第二章 宇宙(そら)を越えた青年
その一 孤独にはさようならを
はじめに、オレ、今はモクレンと名乗る──かつての名前は最早思い出せないし、そうする気にもなれないのだが──、
オレは、西暦二千二十二年七月十日まで、地球という名で呼ばれる太陽系第三惑星で生きていた。
過去形なのは、その日、死んでしまったからだ。孤独死だった。
死因は、たぶん貧困からの栄養失調の連鎖だったと思う。その数日前まで、とても『しっかりと食事を摂っている』とは言えない状況だった。関係ないとは思うけど、最後の方は指に炎症が発生していた。痛かったし痒かった。
苦しくなかったし、いつ死んだのか分からないから、たぶん寝ている間に死んだのだろう。
して、こんな状態で、何故死んだと理解しているのかというと────。
起きなさい……起きなさい、
「…………誰ですか?」
ああ、これは失礼を。そうですね、一人称は〝
「…………。…………はぁ?」
まあそういう反応になりますよね。最低でも、多元宇宙論は成立する、別の宇宙にも生命は存在している、惑星が個人と会話可能、という前提が必要なのですから。
因みに、どうやって別の宇宙と交信したかというと、まだ地球人の皆さんが発見していないある物質を用いた多元宇宙間ネットワークを利用した……というのが、伝わりやすいでしょうか?
「…………」
あ、よく分かってない顔していますね。まいっか、とりあえず意思疎通は出来ているのですから。では、単刀直入に言いますね。これからあなたに協力をお願いしたいのは、
「な……何でオレ?」
ん~、先程言った、多元宇宙間ネットワーク経由であちこちに応援要請をしたところ、あなたの宇宙の地球さんが良さげな人材いるから誰でも選んでいいよと仰ってくださったので、一番適任っぽいなと感じたヒトを一人選んだ感じですね。
「…………。惑星の存続って、どうすればいいんです?」
……わたしの上に、何者をも喰らい潰す
今はまだ幼体ですが、その力は強大です。わたしの中でも、とびっきり強いヒト
「……その、今言ったバケモノを殴り倒せ、って言ってる?」
惑星ごと吹き飛ばすでもない限り、脅威の排除さえ出来れば、方法は何でもいいのです。勿論、力で捻じ伏せる勇気があるのならば、それでも。
「いや、オレ、そういう……殺し合いとは、無縁だったし……。急にやれって言われても、無理……」
では、別の方法を取りましょう。わたしの上で生きている人類と協力して、何とか打倒する手段を編み出す、とか。
「……その、さっきから最終的にやるっていう回答をする前提で話を組み立てていない? ……もし、断ったら?」
ああ、このまま死んじゃいますね。
「え……」
あなた、眠っている間に死んじゃったんですよ。栄養不足からの衰弱死のコンボでした。
「……オレが死んだから呼び寄せたのか? リサイクル品みたいに?」
いいえ、いいえ。本当であれば、健康な時に交信したかったです。ユーズドとか、そんな風に考えてはいません。これは全部、わたしの不手際です。ごめんなさい。
「…………」
……どうしますか? もし厳しいと感じるのであれば、強制はしませんが……。
「────。……分かった。いいよ。やる。やります」
本当ですか⁉
「覚悟は、決めました」
良かった……ありがとうございます。
「ただその……いくつか、条件があって」
何でしょう?
「惑星エーテラースで、生活させて欲しいです。目的だけ達成すればいい、達成されたらそれで終わりは嫌というか……」
成程……じゃあやっぱり、エーテラースの人類をベースに肉体を一から再構成して、
「どのくらい?」
そうですね、例えば寿命ですと……仮に地球人を一とするなら、エーテラースの人類の中でも平均的な種族の人間が十、みたいな感じですね。
「えっ」
他にも挙げるとキリがないですが、まあ気にしなくていいですよ! 差異はなくなるので。種族と誕生ポイントはランダムでいいですか?
「あー……オススメとか、あったりします?」
いえ、というか、どこに生まれ落ちても詰まないようにある程度は調整しますので。
「えぇ……?」
「その、スターターキット? って、何ですか?」
二十一世紀の地球の文化で分かりやすく言うなら、異世界転移や転生が行われた際に付随する、チートとか呼ばれるようなヤツですね。
「……あー……。何か、駅の本屋でそんな謳い文句の本が、あったような……? 具体的な内容は?」
余程の事がない限り病気になったり寄生虫に感染しないようにする健康な体と強運、地球の知識が必要になった場合に困らないようにする質量ゼロかつ不可視の外部記憶媒体、あなたのこれからの幸福とわたしの存続を願ったモノ、ですね。
それぞれ、『
「……あの、結構その場のノリで言ってません?」
「な、何か言ってくださいよ⁉」
ま、まあまあ……。あ、諸々の手続き完了しましたよ。出発の準備をお願いします。
「露骨に誤魔化したな……準備って?」
心構えですね。素粒子一個分でもいいから、切り替えて、行こう! と考えてください。
「…………」
あ、はい。そのくらいあれば、全然オッケーです。これを最初のエネルギーにして、あなたをわたしの上に送り届けます。
「上手く、出来るかな……」
大丈夫。そのための、『
────さて。ようこそ、
────とまあ、こんなやり取りがあった。
その後、オレは人間の赤ん坊の状態でエーテラースに生まれ落ち、孤児として、多くの工芸品の加工を生業とする、ドワーフと呼ばれる人類の一つであるカヌチ一族に拾われる事になった。
彼等は他種族であるオレを家族と言い、大事に育ててくれた。
しかし俺は、どうしても相手との距離感が分からなかった。自分が愛されているのかも。
それを、幼少のある日の夕食後、ぽろりと口にしてしまった。
周りにいたヒトは誰も怒りも答えもせずに、流した。
でも次の日から、皆のオレに対する接し方が少し変わった。
工芸品の作り方を教えてくれた。特に、オレが一番興味を示した金属加工は、重点的に鍛えてくれた。
言葉を教えてくれた。言葉に力を乗せて、魔法として扱うコツを教えてくれた。覚える事は出来ても、全然使えないのだけど。
森や川、山へ連れて行ってくれて、自分達が生きる世界の美しさを教えてくれた。
そうしてから、
「愛している。教えているし、育てている。酷い事も悲しくなる事も言わない。だから、信じてはくれないか?」
言葉ではなく、先に行動で示してくれたのだ。それが子供心に──一度成人したにはしたのだが──嬉しかった。
その日から、孤独はオレの中から失われたのだと自覚した。
さようなら、過去の
叶う事ならば、二度と出会わない事を願う。
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