第60話 ご飯どうしているんだろう?
「ご気分はいかがですか?」
目をつぶったままのお妃さまに尋ねる。
「うむ、清々しい気分じゃ……それに記憶もハッキリと戻ってきたぞ。誰かこれへ」
すぐに控えている兵士がやってきた。
「そこに倒れておる坊主とその侍女を連れて行け」
ハッっと言って兵士さんが動き出す。
「お、お妃さま!」
「そちは長く
「本当に、本当に、申し訳ありま……」
言葉をいい終わらないうちに、侍女の人と宗観という人は連れて行かれた。
「さて、我が迷惑をかけたようだ。どう償えばよいやら……そちらに何か望みはないのか?」
「いえ、誤解だとわかりましたから……」
……そうだ、あの事を頼もう。
「お妃さま、一つだけお願いがございます。遼夏のお姉さんと仲良くしてもらえませんか?」
事の発端は
「お姉さまと……そういえば、あれだけ憎らしかったお姉さまが今では愛おしく思う。これもそちの力か?」
「それはお妃さまが望んだからです」
「ふふ、そうだな」
私はただ、お妃さまの中に残る余分な恨みを祓っただけ。それ以上のことはできないもんね。
「一度、お姉さまに会いに行ってみるか」
「! 是非そうしてください!」
「しかし、今更どんな顔をして会ったらいいものか……」
わかる。ケンカした後ってなかなか会えないんだよね。どうしたらいいのかな……
ずっと私とお妃さまを見守ってくれていた祥さんが、スッと前に出てきた。
「お妃さま、失礼します」
「許す」
「ありがとうございます。私は玲玲さまの護衛の関祥と申します。玲玲さまは遼夏に戻った後、信さまが成人するのを待って結婚することになっております。その儀式の際にお越し頂いたらいかがでしょうか?」
わ、私と信の結婚式に!
「おお、それは良い。それならお姉さまのところにも行きやすい」
うわ、うわ、一国のお妃さまをお呼びするんだ。大丈夫かな……
「では、招待を楽しみにしておるぞ。皆のもの! これより客人をもてなさねばならん。急ぎ支度をせよ!」
「さあ、急いで遼夏に帰りましょう」
翌日、荀廉さんの家で一夜を明かした私たちは、朝早くに西新の都を出発した。
「晩さん会に出席できなくて残念だったけど、美味しいご飯は食べられたし、荀彩さんも何事も無くてよかったわね」
昨日、西新のお妃さまから食事のお誘いを受けた私たちは、気になることがあって辞退させてもらった。
と言うのは、荀彩さんは私が呪詛を祓った時に何事もなく起き上がっていたけど、お妃さまの方は歩けないほど衰弱していたから、荀彩さんの方にも時間がたってその症状が出ていたらいけないと思ったからだ。
それで急いで帰ってみたら、荀彩さんは元気な様子で子供たちと私たちの夕食を作ってくれていて、それのご相伴にあずかったというわけ。美味しかったなぁー。
「ねえ、春鈴ちゃん。どうしてお妃さまと荀彩さんとで違ったのかわかる?」
春鈴ちゃんは今日は西新の国の女の子の姿。荀彩さんのお嬢さんからこちらの衣装をいくつか見せてもらったから、その中で自分で気に入ったものをまとっているみたい。
「たぶんだけど、お妃さまの贄の方が大きかったんだと思う」
贄の大小で違ってくるんだ……あれ? その呪詛を受けることになった信は?
「玲玲ちゃん、心配しなくても信は元気になっているわよ。きっと今頃は、玲玲ちゃんに会うために西新に行くんだと言って、星を困らせているはずよ」
そうだよね。信は悪いことを何もやってないし、被害者なんだから元通りになっているはずだ。急にあんなことになって不安に思っているはずだから、急いで帰って安心させてあげなきゃ。
私たちは、それから半月ほどかけて無事遼夏の国に入ることができた。
「ようやく懐かしの我が故国。結構長い間、西新にいたことになるわね」
「はい、朝夕は少し涼しくなってきました」
出発したころは夏の盛りだったけど、今はもう秋の気配が漂ってきている。
「ほんと、朝なんて延の体温が心地いいのよね」
延くん寝ているときはモコモコだしね。
うっ、春鈴ちゃんがこっち見てきた。
「春鈴ちゃんもふわふわで温かいよ」
にっこりと、ふふ、可愛いな。
「みんな、遼夏に入ったとはいえ王都までまだ半分近くあるわ。気を引き締めていきましょう」
そういえば西新の国では、盗賊が出たという話はほとんど聞かなかったな。こっちでは宿屋でこの先の状況を確認することになっているから、あまり治安が良くないんだね。祥さんや春鈴ちゃんたちがいるから心配はしてないけど、そう言う輩に絡まれる時間が今はもったいない。一日でも早く信の元に帰りたい。
「そうだ、帰りは祥さんのご実家に寄られるんですか?」
帰りも同じ道を通ることになっているから、明日には祥さんの村につくはずだ。一晩泊っても王都に着くのが遅れるということは無いと思うけど、ただ来るときに逃げ出しちゃっているから……
「止めときましょう。事情を話したらわかってくれるかもしれないけど、説明するのがめんどくさいわ」
た、確かにお兄さんはともかく、お母さんやお父さんはなかなか大変そうな人たちだった。
「ところで、玲玲ちゃん。呪詛を祓えたのをおばばは気付いているのよね」
「たぶんですけど、どこから呪詛がきたのかをわかっていたので……」
呪詛が消えたことを感じていると思う。
「と言うことは、知らせが届いているかもしれないわ。宿屋で聞いてみましょう」
一応、私たちも西新の都から知らせを出しているけど、そろそろ王都に着くかどうかくらいだと思う。
遼夏に入ってすぐの町の宿屋に着いた私たちは、知らせが届いてないか尋ねてみた。
「おお、来てるぜ。これだろ」
見せてくれた手紙には、旅の間使っている私と祥さんの名前が書いてあった。
急いで部屋に行き、中を確認する。
「なになに……おばばと星からね」
「何と書いてありますか?」
私はまだ読み書きの練習中。特におばばさんの字はくせが強くてなかなか手ごわい。
「えっと、おばばは……早く帰ってこい! そんなこと言われなくてもわかっているわよ。次は星ね…………」
祥さんは星さんの手紙を読み始めた途端、目を見開いて口をつぐんだ。
「な、なんて書いてあるんですか?」
「いい、玲玲ちゃん。しっかりと聞くのよ」
「は、はい」
「呪詛は確かに消えたみたい。でも、信は目覚めてないようね」
起きてないの? 信……
「これまでと一緒と言うことですか?」
「それが……信の時間が動き出したみたいなの」
信の時間が……
「ご飯どうしているんだろう?」
今までは時間が止まっていたから、食べなくてもよかったんだけど……
「王宮のお医者様が、最新の技術で直接栄養を取らせているみたいね」
「最新の……直接? どうやって?」
無理矢理口に詰め込んだりされてたら、信がかわいそうだ。
「詳しくは書いてないわね……食事については心配いらないって星が言っているんだから信じましょう」
そうだ、星さんは私たちにはウソは付かない。
「ただ、早く起き上がらないと動けなくなるかもって……」
「そ、そんな……」
西新のお妃さまのようになるということ? お妃さまは、訓練次第では歩けるかもって言っていたけど……
「心配しなくても、玲玲ちゃんが行っていつものように信を起こしてあげたら一発よ」
「ねえ、お父さん。信兄、まだ寝ているの? お寝坊さんだよね。僕も起こしてあげていい?」
延くんも心配なんだ。
「そうねえ、延に顔中舐められたら起きるかもしれないけど、まずは玲玲ちゃんからね」
「はーい」
ごめんね延くん、まずは私にお話させて。その後はいくらでもぺろぺろしていいから。
「それで延、急いで帰りたいんだけど、馬のあの子たち大丈夫かしら?」
「うーん、あとちょっとなら頑張れると思う」
「そう、少し速度を上げるから、もし辛かったら教えてもらうように伝えてくれるかしら」
「わかった」
「さあ、明日は早く出発しないといけないから。すぐに支度して休んじゃいましょう」
それから十日後、馬たちの頑張りとオオカミ姿の延くんが盗賊を寄せ付けなかったおかげで、私たちは予定より五日ほど早く王都に到着することができた。
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