第55話 あいつやっつけちゃう?

 西新の国に入ってから10日後、あと二日で都という町の宿屋の食堂で、徳の高いお坊さんを探している商人が接触してきた。


「都の大店の奥様が病に臥せってらっしゃって、治してくださる方を探しております。ご存じありませんか? 例えば徳の高い僧侶様とか……」


「僧侶? ……お医者様じゃなくて」


「……ここだけの話なんですがね。どうもその病気の原因が呪詛の類のようなのです」


「呪詛ですか……」


 もしかして信の呪詛と関係があるのかな。とばっちりを受けたとか……


「申し訳ありません。我々はあいにくそのようにご高名こうめいなお坊様を存じ上げておりません」


「いえ、高名で無くても力があればいいのですが……」


「……」


「これは、無理を申しまして失礼したしました。巡礼の方なら何かご存じかと思い、声をかけさせていただいた次第です。皆様の旅のご無事を祈っております」


 そう言うと商人は自分の席に戻っていった。


「祥さん……」


「ええ、詳しいことは部屋で話しましょう」








 食事を済ませ、部屋に戻った私たちは先ほどの商人について話をすることにした。


「あいつ商人では無かったわね」


 目の鋭さが足りないと思っていたら、やっぱりそうだったんだ。


「それに、あの人、力を持っていたよ」


「そうなの!?」

「うそ!」


 春鈴ちゃんの言葉に祥さんも私も驚いた。


「もしかして私たちのことがばれたとか」


「うーん、私と延のことは気付いてないみたいだけど、お姉ちゃんの事は気になっていたみたい」


 それって、不味いんじゃ……


「ということは、何かの理由を付けてついてくるかもしれないわね」


「どうしますか? この前のように夜のうちに逃げちゃいましょうか」


 祥さんの家の時のように、今のうちから逃げたら追ってはこないだろう。


「そんなことしたら、怪しいって言っているようなものじゃない」


「お父さん、あいつやっつけちゃう?」


 や、やっつける!?


「延、それはまだいいわ」


 まだ、いいんだ……


「そうねえ……せっかくだから、利用しちゃわない。このまま都に行っても、私たちもどこに行ったらいいかわからないから、あいつに案内してもらいましょう」






 翌朝、いつものように支度を終えて宿を後にする。


「商人さんいなかったですね」


 昨日、徳の高いお坊さんを探していた自称商人さんは、もう出て行ってしまったのか見当たらない。


「ま、縁がなかったってことね。私たちはやるべきことをやるだけよ。さあ、行きましょう!」


 二頭の馬に別れて乗り、西新の都を目指す。


「ほら、玲玲ちゃん見て」


 街道に入ったところで祥さんが前を指さす。そこでは昨日の自称商人さんが、動かない馬を一生懸命に引っ張っていた。


「どうかされたんですか?」


 私たちは平静を装って近づく。


「あ、これは昨日の……いや、恥ずかしながらこいつが急に動かなくなってしまいまして」


「それは、お困りで。私たちで何かお役に立てたらいいんですが……」


「いえ、待っていたら機嫌を直してくれると思うんですが……お、動きだしました。今のうちに行くことにしましょう。皆さんは都まででしたよね。よかったらご同行させてもらえませんか。こいつもその方が良さそうだ」


 自称商人さんの馬は、私たちの馬の方に近づいてきた。


「ええ、私たちはこのあたりに不慣れですから、商人さんがご一緒してくださると助かります」


「おお、道案内なら任せてください。それと私は荀廉じゅんれんと申します」


「荀廉様ですね。私は関星かんせい。こっちは妻の――」


 やっぱり偽名か。それにしても星さんの名前を使うとは祥さんもなかなかやる。

 ちなみに私の名前は朱雀廟に行った時と同じ関蘭玲かんらんれい、春鈴ちゃんは桜春鈴おうしゅんりん、延くんは関延だって。







「今日助かりました。おかげでこいつの機嫌もずっとよかった。もし、お邪魔でなかったら明日もご同行させてもらえませんか?」


 夕方前、都まであと一日の町に何事もなく到着した。


「ええ、こちらからもお願いします。道がわかっているだけでも心強い」


「ありがとうございます。それでは、また明日この場所で」


 自称商人の荀廉さんは宿屋の自分の部屋に向かって行った。


「さてと、私たちも休みましょう」


 私たちも自分たちの部屋に入り、これからのことを話す。


「いい人でしたね……」


 今日一日自称商人の荀廉さんと一緒にいたんだけど、悪いことに加担しているようには見えなかった。


「そうなのよね……春鈴ちゃん、延、どう感じた?」


「悪い気はあまりなかったよ」


 お妃さまの罠で私たちを探しているのかと思っていたんだけど、そんなふうでもなかった。


「最初はあの子を操っていたから悪いやつかと思ってたけど、その後は優しくしてた」


「延くん、あの子って?」


「お馬さん」


「え? あの人、馬を操れるの?」


 と言うことは、信と一緒!?


「たぶん、動物を操るような術があるんだと思う。信兄ちゃんとは違うみたい」


 そうなんだ、信のは動物に好かれて言うことを聞いてくれるって感じだもんね。


「術で動物を操れるのならかなりの術士だと思うけど、私たちに近づいてきた理由が気になるわね」


 荀廉さんにどんな目的があったとしても、私たちは一日でも早く信にかけられた呪詛を祓わないといけない。そして、みんなと一緒に信の待つ遼夏の王都に帰るんだ。

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