その三 第漆の弾は星の風

 湖底怪魚竜スパインフォーが大口を限界まで開き、天へ向けて咆哮する。

 湖や地面や木々、大気すらもおののくように揺れる。

 無数の生き物が逃げていく。

 その中で唯一人、全く怯まず、己が得物を掴む者がいた。


「怒りか。餌が減ったからか」


 ツルバミは呟き、右腿のホルスターの銃を軽く叩き、固定用の革帯を留めるボタンを外して抜いた。

 パーカッション式の四四口径リヴォルバー拳銃だった。全体的に丸みを帯びたバレルと直線的なフレームで弾丸を六発装填出来る蓮根型のシリンダーを挟んでいるような外見だった。ツルバミはこれを『ケートゥス』と呼ぶ。

 ツルバミが『ケートゥス』を構え終えるよりも速く、スパインフォーが動いた。

 両腕を湖に突っ込み、一気に振り上げる。たったそれだけで荒れ狂う波濤が生まれ、ツルバミに襲い掛かった。


「ふっ!」


 ツルバミは湖岸を飛ぶように駆け抜け、スパインフォーの右側面の方向にある森の中に身を潜めた。


「『そなたらの息吹きを我が身に』」


 ツルバミは気配を森と同化し姿を隠す魔法を詠唱した。もし余所者ツルバミが森に隠れる事になっても違和感を与えないようにするために、森に入り、湖に出るまでの間に急遽構築した魔法だった。

 とはいえ所詮は急遽作った魔法なので、発動時間は短く、隠蔽する力も怪獣相手では心許ない代物だった。

 木の後ろから怪獣の様子を伺いながら、ツルバミは、ポンチョの内側から薬瓶を取り出した。コルク栓の上から油布を巻いて厳重に封をされていて、内部はほのかに輝くだいだい色の液体で満たされていた。


「思ったより素早い、地形を利用してる、攻撃範囲は広い。どう仕掛けたものか……」


 森の中を吹く風のような声で呟き、ツルバミは、飛び出す機会を探り始めた。




§




 モクレン、リカー、クリス、スミラの四人は、クロウディウムから出て、エクルオス湖へと疾走していた。


「何で湖に向かうのオレらしかいないんですか⁉」


 モクレンが困惑の声を上げる。クリスに重力操作魔法で包まれ、浮かびながらそれなりの速度で飛んでいた。


「たまたま準備なしですぐ出れたのが俺達だけだったんだろうが」


 大振りかつ両刃のツーハンドアックスを担ぎ、更に両腰に手斧を佩いたスミラがモクレンの疑問に答える。


「それは納得してますけど、オレとリカーさん非戦闘員ですよ⁉」

「今のとこ目撃者アナタだけでしょ! 連れてかないと色々確かめようがないじゃない!」


 クリスがモクレンを包む魔法の力場を揺らしながら答えた。


「うわ揺らさないで怖い!」

「あ、わたくしは、至近距離で怪獣の写真を収められそうだから、ですね。情報の更新をしたいので。自分の身なら自分で守れますので、皆様お気遣いなく」


 リカーはモクレンにポーチから乳白色の結晶を取り出して見せて、すぐに元通りになるように収納した。


「うわ、写真結晶たかいやつだ……本気なんですね」

「本気というか、仕事の一環ですね。これ、ギルドの備品ですので」

「そういう事。モクレンはあたしが守るから大丈夫!」

「それは、頼んだよ……」


 自身有り気に答えるクリスに、モクレンは両手を合わせた。


「しかし、スパインフォーか。厄介な怪獣ヤツが出やがったな……」

「厄介というと?」


 モクレンの問いにスミラが答えるよりも速く、リカーが挙手した。


「あー……俺より詳しいだろうし、いいか。どうぞ」

「どうも、スミラさん。では、『ドキュメント・コネクション』」


 リカーが右手の人差し指に嵌められた指輪を前方に翳し、指輪と名前を同じくする起動の呪文を唱えた。指輪の小さな緑色の宝石が瞬き、前方に画像が複数枚投影された。


「代わりにお答えしますね。スパインフォーは肉食で、出現した水域の魚が軒並みいなくなったり当然の権利のようにヒトも襲うですが──、やはり特筆すべきはその能力ですね。この怪獣、自分の身体の状態をを固体・液体・気体の三態に自由に変える事が出来ます。そのため、叩く斬る射貫く撃つといった単純な攻撃が全て無効化されます。惑星各地の記録を纏めた文献ドキュメント・エーテラースによると、かつては液体時に蒸発させるしかなかったようで、河川や湖に出現する度、成熟度に関係なく甚大な被害をもたらしたようですね」


