第61話 じれったい。早うせんか
「信!」
王宮に到着した私たちは、王妃様への報告を後回しにしてもらって信の元へと駆けつけた。
「玲玲ちゃん、帰って来たのね」
信の横に座っていた蓮花さんが、立ち上がって迎えてくれる。
「
信の体は痩せている上に、腕には何か管のようなものが刺さっていて目をそむけたくなるほど痛々しい。
「信くんが食べることができないから、栄養と水分を入れているんだって」
「栄養と……え? 栄養が入っているんですか?」
それでも痩せているということは足りてないんだ。どうして?
「うん、たくさん入れられないみたいなの。動けないから別の病気になっちゃうんだって」
そうなんだ……
「信はどんな様子でしたか?」
「玲玲も知っていると思うけど、信君は最初全く動かなかったでしょう。それが突然寝返りを打って驚いていたらすぐにおばばがやってきて、信を何度も起こそうとしてダメだった。それからお医者様に相談したら、栄養を取らせるために管を入れないといけないって。そのあとしばらくは信君たまに寝返りを打っていたんだけど、最近では打てなくなってきたから、お医者様に言われて私が体を動かしてあげているのよ」
途中から動き出したのは呪詛が晴れたんだよね。それから信の時間が動き出したんだ。でも、寝返りも打てなくなったってことは……
「信に触れてもいいですか?」
「もちろん、信くんもまっているわ」
蓮花さんに促され、寝台の横に
温かい。ちゃんと生きている……あれ? 恨みとか妬みとかそういうものが残っていない。
「おばばが毎日のように来て、同じようにやっているんだけど……」
そんなぁ……
これまでは邪気とかそういうものを取り払ったら、みんなよくなっていった。
だから信もそれで良くなると思って急いで帰って来たのに……
「祥さん、どうしよう。悪い気が何も残ってないから、どうしたらいいかわからない」
「そうねえ……呪詛や呪いの影響がないのなら、要は信が起きたくなったらいいのよね。蓮花ちゃん、何か思いつかない?」
「わ、私!? うーん、私だったら素敵な王子様が口づけしてくれたら、すぐに目覚めちゃうけどな」
「それよ!」
それって?
「玲玲ちゃん、信にぶちゅーっといっちゃいなさい」
え、えー、それって大丈夫なの?
「蓮花や。玲玲たちがここに来ていると知らせが――」
王妃様が来ちゃった。
寝台には愛しい男の子が眠っている。
スッと鼻筋が通ったきれいな鼻、太い眉、あ、まつげも長いんだ。
そして薄い紅を引いたような形のいい唇。ここに私は今から……
「じれったい。早うせんか」
「お、王妃様、お静かに」
はは、みんなに見られていると緊張するね。でも、私にできることがあるのなら何でもするよ。
だから、信、早く起きて。
唇に別のものが触れる感触。そして、これまでと違う何かが……
準備を整えた私は、王宮の離れの一室にいる男の子を迎えにきた。
「ね、姉ちゃん一人で出来るから」
「そんなこと言って、昨日も手伝わないとできなかったじゃない」
「そ、そうだけど……」
「信、諦めなさい。さんざん裸を見られているんだから、今更恥ずかしがってどうするの」
信が目覚めたあと、蓮花さんに変わって世話をさせてもらうことにした。ご飯を食べさせたり体を動かしたり、全身を拭いてあげたり……
「ほら、早く着替えて、練習するよ」
「わかった。姉ちゃん、服を着させて」
そして、こんな感じで歩く練習を手伝ったりね。
信の体は長い間寝たきりだったせいで、自分で歩くことができなくなっていた。これを元に戻すための術はないそうなので、信は自分の力で何とかするしかないみたい。
「ありがとう。くそ、ほんともどかしいぜ」
体が思い通りにならないのは悔しいよね。
でもね、信が生きていてくれただけで私は嬉しいんだよ。
永い眠りから覚めた信の体は思った以上に弱っていた。
呪詛が無くなってからにしてはあまりにもひどかったから、おばばさんに聞いてみたら、呪詛が消えた時にそれまで止まっていた時間が一気に流れだしたんじゃろうって。その時に王宮のお医者様がうまく対処してくれたからよかったんだけど、そうじゃなかったら信はいまごろ……
「がうっ! (信兄こっち!)」
離れの食堂に置いてある道具の前で、延くんが信に向かって吠えている。
「え、延、ちょっと待て。足が動かないんだって。ふぅふぅ……やっとこれだけか。おいら、いつになったら歩けるようになるんだ」
信は、王宮の職人さんから作ってもらった道具を使って歩く練習をしているんだけど、腕の力も落ちているからなかなか大変そうだ。
「昨日よりは進んでいるよ」
「うん、信お兄ちゃんすごい!」
「そ、そうかな。もうちょっと頑張ろうかな」
えらいえらい、お医者さんが歩けるようになるには努力が必要だって言ってたからね。
「でも、少し休んでからにしようか」
信の体を支え、椅子に座らせる。
春鈴ちゃんと延くんとで、無理させないようにしようって話しているんだ。信はすぐに頑張っちゃうから。
「ありがとう……あーあ、おいらも姉ちゃんたちと一緒に西新に行きたかったな。楽しかった?」
「うーん、楽しくは無かったけど、珍しいものは見れたよ」
みんなの分のお茶を入れながら答える。延くんの分も熱いお茶。お茶の時間は男の子の姿に戻るんだ。
