その二 来客は欠品の知らせ
貿易都市クロウディウムの西南にある職人区域。その一角に、モクレンが世話になっている『インレイ』と言う名の鍛冶屋がある。その敷地内の少し奥まった場所に、モクレンが工房として間借りしている小屋があった。
「ん、誰だろ? 珍しいな……はーい、どなたですか?」
「
挨拶しながら入ってきたのは、ここ数日ですっかりモクレンの顔見知りになった、
「あれ、ツルバミさん! どうしたんですか、こんなところまで」
「こんな所って、町中じゃないか。いやさ、ナイフを買い足そうと寄ってみたら、モクレンくんがここで仕事しているって、店先の若い
「ん……珍しかったから、とかですかね? ほら、エルフで銃使う人、あんまりいないですし」
「ああ、それで」
「本人に聞くのが一番正確だとは思いますけどね」
「ふふ、確かに」
ツルバミはモクレンに微笑みかけ、頭の帽子を取ってポンチョの内側へ仕舞い込んだ。そうしてから、モクレンが向かい合っている机の上を見ようと、背伸びするように上半身を動かす。
「何作ってるの?」
「金細工と銀細工を合わせた
モクレンは言いながら、ツルバミが机の上を見やすいように椅子を後ろへ引いた。
机の上にあったのは、細長い棒状の銀色の金属だった。片方の端には金色の平たい円形の飾りがある、所謂『
「ああ、髪飾りの」
「はい。誕生日の贈り物に、という依頼で」
「へえ……ん? ちょっと失礼」
ツルバミは机に近付くと、
金で出来た円形の飾りは、中央付近に穴の開いていて、その縁に重なるように円弧の彫刻が為されている。
銀で出来た一本足の棒の部分には、飾りの下部から角ばった渦が、もう片方の端からは滑らかな曲線を描く渦が、
「平たい部分は
ツルバミは暫くそうしてから、怪訝な表情をモクレンに向ける。
「これさ、魔法力場の制御補助の刻印してるよね?」
ツルバミが銀で出来た一本足と呼ばれる棒の、紋様の部分をなぞるように指を動かす。
「あ、やっぱ判ります? 限界まで崩して、そう見えないようにしたんですけど」
「えー、大丈夫う? 良からぬ事に使おうとしてない?」
「いや、ないですって。その、ううーん……守秘義務があるんで、口外しないって約束してくれますか?」
モクレンは、口の中央手前に、人差し指を真っ直ぐに伸ばした右手を置く手振りをして見せた。
「うーん……分かりました。破った時は、手首を両方斬り落とします」
「いや、そこまでしなくていいです……」
「心構えの問題です」
「左様で……」
モクレンは一瞬何とも言えない表情をした後、小さく咳払いをして、
「理由なんですけど、まず前提として、依頼主はオレの顔見知りの夫婦で、そのヒト達にはもうすぐ大人の年齢になる一人娘がいるんです。で、
「ふむふむ」
「で、依頼主の一族の魔法の使い方が、主に舞踏……踊りや、自分の動きを詠唱代わりにする、といったものなんです。
「ほほう」
「で、最初は刻印をそのまま彫ろうと思ったんですけど、どうも物々しくなっちゃって。色々考えた結果、機能が損なわれないギリギリまで模様っぽく崩して、簪本体に組み込む方針にしたんです」
モクレンはそう言いながら、机の二番目の引き出しから紙を四枚、一番目の引き出しから更にもう一枚取り出し、ツルバミに手渡した。
二番目の引き出しから出されたのは没になった設計図で、最後の一枚が決定稿だった。
「ああ……確かに、他の案よりこれのが目立ちにくいと思うよ」
「でも、だからこそ、良からぬ事に使うんじゃないかって思ったんですよね?」
「そうそう。でもまあ、少なくともモクレンくんがそのつもりじゃない事は、理解したよ」
「そ、そうですか?」
「うん。だって制作過程話してる時、声とか顔とか、悪さしてやろうって感じはしなかったからね。あなた、善悪の判断基準がおかしい訳ではないみたいだし」
モクレンはツルバミにそう言われて、何度か目をしばたたかせ、
「そう、なんですか?」
「私の目で見た限りでは、ってだけだけどね。ほら、その辺の基準なんていくらでも引っ繰り返っちゃうから」
「…………」
一瞬の静寂の後、ツルバミは改めて机の上の簪を見て、
「まあそれはさておき、この簪の造形、美しいと思う。モクレンくん、いい腕してる」
「えへ……い、いや、オレなんかまだまだですよ」
モクレンは一瞬頬を緩ませたが、すぐに
「謙遜しなさんな。ふむ……
「銃、ですか? 整備とか改造とか、一応は出来ますけど」
「じゃあ、もし予約が空いてるなら、私の銃を見てもらえないかな?」