 リカーが画像を仕分け、モクレンの方に送りながら答える。


「そういうこった。てか走りながらそれ見んの危ないだろ」

「おっと失礼。確かにそうですね。『コネクション・エンド』」


 リカーが呪文を唱えると、投影された画像が一斉に消滅した。


「歩きスマホ、危ないですもんね」


 その光景を見てモクレンがしみじみと呟いたが、リカーは首を傾げた。


「すまほ?」

「あ、いや……それより、かつてはって事は、今は?」

「現在ではいくつか解決策が増えているのですが、一番有効かつ魔法を使えなくても倒せる可能性があるのは────」


 リカーが解決策を説明して、モクレンは感心と驚愕が混ざった感想を抱いた。


「アレを使うんですか? 錬金術で使う場合があるって聞いた事ならありますけど」

「こちらが当初の使用方法ですね。錬金術は後になって判明しました」

「そうなんですか」

「ちなみに考案者はこれから援護しに行くヒトガンファイターエルフです」

「そうなんですか⁉」


 モクレンとリカーの会話を黙って聞いていたクリスが、ふいに口を開いた。


「……ふと気になったんだけど、モクレン、いつもの年の功はどうしたのよ?」

「この世界の怪獣の知識は疎くって……」

「もう、もっと勉強なさいな。ヒトの事言えないけど」


 クリスがぼやいた直後、湖の方角から爆発のような音と同時に水柱が立った。


「──ヤバそうだな、急ぐぞ!」


 スミラの音頭に三人は頷き、更に足を速めるのだった。




§




 スパインフォーが怒りの咆哮こえを轟かせ、両腕のヒレで湖の水を撒き上げ、周囲の木々を洪水で押し流した。


「ド派手にやるなあ……」


 何度目かの惹き付けと退避と隠匿を終えたツルバミが、苔むした岩の後ろから怪獣の蛮行を眺めて呟いた。


「でも、おかげで畳めそうだ」


 ツルバミは目を閉じ、一瞬『ケートゥス』の撃鉄を祈るように額に当て、


「……参る」


 ありったけの意思を込めた言葉を紡ぎ、一息に湖岸へ躍り出た。それと同時に、ポンチョの内側からかんしゃく玉を三つ取り出し、一度に地面に叩き付けた。

 明後日の方向を見ていたスパインフォーが破裂音に気付いて振り向く。ツルバミの姿を確かに捉えたようで、怒り狂った様子で吼え、今までよりも莫大な量の湖水を獲物に浴びせかけた。

 ツルバミはそれを避けようとせず、そのまま大波に飲み込まれた。

 しかし次の瞬間、洪水の中から何かが飛び出した。コルク栓で蓋をされ、その上から油布を巻き、仄かに輝く橙色の液体を封じた薬瓶だ。

 薬瓶がスパインフォーの真上に至った瞬間、突如砕け散った。破裂音は、何故か僅かに遅れて響いた。

 怪獣が破裂音に驚き液化するより早く、その頭部に橙色の液体がぶちまけられる。


「────────?」


 スパインフォーが首を傾げる。寸前まで出来たはずだった肉体の液化も気化も出来なくなっていたからだ。

 次の瞬間、世界に轟音が轟き、飛翔する金属の粒がスパインフォーの胴体の鱗を砕き、肉を食い破ってめり込んだ。


「どうだ、三態変化型怪獣おまえみたいなのを討つために作った物質三態固定薬だ」


 ツルバミは、先程と同じ場所に立ち、右手に持った『ケートゥス』の銃口をスパインフォーに向けていた。その全身は、洪水に頭まで飲み込まれたはずなのに一切塗れていない。


  洪水に呑み込まれる寸前、ツルバミは風の魔法で大気の壁を作り、呑み込まれてからは水の魔法で水流を操作してその威力を緩和していた。薬瓶を水中からの射撃で砕いた際も、音の伝播を一秒だけ抑制していた。


 ツルバミは『ケートゥス』の撃鉄を親指で持ち上げると同時に左手を添えた。次の瞬間、『ルミネ』の銃口から三度煙が噴き出した。三点バースト射撃だった。

 放たれた三発の弾丸が全てスパインフォーの肉体に突き刺さる。怪獣が困惑の混じった悲鳴を上げた。それでも闘志は失わなかったようで、ツルバミの方へ移動を始めた。水中に腰まで浸かっているというのにかなりの速度だ。


「そうだ、来い」


 ツルバミは飛び退すさると、風や重力を感じさせない軽やかさで飛び上がり、スパインフォーの魚類めいた目の高さまで浮き上がった。それと同時に加速し、爆音と円錐状の雲を生み出し、それらを置き去りにするように飛翔した。

 怪獣の周囲を超音速で飛び回り、振り回される腕を回避して翻弄する。そうして隙を作り、『ケートゥス』でスパインフォーを撃った。

 ツルバミが進路を森へ変え、スパインフォーの眼前に躍り出て飛び去ろうとした。

 スパインフォーがそれを追って湖岸へ上陸し、ツルバミへと手を伸ばす。

 次の瞬間、ツルバミが素早く振り向き、


「『今』!」


 そう叫ぶと同時に、スパインフォーの足元に幾何学模様が描き込まれた魔法陣が出現した。魔法陣から巨木のような青白い光の杭が出現し、スパインフォーの足と膝を貫いた。

 スパインフォーが苦痛の叫びを上げる。


「トドメだ」


 ツルバミは戦いの手を止めなかった。『ケートゥス』の撃鉄を半分持ち上げ、ポンチョの内側から青く鈍い輝きを持つ弾丸を取り出した。それを空っぽの薬室に指の力だけで押し込み、シリンダーを回転させて次弾の位置に合わせ、撃鉄を完全に上げた。


「『ミラ血潮レイ込めようエンプト、『ケートゥス』』」


 ツルバミが自分の一族の言葉で魔法を紡ぐ。胸に生まれた青白い輝きが右腕を伝い、『ケートゥス』の弾丸が込められたシリンダーに注ぎ込まれる。

 光が一際強くなった瞬間、ツルバミは小さく息を吸った。


「────当たれ、恒星ステラーウィンド弾丸バレット


 『ケートゥス』に祈りを込め、トリガーを引く。

 一条の青い光が空間に軌跡を残して飛翔し、スパインフォーの首元に突き刺さる。

 同時に、火薬が燃焼するような音と共にスパインフォーが浮かび上がった。

 首元の弾丸が輝き、先んじて放たれてた六発の弾丸が連鎖するように瞬き、そして──、




§




 モクレン、リカー、クリス、スミラの四人はエクルオス湖に到着したのだが、


「ひでえ、木が地面ごと薙ぎ倒されてやがる。滅茶苦茶だ」


 スミラが水浸しになった横倒しの木々や地面を見て呻く。


「…………」


 リカーは黙ったまま、写真結晶で被害状況を記録し始めようとしている。


「ちょっと皆、あれ!」


 真っ先に何かに気付いたクリスが空を指差す。

 その先には、


「怪獣、浮いてる⁉」


 モクレンが驚いた瞬間、宙に浮かんでいる湖底怪魚竜スパインフォーが、凄まじいエネルギーを伴ない、青白い閃光を放ち大爆発を起こした。


 リカーとスミラは咄嗟に腕で目を塞いで屈み、クリスはモクレンを押し倒す形で地面に伏せた。



「う……皆様、無事ですか?」


 爆音が完全に消えた後、リカーが他の三人に確認した。


「はい」「まあね」「何とかな」

「……あの、クリスさん」

「ん?」

「ありがとう、庇ってくれて」

「ふ、有言実行よ」


 クリスは呟くと、モクレンの上から退いた。

 モクレンは寸前まで怪獣が浮かんでいた箇所を見上げ、


「爆発した、何で────あ」

「何よモクレン」

「クリスさん、視力上げる魔法掛けてくれますか?」

「? いいよ。『見通す瞳をアナタに』」


 クリスはモクレンの左肩に右手を置き、視力強化と拡大の魔法を詠唱した。

 そうしてモクレンの目に映ったのは、


「ああ、あのヒトだ。オレをかっ飛ばしたの」


 銀髪ぎんぱつ銀瞳ぎんどう尖耳人エルフが、自分達がいる方向へ手を振っている光景だった。




§




「あ、さっきの少年だ、応援呼んできてくれたんだな。おーい、おーい! 見えてるー?」


 声が届く距離ではなかったが、それでもツルバミは地上にいる四人に呼びかけ、大きく手を振った。

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