「楽しくは……そうだよな。おいらを助けるために行ったんだよな。おいらが不甲斐ないばかりに、姉ちゃんたちに迷惑をかけて……」
信、悔しそう……
「あれは仕方がないよ。呪詛をかけられたんだから」
「呪詛か……姉ちゃんたちが、おいらに呪詛をかけた奴を倒してくれたんだろう」
「呪詛をかけさせたのは西新のお妃さまだったけど、それは何とかっていうお坊さんに騙されていたみたい。そいつならお妃さまに渡して……どうなったっけ?」
春鈴ちゃんも延くんも首を横に振った。まあ、あんな奴のことなんかどうでもいい。
「おいらこんなになっちまったけど、母ちゃんの妹が、悪い奴じゃなかったってわかってよかったって思っているんだ。だって、これまでの母ちゃんは、西新のお妃さまの話をするとき悲しそうだったんだぜ。それが今では笑顔になって……姉ちゃん、ありがとな」
私は信のその笑顔を見れただけで大満足だよ。
「そ、そ、それで、おいらを目覚めさせるときに口づけをしたっていうのは、本当なのか?」
まあ、あれだけの人の前でやっちゃったからね。
「さあ、どうだったかな」
「してたよ。信兄とお母さん、ちゅうしてた」
焦らそうと思ったのに、延くんもう話しちゃうんだ。
「やっぱり……って、延。姉ちゃんのことをお母さんって呼ぶなって言ってるだろう」
「お母さんはお母さん」
長い間そう呼ばせていたから、気に入っちゃったか……
「私はお母さんでもいいよ」
「えっ! 姉ちゃん、マジか?」
うんと頷く。延くんの本当のお母さんは小さい頃に亡くなったみたいだから、恋しいのかも。
「ねえ、お母さん、僕もちゅうしていい?」
「なっ!」
うーん、どうしようかな……
「ダメよ、延。それは好きな人とやるものなの。赤ちゃんならともかく、延くらい大きくなった子はしないの」
さすがお姉ちゃんだ。
「好きな人? ……なら、春鈴ちゃん」
「ぶっ!」
そ、そうなの?
「……延、あんたが私よりも強くなったらいいわよ」
「わかった。僕、強くなる!」
あはは、春鈴ちゃんそれはいいと言っているようなものだよ。延くんは神様になれるくらいの力を持っているらしいからね。
「それで、姉ちゃん。おいら、あの時のことを覚えてない。もう一度……」
もう一度と言われても……
「信少年、そんなもの欲しそうな顔をしてもダメ」
あ、星さんと祥さんが帰ってきた。
「どうして? おいらと姉ちゃんは、い、い、一緒になるんだから、別にそれくらいいいだろう」
「信、あなた、自分の立場わかっているの?」
お茶の用意をしながら話を聞く。
「皇太子になる」
「そう、君は将来はこの国の国王だ。おいそれと女性に手を出していいものではない」
「でも、姉ちゃんはおいらの……」
「だからなの。今の玲玲ちゃんの身分は巫女というあやふやなもの。その状態で誰かのお手付きでもなったら、信、あなたと一緒になんてなれないわ」
「だから、おいらだったら!」
「それを誰が証明するんだい。四六時中、玲玲に監視をつけない限りそれは難しい。信少年は
「うぅ……」
「玲玲ちゃんが、近くにいられるのも特別に許してもらっているんだから我慢しなさい。あら、玲玲ちゃん、ありがとう」
祥さんと星さんにお茶を出し、私たちのお茶も継ぎ足す。
「お二人が揃って、こんな時間の帰ってくるのって珍しいですね」
星さんは元々忙しくしていたんだけど、祥さんも西新に行った時の報告をさせられていて、最近では二人とも夜にしか帰ってこないんだよね。
「そうそう、信、決まったわよ」
「なにがだ?」
「信少年は年の瀬に成人するだろう。だから、年が明けてすぐに立太子の儀式を執り行うことになった」
「立太子ですか?」
聞いたことない言葉だ。
「正式に皇太子だと国内外に示す大事な行事だね。平時ではこれをしないと認められないことになっているんだ」
す、すごい。
「国王の実の息子なら成人と共にやるみたいなんだけど、信はそうじゃないから成人した後に一度国王様の養子に入って、それが認められてからになるみたいよ」
「うわ、めんどくさそう」
「でもね、信。皇太子になっちゃえば、玲玲ちゃんを正式に許嫁として王家に迎い入れることができるのよ」
「姉ちゃんを……」
「そう、そうなれば信少年……いや、信殿下には新たに宮が与えられることになって、玲玲はそこで住むことになる。その後は口づけだろうが、何だろうが殿下のお望みのまま。いや、むしろ頑張らなきゃいけないのか」
「がんばって……ごくっ」
はは……
「かと言って、信、玲玲ちゃんを泣かせたら承知しないからね」
「しない! 絶対に姉ちゃんを泣かせない!」
「いい返事ね。そのためにはまずは立太子の儀式を成功させないといけないの。長い間立ちっぱなしみたいなんだけど、あなたにできるかしら?」
「! やる! 姉ちゃん、訓練手伝ってくれ」
「うん」
立ち上がろうとするのを祥さんに止められる。
「私もやっとお国の重役たちから解放されたの、これからは私がビシバシと扱いてあげるわ!」
「お、おう!」
ふふ、今日はみんなご飯をたくさん食べそうだな。蓮花さんに頼んで食材を追加して貰わなきゃ。
――――――――――
明日の更新で完結します。最後まで応援よろしくお願いしたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます