その四 出処は何処に

 ツルバミは地上に降り、弾切れになった『ケートゥス』のシリンダーを交換した後、モクレン達四人と合流した。

 一言二言交わしてから、リカーが提案した。


「そうだ。折角ですし、簡単に自己紹介しておきませんか?」


 その言葉に、クリスが目を輝かせた。


「いいね! じゃあ、モクレンからやろう」

「オレから?」

「あたしらがここに来るキッカケだし」

「ああー、じゃあ……」


 モクレンはそう言って、少し考える様子を見せ、


「モクレンです。見聞を広めるためにあちこちを旅しながら、鍛冶師をやってます。今はクロウディウムに滞在中です」


 モクレンはそう言ってからツルバミの方へ向き直り、ゆっくりと、深々と礼をしながら、


「あの、さっきはありがとうございました。オレだけだと逃げ切れるか分からなかったですので。戦えないんで……」

「どういたしまして」


 モクレンが頭を上げてから、クリスが話し始める。


「じゃあ次あたしー。名前はクリス。真名フルネームは色々あるから秘密で。基本的には魔法で戦うよ」


 クリスはそう言いながら紺色のローブの前を開いた。腰の茶色いベルトの前面にポーチが四つ着いていた。左腿の位置にはホルスターがあり、リンゴの枝の魔法杖ワンドが納められていた。


「次、誰やる?」

「私、最後でいいよ。そちらのお二方は?」

「あ、では次をどうぞ」


 ツルバミが譲り、リカーが更に譲った。


「どうも。……スミラ=トレヴノク。戦士だ。得物は……今はコイツらだな。以上」


 スミラは、肩に担いだツーハンドアックスを軽く叩き、両腰の手斧を指先で軽く触れて言った。


「では、わたくしですね。リカー=シオンと申します。クロウディウムの都市中央部にある冒険者組合ギルドで受け付けをしていますので、以降お見知り置きを」


 リカーは、右手の人差し指にある、緑色の宝石が嵌められた指輪を見せながら言った。


「じゃあ、最後ですね。……ツルバミです。ガンファイターエルフの方が通りはいいかな? 『ケートゥスこの銃』と、魔法で戦います。よろしく』」


 ツルバミは、右腿のホルスターと、そこに納められた『ケートゥス』を指差して言った。


「あの、ツルバミさん?」

「うん?」

「オレにかけた魔法、解いてくれませんか? その、かけられすぎで周りが危ないみたいで」


 モクレンの発言に、クリスが無言のまま深く頷いた。


「ああ、そういや射出前に魔法かけてたね」


 ツルバミの気軽そうな台詞に、クリスが目を剥き、


「かけすぎ! これじゃ移動要塞よ!」

「そうなの?」

「そうなの!」

「そっか……ごめん、緊急だったから」


 ツルバミは謝りながら、右手をモクレンの左肩に置き、すぐに離した。


「はい、これでもう大丈夫」

「え、それだけ? あの、今どんな感じ?」


 モクレンが困惑しながら周囲に自身の状態を窺う。

 クリスがおずおずと挙手し、


「きれいさっぱり解けてる」

「マジか……」

「マジ……」「マジだよ」「マジです」


 異口同音の発言を聞いてから、クリスは顔に右手を遣り、軽く頭を掻いた。


「……後学のために聞いておきたいのだけど、あれだけの魔法、どうやって、そんなにあっさり使ってるの? 無詠唱とかはいいのよ、私もちょっとは出来るから。何の兆候もないのが怖いわ」

