月を覗く

@ramia294

第1話

 ずっと昔から…。

 

 僕の相棒は、小さな天体望遠鏡だった。

 それは、月に向けると、クレーターが、やっと見えるという程度のお世辞にも高性能とは、言い難いものだった。

 それでも小学生の頃の両親からの誕生日プレゼントだ。


 あの頃の僕は、僕の小さな相棒を毎夜、持ち出しては、夜空を飽きもせず眺めた。


 そのせいだろうか。

 宇宙に興味を持ち、大人になった僕は、宇宙飛行士になった。

 初めて宇宙から地球を眺めた時の美しさは、忘れられない。


 あれから、随分時間が経った…。


 宇宙飛行士を引退した僕は、小高い丘の上の小さな家を買って、長年連れ添った女房とふたりで、自分たちの食べる分の野菜を小さな畑で作り、時を重ねている。


 今年は、ニンジンの出来が良く、女房が喜んでいる。

 彼女の趣味も天体観測だ。

 似た者夫婦である。


 僕は、今もあの望遠鏡を毎夜覗き込む。

 もちろん、性能は、変わらない。

 瞬く星たちは、少し明るく見える程度の望遠鏡。

 恥ずかしそうに頬を染める木星の笑顔や、オシャレな帽子を被った、すまし顔の土星の姿は、捉える事ができない。


 大きく輝く、明るい月。

 あの頃と同じく、月を覗く。


 僕の小さな望遠鏡でも、月はその姿を惜しげもなく披露してくれた。

 深遠なる宇宙の闇の中で、月の黄色い光は優しく、漆黒の世界との境界では、小さな望遠鏡にもクレーターの観察を許した。


 あの頃…。


 毎夜、月を覗いていると、クレーターの姿は同じでは無いことが分かった。


 月にも、月の世界があるのだ。

 秋の澄み切った空気の中、くっきり見える月のクレーターで、初めてその姿を見た。


 月には、月の人々がいるのだ。

 月世界人げっせかいじん


 僕が、望遠鏡で初めてその姿を見たとき、月の人も、望遠鏡で地球の姿を覗き、僕の姿を見つけて驚いていた。


 月には、月の人が住む。


 広大な宇宙の数多くの天体に、どれほどの知的生命体がいるかは、分からない。

 しかし、地球人類が初めて発見した異星人は、月世界の知的生命体だった。


 このことを報告しても信じてもらえなかった僕は、頑張って宇宙飛行士になり、念願の月へと向かった。

 目的のクレーターに降り立った僕は、あの望遠鏡を覗いていた月の人に会った。


 月世界人と言っても僕たちと変わらない。

 ただ、耳がウサギの様に、頭の上に立っているというだけだ。


 僕たち地球人類との違い。

 そう、月世界人たちは、ウサミミなのだ。


 月世界の人は、女性は可愛く、男性はイケメンだ。

 もう一つの違いは、彼らが歳をとっても、外見が変わらないことだ。

 18歳前後の最も美し姿のまま年月を重ねる。


 月世界人に憧れる地球人の女性は、ウサミミコスプレをして、自分の可愛さを主張した。


 アイドルは、例外なくウサミミをつけて、踊り歌う。

 映画のヒロインは、ウサミミだ。


 僕の月着陸から、三十年。

 月世界と地球は、価値観と文化、文明を共有した。

 今までも、今後も争う事は、おそらく無いだろ。


 僕が最初に望遠鏡で、出会った月世界人。

 史上初の異星人として、地球に降りた彼女の可愛さは、地球の自転を追い越し、素早く世界中に認識された。

 彼女は、月世界人としては珍しく右の耳の先が、少し折れ曲がり、その事が可愛いさを強調していた。

 彼女が、マスコミの前に、姿を見せたその日から、地球の男性は、全て彼女の虜になった。

 彼女の世界と争うなんてとんでもないと、全ての男たちが、考えた。


 女性からの不満は、次の宇宙船で、降り立った、彼女の兄の姿を見るまでだった。

 どんなシネマスターよりも、光り輝く彼の魅力は、地球上全ての女性の心を甘く溶かした。


 地球の男性アイドルの多くが、失業。ファンの女性の心は、彗星が地球を離れて行くように、素早く離れて行った。地球上の乙女心は、ブラックホールのような月世界人の魅力に飲み込まれていった。


 最近になって、ようやく喧騒が落ち着いたが、イケメン月世界人の彼の三十年は、ほとんどプライベートが無かった。


 現在…。


 秋の澄み切った夜空。

 いつもの様に僕たち夫婦は、夜空の輝く月に、望遠鏡を向けていた。


 秋の夜長。

 二人の時間は、星が瞬くように静かに過ぎていく。


 冬には、まだ少しあるが、この時間になると、丘の上には、冷たい風が吹く。


「そろそろ、家に入ろうか」


 僕が、声をかけた。

 彼女は、望遠鏡を片付けると、僕に笑顔を向けた。


「今夜は、温かくて美味しいニンジンたっぷりのシチューよ」


 出会った頃と変わらない彼女。


 右側の先端の少しだけ折れ曲がったウサミミが、嬉しそうに揺れていた。


          (⁠◍⁠•⁠ᴗ⁠•⁠◍⁠)⁠❤





 


 

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