「その右腿のヤツですか?」
「そう、これ。自分でも部品単位で分解清掃はするんだけど、やっぱり専門職のヒトに見てもらった方が調子いいんだよね」
「見せてもらってもいいですか? ツルバミさんが持ってるので初めて見た銃なんで、見てから判断したいです」
「分かった」
ツルバミはホルスターから『ケートゥス』を抜くと、机の上にそっと置いた。
モクレンは『ケートゥス』を手に取ると、撃鉄やトリガーに触れないように、銃口を自分やツルバミに向けないように注意しながら
「どうかな?」
「これ、特殊な加工とかはされてないですよね?」
「ん……現在の一般的な技術でも、該当するものはないはずだよ」
「なら、説明書を読み込めば、いけると思います」
「本当⁉ じゃあはい、説明書の写し。」
ツルバミは嬉しそうに言って、ポンチョの内側から小冊子を取り出してモクレンに手渡した。
「……こないだの写真の時も思ったんですけど、どっから取り出してるんですか?」
「ポンチョの中から」
「さ、左様で……。取り敢えず、
モクレンはそう言いながら、『ケートゥス』のグリップをツルバミに向けて返した。
ツルバミは『ケートゥス』を受け取り、ホルスターに納めて頷く。
「うん、それで構わないよ。簪はどのくらいで出来そう?」
「あ、後はここの穴から吊り下げる花の形の飾りと、宝石の研磨だけなので、今日中に殆ど終わる予定です」
モクレンはそう言って机の三番目の引き出しの鍵を外して、
「あっ」
中を確認して、小さく声を上げた。
「どうした?」
「その、使おうと思ってた石、丁度切らしてたの、忘れてたみたいです。うっかりしてたなあ……」
「あらまあ、大丈夫?」
「この町なら滅多に手に入らないような代物でもないので、大丈夫かと。在庫あるか、聞いてみますね」
「付いて行ってもいい?」
「どうぞ」
「やった」
モクレンは立ち上がると、ツルバミを連れ立って借り工房の外へ向かった。
§
「えっ、ないんですか?」
モクレンが驚いて聞き返した。
『インレイ』が仕入れた材料を一手に管理している倉庫の前。
そこにはモクレンだけでなく、別の鍛冶場で作業をしているはずの職人達が人だかりを作っていた。
「ああ、間が悪くて悪ぃな……」
倉庫の前で人だかりに向かい合うように立っていた、材料管理担当の壮年の
「いやいや、そんな、在庫なくなりそうって前から聞いてたのに確保してなかったこっちにも非があるので……。でも、あれから補充が一切なかったのは、何で……?」
「それがよう、どうも店全体の問題だけじゃないみたいなんだよ」
人だかりをかき分けて、石のチャートのような質感の肌を持つ三メートル程の
「えっと、モクレンくん。どなた?」
「ここの親方」
「成程」
ツルバミは頷き、鍛冶屋の親方に身体を向け、会釈をした。
「初めまして。冒険者のツルバミです」
「おう、ガンファイターエルフの
「ご存じでしたか」
「まあな。銃使いの珍しい
「あ、あの!」
ツルバミと親方の会話に、モクレンが割って入り、
「……すみません、話、戻して頂いてもいいですか?」
「おお、そうだったな」
鍛冶屋の親方はそう言って笑い、ツルバミは少し気まずそうに頬を掻いた。
「いやなあ、在庫がないってんで、問屋連中に直接聞いて回ったんだけどよ、何やらラディアヴェーション鉱山で問題が起きてるらしくてな」
「ラディアヴェーション鉱山というと、この町に運ばれてくる鉱物の殆どが産出されている場所ですよね? 何があったんですか?」
「それが、鉱道内で巨大な怪獣を見た、とか何とかで……」
鍛冶屋の親方が『怪獣』と言った瞬間、ツルバミが反応を示した。
「ふむ……事件の予感がするな」
ツルバミはそう言いながら、左手でモクレンの右手首を掴んだ。
「え、ツルバミさん?」
「ちょっと行ってみない?」
「え、どこに?」
「どこってほら、冒険者
「え?」
「という訳なので、親方さん、ちょっとモクレンくん借りて行きますね!」
ツルバミはそう言って、モクレンの手を引いて歩きだした。
「え⁉」
「すみませーん、通りますので、道開けてくださーい!」
困惑するモクレンを余所に、ツルバミが人だかりの間を縫うように歩いて行く。
「おう、事故らねぇよう気を付けてな!」
「ええ⁉」
モクレンは、親方が背後からかけてきた声にも唯々困惑するしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます