。いや、ごめん、分からない」


 クリスの質問を受けて、申し訳なさそうに結論を出した。


「誰か、分かる人いる?」


 ツルバミが周囲にいるヒトを見渡して聞いたが、解答はなかった。


「たぶん、この場で怪獣に一番詳しいのアンタだぞ」


 少し経ってからスミラに言われて、


「そっかあ……分かりました。他に質問あるヒトは?」


 ツルバミは観念したように言い、もう一度周囲を見渡した。


「あ、坑道と空洞の地図の写しってありますか? 念のため持っておきたくて」


 モクレンがそっと手を挙げながら言った。


「分かりました、人数分用意しましょう」


 カルサイトが二つ返事で了承した。


「わ、ありがとうございます」

「他ならぬモクレンさんの頼みですので」

「私からも、ありがとうございます。地図を暗記と装備の点検を終えたら、調査に向かおうと思います。皆、それでいい?」


 ツルバミの質問に、モクレン、クリス、スミラの三人が首肯した。


「よし、じゃあ……出撃準備だ!」

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