「それはね、ちょっとした仕掛けがあるのよ」


 ツルバミはそう言いながら、両手の掌と手の甲を全員に見せた。


「……?」


 何も解らなかったモクレンが首を傾げていると、


「うわ」

「えぇ……」

「……相手したくねえな」


 クリスが絶句し、リカーが困惑し、スミラがギョッとした様子で言った。


「そうならないように、私も願っているよ」


 両手を下ろしながら、ツルバミはどこまでも穏やかな口調で言った。


「え、何? 何なの?」


 困惑するモクレンを見て、ツルバミが何かに気付いた様子で、


「もしかしてだけど、今見せた魔法力場まほうりきばが、見えてない?」

「はい、全く……。生まれつき、見えない感じです」

「ああ、それで」


 ツルバミは納得した様子で頷いた。

 クリスが呆れたような様子で、


「これ前も言ったけど、モクレンさ、よくそれで今まで困らなかったよね。魔法武具とか魔法道具とか、作る事あるでしょう?」

「それはその……叩き込まれた勘で解決してるというか」

「だ、もうこれだから……! もうあったまきた、今度眼鏡と魔法の本見繕うから!」

「いやいいよ、使わなくても何とかなるし」

「いくない! 据わりが悪いの! 問答無用は上等だ、黙って受け取れ贈答だ!」

「ええー?」


 二人のやり取りを慈しむような表情で見ていたツルバミが、くすりと笑った。


「……ふふ、仲がいのですね」


 スミラが肩を竦める。


ジジイと孫娘のやり取りだよ。いつも通りさ」

「……ふーん?」


 スミラに言われて、ツルバミは興味深そうにモクレンとクリスを見つめた。

 その時、先程から何かを考えている様子だったリカーが顔を上げ、ツルバミの方を向いた。


「……あの、ツルバミさん。ところで、さっき怪獣が爆発したのって」

「ああ、私がやったんだよ。大丈夫、スパインフォーの生命反応はもうないよ」


 ツルバミは、上空の、スパインフォーが爆発した地点を見ながら答えた。

 つられてスミラとリカーも顔を上げる。

 スパインフォーが爆発した場所は、空間が揺らめき、青白い電流のようなものが断続的に発生していた。


「やった、と言いますと……?」

「物質三態固定薬を浴びせて、恒星ステラーウィンド弾丸バレットを撃ち込んで、プラズマまで分解したんだ。あれもその内治まるから、放っておいても平気だよ」


 ツルバミは簡単に説明したが、それを聞いたリカーとスミラは首を傾げた。いつの間に会話を切り上げていたのか、モクレンとクリスも同様に首を傾げていた。


「プラ……すまん、何だって?」

「プラズマ、しくは電離気体。物質の第四状態。気体を構成する分子がイオン化して、陽イオンと電子に……」


 ツルバミはそこまで言って、四人の怪訝な表情と視線に気付き、


「えーっと、要は、気体よりも細かく分解して、その時の膨張が爆発に見えたんだよ、うん」


 何故か慌てた様子で、やや早口で言い直した。

 クリスとスミラとリカーの三人は一応納得した様子だったのだが、


「何か、とんでもない事を聞かされた気がするんだけど……」


 モクレンだけは釈然としないようだった。


「ああもう、環境への影響とか何もないように細工してあるから、気にしない気にしない!」

「問題そこなのかな……?」


 モクレンが腕を組んで考え始めるのを見て、スミラが話を戻した。


「あー、兎に角だ。ツルバミ、お前さんとモクレンが出くわした怪獣は倒したんだな?」

「はい、確かにこの手で」


 ツルバミが『ケートゥス』のホルスターに触れながら頷く。


「事情を聴くに、突然出てきたんだよな?」

「ええ」


 ツルバミが首肯する。

 スミラは逡巡して、


「他にも怪獣がいる可能性は?」

「それは……いや、どうだろう? 地上と上空の、周囲三百キロメートル索敵可能な範囲内にはいないけど……」

「となると、周辺の調査をするべきだろうな」

「ええー、今からやるの?」


 クリスがとても嫌そうに言った。


「この湖ってかなり面積あるし、色んな川があちこちから合流してるでしょ? もうも傾いてるし、この人数でしらみつぶしにやるのはキツイって」

「そりゃ俺だって現実的じゃねえとは思ってるよ。頭数を揃えてからだ」

「ああ、良かった……」


 クリスが胸をなでおろした。


「では、」


 リカーが挙手し、


「一度、クロウディウムに戻るのは如何いかがでしょう? 町全体や、うちの組合ギルドへの報告も必要でしょうし」

「そうしようそうしよう! 全力で走ったからお腹減ってきたし」


 クリスはそう言いながら、リカーの両肩に手を乗せて押し始めた。

 スミラはフッと笑い、


「今から帰ったら、丁度、夕食時だな」

「いいね、皆で食卓テーブル囲もう! モクレン、奢りなー!」

「オレなの⁉」


 クリスに指定され、モクレンが言い返した。


「駄目―?」

「いいや、お礼も兼ねてそうしようって思ってた。後は何かしらに使える鉱石でも付けようって」

「よっしゃ!」


 ツルバミは、ワイワイと楽しげな様子で帰っていく四人を慈しむような表情で見て、


「…………」


 ふと真剣な表情に変わり、周囲に広がる森林や湖を見渡した。


「明日から、忙しくなりそうだ」


 そう呟くと、四人に追い付くべく駆け出した。

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