第57話 こんなに清々しい気分なのは初めて

 荀彩さんの体の中に残る恨みを癒していく。


「玲玲ちゃん、うまくいきそう?」


「はい……。たぶん、これでいいと思います」


 恨みは消えたと思う。でも、この人って……


「お母さーん」


 声と共にどたどたと足音が聞こえ、部屋の扉が開く。

 そこには延くんと春鈴ちゃんに……あ、荀廉さんの子供たちも一緒だ。

 荀廉さんは延くんたちと私たちのところへ、子供たちは荀彩さんのところに一直線に向かって行った。


「すみません。途中でうちの子に掴まって遅くなってしまいました」


 もしかして春鈴ちゃんたちが調整してくれたのかな。


「いえ、こちらも今終わったばかりですから……」


「終わった?」


「え? ……お母さん?」


 子供の声にみんなが反応する。


「お父さん。お母さんが!」


 荀廉さんも荀彩さんの元に駆けていく。


「あなた……」


「お、お前……」


 荀廉さんは荀彩さんをギュッと抱きしめた。






「何とお礼を言ったらいいか……本当に、ありがとうございました」


 寝床から起き上がった荀彩さんとその隣に座った荀廉さんが、揃って頭を下げた。


「いえ、偶然うまくいっただけです。荀彩さん、ご気分はいかがですか?」


「もうなんとも、ずっともやの中にいるような感じだったのですが、今はスッキリとしています」


 術にかかるってそういう感じなんだ。


「あなた、皆様にお茶を出したいので手伝ってもらえますか?」


「おー、そうだな。でも、お前はまだ休んでいろ。俺が入れてくる。お前達手伝ってくれ」


 荀廉さんは子供たちと一緒に部屋を出て行った。


「いいご主人ですね」


「はい、私にはもったいないくらいです」


 一呼吸おいて、荀彩さんが言葉を続けた。


「……失礼ですが蘭玲さん、あなたは遼夏の国の巫女様ではないですか?」


 私は隠すことができないから、たぶんわかっちゃうんだろうな。

 なら、とぼけても無駄だよね。


「はい、そうだと言われました」


「お妃さまから父の失敗の責任を取れと言われて、遼夏の巫女に負けない術をかけたはずだったのですが……私は負けたのですね」


 お父さんの失敗……やっぱり。荀彩さんに力を使った時に気付いたんだけど、あの時の術士の人と同じ系統の気の流れだった。たぶん親子だ。


「でも、不思議です。こんなに清々しい気分なのは初めて……」


 荀彩さんは手を上げ、それを見つめている。


「あら、失敗したら命はないと言われたんですが、私はなぜ生きているのでしょうか?」


 命がないって……


「それは私が話します。皆さん、まずはこれをどうぞ」


 部屋に入ってきた荀廉さんが、子供たちと一緒にお茶を出してくれた。


「彩が連れていかれてから数日後、西の寺から彩を迎えに来るようにと使いが来ました。なぜ自分で帰ってこないのかといぶかしげながら行ってみると、彩が気を失って倒れて……僧侶に医者を呼ぶように頼みましたが、医者の手は空いてないからとにかく早く連れて行けの一点張りで、何とかここまで背負って連れて来たんですが、近くの医者に見せても原因がわからない。それで改めて調べてみたら、強い呪詛がかかっていて……どうしようかと思案しているところに今度は王宮から支給の呼び出しがあって、行ってみたら彩と同じように眠ったままのお妃さまがおられて俺の術で何とかしろとのご命令でした」


「あなた、お妃さまをお救いしたの?」


「いやいや、俺の術じゃ無理。お前と同じようにかなり強い呪詛がかかっていたよ。お前、心当たりはあるか?」


「……」


「わからなければいいんだ。それで、俺じゃどうにもならないから呪詛を祓える人をずっと探し回っていて、昨日ようやく見つけてこちらにお連れしたんだ」


「そうだったんですね」


 荀彩さんはこちらを向いて頭を下げてくれた。


「あなた、お妃さまは?」


「……王宮での様子がおかしかったから、お妃さまのところにはお連れしていない」


「では」


「まだ、眠られたままのはずだ」


「なら、この方たちにお願いして……」


「ダメだ!」


 突然の荀廉さんの強い口調にみんなの視線が集まる。


「さっきの話を聞いてしまったんだが、もしお妃さまが目覚めるとお前の命は危ないのだろう? 俺は、お前が元気になったのならこんな国は捨ててもいいと思っているんだ」


「あなた……」


「しかし、お前はいったい誰から呪詛をかけられたんだ? それもお妃さまも一緒に……いや、お前は西の寺でお妃さまは王宮、場所が違うな。別々なのか?」


「いえ、一緒です。私がかけた呪詛が返されたのですよ」


「呪詛だと! まさか、お妃さまも贄に……」


「はい、強い術をかける必要があったので宝物ほうもつ御髪おぐしを頂きました」


 それにどんな意味があるのかわからなかったから春鈴ちゃんにそっと聞いてみたら、高貴になればなるほど術の威力はあがるんだって。


「お妃さまはそこまでして、いったい何をなさるつもりだったんだ?」


「私がかけたのは、遼夏の国の皇太子を殺すための呪詛でした」


 やっぱり。おばばさんの言った通りだ。


「なぜだ……お師匠様は術をそのように使ってはならないと言っていたじゃないか」


「お妃さまは私を呼び、こう言われました。父の無念を晴らしたくないのかと……」


「お師匠様の?」


「お妃さまは、父は遠い地で遼夏の者に騙されて亡くなったと言われたのです」


「違う! あなたのお父さんは遼夏の国を呪う呪詛の土台になっていた。それも、お妃さまに対する恨みをその力に利用されて……」


 思わず声が出た。確かに、朱雀廟のあの人は騙されて術をかけたことを悔やんでいた。でもそれは遼夏ではなくて西新の国に対して。


「父もあなたが?」


「はい、私たちは行ったときにはすでに――」


 私たちは遼夏の国を救うために朱雀廟まで行って、そこで起こったことを話した。


「そうだったのですね。父を解放してくださり、ありがとうございました」


 荀彩さんは深々と頭を下げてくれ、そのまま話を続けた。


「あなた、先ほど逃げ出してもいいと言ってくれましたが、そういうわけにはいかなくなりました」


「ああ、そうだな」


「皆さま、私の犯した罪をどうか償わせてください」


 荀彩さんと荀廉さんの目には決意の色が浮かんでいた。






 夕食後、荀彩さんに詳しい話を伺っているんだけど、驚きのことを話してくれた。


「お妃さまは誰かに操られているのかもしれないのですね」


「はい、さすがに一国の皇太子を殺める術というのは贄も特別なものを用意しないといけませんし、その影響も計り知れません。だから思いとどまるようにお話したのですが、いっこうに聞く耳を持ってくださりませんでした。それに、いつの間にか私もそうしないといけないように思い込んでしまって……」


「もしかして、荀彩さんも操られていたのかしら」


「わかりません。責任逃れと思われても仕方がありませんが、今思えばそうだったのかもしれないです。勝手なお願いだというのは重々承知いたしております。巫女様、呪詛を晴らすことができましたら、お妃さまもお助け下さい」


 もし、それが本当のことなら助けないわけにはいかないけど、二人を操れるような人って、いったい誰なんだろう……

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