その三 価値ある石はとめどなく

「はい。つい先程、ラディアヴェーション鉱山の鉱石採掘組合ギルドから依頼が届き、受理されました。内容は、『鉱道で起きている異常の調査及び解決』です」


 冒険者組合ギルドクロウディウム支部、依頼クエスト勘定台カウンター前。

 受付担当のリカーは、ツルバミと、彼女に引っ張られてきたモクレンに淡々と告げた。


「ほらね?」


 ツルバミはモクレンに振り向き、得意気な表情を見せた。


「いや『ほらね?』じゃないでしょ」

「え?」

「『え?』でもなく……。何でオレ連れてこられたんですか?」

「何でって、こういう時は問題解決に行くものでしょう?」

「えっ⁉ いや行かないですよ⁉」

「えっ⁉ 行かないの⁉」

「行くのが普通なんですか⁉」

「よりけりだよ?」

「ええ理不尽……」


 リカーは二人のやり取りを見て微笑み、少し様子見してから軽く咳払いした。


「……あの、そろそろよろしいでしょうか?」

「ああ、すみません」「あ、すいません……」

「いえいえ。ラディアヴェーション鉱山の場所は、ここから馬車で西に四、五日程行った場所にあります」

「それなら飛べばすぐだな……」


 ツルバミが呟くのを見て、リカーはもう一度小さく笑う。


「報酬は、銀貨百枚と、魔法や錬金術の触媒になる宝石三十個。後者は、解決した際に自由に選んでいいそうです。交通費も支給されるとの事です。如何いかがなさいますか?」

「よし、モクレンくん、一緒に行こうか」


 ツルバミは二つ返事で了承したが、その言葉を聞いたモクレンは目を剥いた。


「って、結局一緒に行く流れなんですか? オレ、マトモに戦う事すら難しいのに……役に立たないですよ?」

「報酬の宝石いし、自分で選べるんだよ? 依頼の品、自分で思ってるのより、ずっといい物が作れるんじゃない?」


 そう言われて、モクレンは不安そうな表情を何とも言えないものに変えた。


「…………。そう言われると、弱いんだよなあ……でも……」

「大丈夫。こないだみたいに射出なんて事にはならないようにするから。ね、約束」

「……分かりました、約束ですからね?」

「そうこなくっちゃ!」


 ツルバミは嬉しそうに、モクレンの背中を優しく叩いた。


「あの、別に止めはしませんけれど、せめて何人かと組んでくださいね」


 リカーの忠告を受けて、ツルバミが首を傾げた。


「ん、どうしてです? 今の私でも、一人くらいなら守り続けながら戦えますよ?」

「頭数多い方が、調査の効率が上がるでしょう? それに、ツルバミさんが察知しきれない攻撃が遠くから飛んでくる可能性もあるかもしれないですし」

「…………。あー」


 ツルバミの顔が、一転して哀しそうな、或いは困ったような表情になった。


「そう言われると、弱いんだよなあ……」




§




「────という事で、二人に声をかけたんだ」


 ツルバミは、組合ギルド内で呼び止めて席に座らせた二人の人類──クリスとスミラに言った。

 二人は一瞬顔を見合わせ、


「成程な?」

「先に聞いときたいんだけど、どうしてあたし達?」


 スミラ、クリスの順番に言った。


「この町で会った冒険者のヒトの中で一番顔見知りだから」

「あー……」「あー……」


 ツルバミがすっぱりと言い切ったのを見て、二人は困ったような笑顔を浮かべて納得した。

 それを見たモクレンが慌てた様子で割って入る。


「あ、あの、予定とかあるなら断って大丈夫ですからね?」

「いや、一緒に行く。ていうか、丁度そっちに用事があったのよ」

「えっ、そうなんですか?」

「ほら、こないだの、魔法力場を見えるようにする眼鏡。あれの透鏡レンズに透明度の高い水晶を使うの。ついでに教材に鉱石が欲しいなって考えてたとこだったし。だから、鉱石がないのは困るのよ」

