第58話 お前たち、言う通りにしろ

 翌朝、準備を整えた私たちは、荀廉さんと共に西のお寺へと向かう。


「驚きました。この子がオオカミだったなんて」


「私に付き従ってくれているんですよ」


 オオカミの姿に戻ってもらった延くんには、私と春鈴ちゃんの横を堂々とした姿でついてきてもらっている。


「延、離れず近くを歩きなさい」


「がう」


 普通ならオオカミが町を歩いているだけで騒ぎになって大変なんだけど、可愛らしい少女の春鈴ちゃんの言うことを聞く延の姿を見て、町の人たちが興味深げにこちらを見ている感じだ。


 そして荀彩さんは、まだ眠ったままってことにして家に隠れてもらっている。

 というのも、荀彩さんにかかった呪詛返しが、私の術で癒されることがわかったからお妃さまにも効くと思うんだけど、お妃さまの方を先にやっちゃうと荀彩さんの命が危なくなったり、呪詛自体を無くすことができなくなったりする可能性があるからね。


「もうすぐ到着です。私が話をしますので、皆さんは強力な術が使えるような雰囲気を醸し出しといてください」


 醸し出すってどうやれば……ま、まあ、困った時はニッコリと笑うことにしよう。


 荀廉さんのあとについて角を曲がる。そこは大きな道になっていて、たくさんの巡礼者が歩いていた。


「すごい、お店がたくさん!」


「ええ、遠くからやってきた巡礼者のために都の人が開いているのですよ」


 これなら長旅の疲れも吹き飛んじゃうよ。


「お!」


 私たちが前に進むと、なぜか周りの人たちが道を開けてくれた。


「延、一番前を歩いて」


 春鈴ちゃんの指示で延くんが一番前を歩くとさらに人々が避けるようになり、横には人垣ができてくる。


「はは、これはいい。このまま参りましょう。できるだけ目立った方が、僧侶たちも無視できなくなります」


 私たちは人を引き連れながら大通りを西へと進む。

 そして、朱色に塗られた大きな門の前に着いた時、お寺……いや、かなり立派だから寺院と言った方がいいかな。その寺院の中から数名のお坊さんが現れた。


「荀廉ではないか。いったいこれは何の騒ぎ……お、オオカミではないか!」


 空気を呼んだのか、延くんは私の隣に移動してきてちょこんと座った。


「門番様、至急導師様にお取次ぎ願います。この方々は――」


 そう言って、荀廉さんは門番さんの耳元で何かささやいた。


「わ、わかった。まずは中に入ってくれ、すぐにお呼びしてくる」


 私たちは寺院の中の控室のようなところに通され、すぐに色違いの袈裟けさを着たお坊さんがやってきた。


「荀廉、話は聞いたがいったいどういうことだ」


「これは宗観そうかん様。お妃さまをお救いすることができる術士の方々をお連れしました」


「なに!? それは重畳ちょうじょう……しかし、なぜこちらに?」


 私たちはジッとして、荀廉さんと宗観という僧侶のやり取りを見つめる。


「こちらの術士の方に調べてもらったところ、元の術を消さないことにはお妃さまが目覚めることは無いそうです」


「しかし、この術はお妃さまから何があっても守らねばならんと仰せつかっておるし……」


「ですが、このままお妃さまが目覚めなかったら、いずれ……それは国王陛下もお望みではないでしょう」


「そ、それはそうなのだが…………あの術が行われた場所には我々では近寄れんのだが、この者たちは大丈夫なのか?」


「関星様、よろしくお願いします」


 荀廉さんから頼まれた祥さんがエイっとやると、オオカミ姿の延くんがみるみるうちに男の子へとなっていく。


「お、おぉー、これはすごい! 人化の術……生きているうちにこの目で見ることがあろうとは……」


 ん、人化の術と言えばそうなのかな。ただ、祥さんじゃなくて延くんが打ち合わせ通りに自分でやったんだけどね。


「何でしたら、こちらの女の子も狐に変えて見せますよ」


「い、いえ、そこまでされなくても」


「まあ、見ていてください」


 再び祥さんがエイっとやると春鈴ちゃんの体が白く輝き、光りが収まった後に可愛らしい子ぎつねが現れた。


「す、素晴らしい。皆様、ご案内します。拙僧についてきてください」


 私が子ぎつねになった春鈴ちゃんを抱え、祥さんが男の子になった延くんの手を引き、荀廉さんと一緒に宗観というお坊さんのあとに続く。


「春鈴ちゃん、どう?」


 春鈴ちゃんは、さっきから腕の中で鼻をひくひくさせている。


「きゅーん」


 春鈴ちゃんは横の方を向いて鳴いた。


 やっぱり。


 私がそっと祥さんの袖を引いて春鈴ちゃんが鳴いた方を指さすと、祥さんはうんと頷いた。


「荀廉さん、この先には何がありますか? 場所が違うようですが……」


「確か、この先には僧房が……あ、術は別の場所のはずです!」


 チッっという舌打ちが聞こえ、宗観という人が私たちから離れた。


「ようやくうるさいお妃が黙ってくれたのに、今更起き上がってもらったら困るんだよ。お前達ここで始末しろ!」


 前方の扉から、武器を持ったたくさんのお坊さんがわらわらと……


「荀彩さんの言った通りだったわね」


「ええ、残念な事です」


 ほんとだよ。


「春鈴ちゃん、延くんいくよ!」


 春鈴ちゃんは子ぎつねのまま、延くんはオオカミに戻って私の左右で敵を待ち構える。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁー」

「な、なんだ。いやぁぁぁぁぁー」


 春鈴ちゃんの幻術だ。

 お坊さんたちが武器を落とし、頭を抱えて苦しみだした。


「うぉぉぉぉぉぉん!」


 延くんが雄叫びをあげる。


「く、来るなぁぁぁー」

「ぎゃぁぁぁぁぁー」


 もしかして、信の真似をしてるのかな。幻術でのたうち回っているお坊さんにねずみが集まって……うわ、痛そう。


「うぉん!」


 な、なに?


 延くんが私の後ろをめがけ、飛び掛かった。


「や、やめろぉ!」


 あ、忍び寄ってきたお坊さんがいたんだ。ふぅ、延くんがいなかったら危なかったかも。

 でも、どうして……

 そうか。春鈴ちゃんの術にかからない人もいるんだ。気を付けないと……


「ほら、みんな武器を捨てなさい。このおっさんが、どうなってもいいの?」


 いつの間にか祥さんが、宗観という人の腕を掴み上げている。


「お、お前たち、言う通りにしろ!」


 といっても、周りにはまともに動ける人はいない……よね。

 効きが悪い人がいるのがわかって春鈴ちゃんがさっきから技の力を上げているから、何人かは泡を吹いて倒れているよ。


「それでは、呪術の場所に連れて行ってもらえるかしら」

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