「ああ、それで……っていや、いいのに」

「いくないっつの!」


 モクレンとクリスが押し問答を始めるのを尻目に、ツルバミはスミラに顔を向けた。


「そちらは?」

「俺も行く。聞いた限りだと怪獣が出たようだし、前衛職いた方がいいだろ?」

「うん。それじゃあよろしく」

「おう。────で、お二人さん。ケンカは終わったか?」


 スミラは頷き、それからモクレンとクリスの方を向いた。


「あはは、折れました……」

「折ってやりました」


 モクレンは困ったような笑顔で首を傾げ、クリスは自慢げに胸を張っていた。


「そ、そうか……」

「して? ツルバミさん、鉱山まではどうやって行くの? 歩き? 馬車? それとも?」


 クリスが身を乗り出し、期待が込められた眼差しをツルバミに向けた。


「あ、そういえば、依頼内容聞いてた時に、飛べばすぐって言ってましたよね?」


 モクレンに言われて、ツルバミは困った様子で眉を下げた。


「ああ、うん。でも、ヒトを抱えて飛ぶと、諸々の処理能力が下がっちゃうんだ。道中で飛ぶ怪獣に襲われたら対処が難しくなるから、あんまりやりたくないかな」

「あら、残念……」


 クリスは言葉通り、残念そうにテーブルに身体を投げ出した。

 ツルバミはその様子を見てくすりと笑い、


「じゃあ、今度の休みにでも飛んでみますか?」

「本当ですか⁉」


 言いながらクリスが跳ね起きた。


「ええ。約束しましょう。……おっと、話を戻すね。どうやって行くかだけど、馬車にしようと考えてるんだ。今日準備して、明日の朝には出発したい。鉱山行きの馬車は、言い出した私が探す。それでいいかな?」

「はい」「いいよ」「分かった」


 全員が同意し、スミラが真っ先に席を立った。


「……じゃあ、一旦解散だな。余計なお世話かもしれんが、困った事があれば言えな」

「あ、スミラ待って! 夜になったら皆で食事しない?」


 クリスが立ち去ろうとしたスミラを呼び止めた。


「ん、またか? 構わないが」

「やった! 二人もいいよね?」

「ええ」「勿論」


 クリスに嬉しそうな表情を向けられ、ツルバミとモクレンは頷いた。


「良し! じゃあ、買い物行ってきまーす!」


 クリスは立ち上がると、スミラよりも早く組合ギルドから飛び出していった。


「おーい人にぶつかるぞ……いや、アイツならけられるな」


 そんな事をぼやきながら、スミラはゆっくりと歩いて行った。

 モクレンは、クリスとスミラを見送ってから、静かに立ち上がった。


「オレもおいとましますね」

「ん、武器とか買わなくて大丈夫? 戦えないにしても持ってた方がいいでしょ」


 ツルバミの助言に、モクレンは頷いた。


「一応護身用の剣があるので、キッチリ研いで持って来ます。それ以外の買い物もちゃんとやりますから」

「よろしい。じゃあ、また後でね」

「はい。それじゃ」


 ツルバミがモクレンに手を振って見送ったのを見計らって、依頼クエスト勘定台カウンターからリカーが出てきた。


「ツルバミさん。お話、纏まりました?」

「ええ、滞りなく」

「そうですか……」


 リカーはどこか残念そうに言った。

 それを見て、ツルバミは少し考え、


「……もしかして、一緒に行きたかったとか?」


 リカーは一瞬大きく目を見開き、


「ええ、怪獣が出たと聞いたので、実のところは。ですが、ここの仕事がありますので。今回は、見送ります」

「ああ……じゃあ、お土産に、怪獣の写真撮ってきます?」

「本当ですか⁉ では、お願いします!」


 リカーは驚いた様子で言いつつ、ポケットから写真結晶を取り出し、ツルバミに押し付けるように手渡した。


「……備品?」

「私物です!」

「お、おう……壊さないように気を付けるね。じゃあ、この辺で」


 ツルバミは写真結晶をポンチョの内側にしまうと、椅子を立ち、帽子を被り直して歩き始めた。


「どうかお気を付けて!」


 リカーの気持ちを背中に浴びて、ツルバミは振り向いて微笑んだ。




§




 翌朝、空が白み始めた頃。

 ツルバミ、モクレン、クリス、スミラの四人は、クロウディウムの西門付近に集合していた。


「皆、おはよう。こちら、昨日の食事会の時に話していた、私がクロウディウムに来る際に馬車に乗せていただいた商人さんです。では、どうぞ」


 ツルバミが両手で行商人を指して促した。


「どうも。行商人のサムだ。ここ最近は、露店区域で商いをしていたんだが、儲け時の匂いがしたものでな。こちらとしても、護衛になるヒトを探してたんで、丁度良かった。じゃあ早速出発しよう。ちょっと狭いが、荷車に乗ってくんな」

「はい、お願いします」「よろしくお願いします」「よろしくね」「よろしく」


 五人はそれぞれ荷車に乗り込み、馬車が出発した。

 西門からクロウディウムの外に出て、暫くすると、地平線からソルが顔を見せた。

 この星に生きる全ての生命にとっての、いつもの夜明け。馬車の面々にとっての、いつもの遠出。


「そういえば」


 朝陽を眺めていたツルバミが、ふと疑問を口にする。


「ラディアヴェーション鉱山って、どんな所? モクレンくんが、クロウディウムに入ってくる鉱石の殆どが採れる場所とか言ってたけど」

「ああ、折角なら、教えようか」


 手綱を握り前を向いたまま、サムが言った。


いくらです?」

「ハハハハ。いやいや、これくらいならタダで答えるよ」


 サムは笑いながら言って、水筒から水を一口飲んで口を湿らせた。


「これから行くラディアヴェーション鉱山は、この馬車でおよそ四日程行った所にある宝石鉱山。クロウディウムは勿論の事、他の都市部、海の向こうにまで鉱石を流通させている程の規模だ」


 サムはそこまで言ってからもう一度水を飲み、話を続ける。


「で、この鉱山には何とも不思議……いや、不気味な所があるんだが……、ここらでは採掘されないはずの鉱石がわんさと出て来るし、何より、いくら掘っても鉱石の尽きる気配がないどころか────逆に、増えるんだと」


 その台詞に、モクレンが反応した。


「増える、ですか?」

「そう、増えるんだ」


 サムはそう言って、一度深呼吸した。


「昨日確かに鉱石を掘った場所でも、次の日見ると新しい鉱石が表面に出てきているんだよ。生えている、と言ってもいいくらいだ。放置していると、日に日に坑道を圧迫する程に成長していくらしい」

「まさか」

「そんなまさかな事が起きるんだと。高名な学者様方が大勢調査に出向いたそうだが、原因はついぞ判らなかったそうだ」

「でも、利益が出るから採掘は続けられる、と。ゲンキンな話ねえ」


 クリスが言った。溜め息交じりだったが、口調はどこか明るかった。


「ハハハ。その通りだがな、これが利益だけじゃないんだよ」

「へっ?」


 クリスが聞き返した。

 サムは眉根を寄せ、一層真剣な様子で語りかけた。


「ある年、物は試しと坑道の一つを丸一年全く掘らないようにしたんだ。どうなったと思う?」

「どうって……スミラ想像つく?」

「何で真っ先に俺に振るんだ。まず自分で考えろ」

「いや、坑道が鉱石でギチギチのっちちになって出入り出来なくなる、までは考えたんだけど、それだったら問題にする必要ないじゃない?」

「…………。俺もそのくらいしか思いつかねえよ」


 スミラは諦観混じりに言いつつ、ツルバミをモクレンに目を向ける。


「放置された坑道内の環境によりそうだな……ううむ……」


 ツルバミが熟考していると、


「坑道を圧迫する程の成長……ナイカ鉱山のクリスタル洞窟みたいに状況になるのか?」


 モクレンが、ぼそぼそと呟いた。


「ん、モクレンくん、それって何?」


 ツルバミに話しかけられて、モクレンは伏し目がちになっていた目を向けた。


「ナイカ鉱山の地下三百メートルに地下水で満たされた洞窟があって、それを抜いてみたら、洞窟の中はヒトの背よりも遥かに大きい透明石膏セレナイトで埋め尽くされていたんです。内部は暑さも湿気も凄まじくて、生身の人間だと十分もいられないのだとか」

「ふうん……?」


 モクレンの言うナイカ鉱山とその地下にあるクリスタルの洞窟とは、地球のメキシコ北部のチワワという都市にある。当然惑星エーテラースには存在しない場所なのだが、


「ん……? あっ、ああいや、昔読んだ冒険小説の一節なんですけどね? 肝心の本の題名忘れちゃったんですけど……。要は、人間が滞在出来ないような過酷な環境になるんじゃないか、と思ったんです」


 モクレンはツルバミの怪訝そうな表情を見て、漸く誤魔化そうとした。


「へえ……。で、正解はどうなんですか?」


 ツルバミは特に追及する事はせず、行商人に回答を求めた。

サムは口から水筒を離し、静かに語り出した。


「結論から言うと、坑道の天井や壁や地面がブチ抜かれて、他の坑道まで鉱石が侵食してきた」


 サムは前を向いたまま、表情を更に険しくする。


「侵食された坑道はあわや崩落の危機に見舞われ、放置していた坑道を満たしていた鉱石は大慌てで切り出された。学者様方によると、採掘を放棄した場合、三十年程で鉱山全域が鉱石に変わり、結晶構造の脆い部分が崩壊して、超大規模な土砂崩れが発生する計算になるそうだ。そうだな、あれは……爆発の、ようだった……」


 サムが示した解答に、四人は神妙な面持ちで押し黙った。

 ややあって、スミラが口を開いた。


「そんな場所に、怪獣がなあ……」

「わた……耳尖人エルフなら、三十年くらい、まばたきよりもあっという間なんじゃないですか?」


 クリスが努めて明るい口調で軽口を叩き、ツルバミは穏やかな表情で小さく首を振る。


「私達の目線でも、もうちょっと長いよ。一つの木が立派な大きさになるくらいだもの」

「ふふ、確かに」

「……長くも短くもあり、ですね」


 モクレンが最後に言った。


「そんな財も脅威も眠る場所に、我々はこれから向かうんだ。お互い、気を付けないとな」

「ええ」「そうですね」「確かにね」「ああ」


 行商人の言葉に四人は気を引き締め、


「……ん?」


 数秒経ってから、クリスだけが首を傾げて身を乗り出した。


「何でアンタが締めてんのよ⁉」

「説明役買って出たからだよ⁉」

「そりゃそうか……ごめん」


 クリスは振り上げた拳をあっさり下ろし、幌馬車は丘を登り切り、街道の上をゆっくりと渡っていく。

 脅威となるモノは、未だ見当たらなかった。

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