第54話 お母さん、このお菓子おいしいよ
夕食のあと、疲れたからと言って私たちは慌てて部屋に戻った。
「春鈴ちゃん、延、急いで、お母様たちが来てしまうわ」
祥さんのお母さんは、私と祥さんを二人っきりにするために、春鈴ちゃんと延くんを預かりに来ると言っていた。もし二人が連れて行かれたら、衆人環視の元、祥さんと一夜を共にしないといけなくなってしまう。
「できた!」
「私も」
春鈴ちゃんたちの準備はいいようだ。
「私もできました」
「ふう、なんとか間に合ったみたいね。早速行きましょう」
荷物を抱えた私たちは、祥さんのあとについていこうとしたんだけど、
「あ、兄貴……」
部屋の外には祥さんのお兄さんが立っていた。
「祥、お前……」
「兄ちゃんごめん。何も言わずに見逃して」
もし、ここで捕まったら私は祥さんと無理やりにさせられてしまう。一応結婚してることになっているから断るためにはそれなりの理由がいるけど、さっきの祥さんのお母さんの様子なら月の日ぐらいの理由では見逃してくれないと思う。だから、逃げ出そうとしているんだけど……
「俺のが(お兄さんの嫁さん)お袋を抑えているから今のうちに、馬も直ぐ出せるように準備している」
「え?」
「お前が王宮の武官と言うのはホントなんだろう。見せてもらった札は本物だった。それも見たことのない模様……たぶん今度指名される皇太子のものなんじゃないか」
「兄ちゃん……」
「お前たちは大事なお役目の途中で旅しやすいように夫婦ということにしているが、本当は……」
「兄ちゃんそれ以上は……」
「ほら、早く行け。見送りはできんがお前たちが無事役目を果たすことを祈っておくよ」
祥さんの実家を出てから二日後、国境の検問を無事通過することができた私たちは、国境近くの休憩所で一息ついていた。
「それでは失礼いたします」
「はい、道中お気をつけて」
私たちの先に入っていたご夫婦だ。巡礼を終えてこれから遼夏に戻るらしい。
「巡礼者の姿だと簡単に通してもらえましたね」
お茶をすすっている祥さんに話しかける。
二人が出て行って、ここにいるのは私たちだけ。少し込み入った話をしても問題ないだろう。
「遼夏と西新は元々仲が良い国だし、このあたりには信者が多いからそこまで厳しくしてないのよ」
最初祥さんが行っていた通り、遼夏と西新に向かう巡礼の人たちは多いようで、手配書に載っているとか護身用以外の武器を持っていたりしない限り大丈夫みたい。
「お母さん、このお菓子おいしいよ」
「ありがとう」
延くんが休憩所に置いてあったお菓子を持ってきてくれた。
なぜこんなところにって思っていたら、巡礼者のためにこの近くの人たちが用意してくれているんだって。
「しかし驚きました。これをただで食べていいって、このあたりは裕福なんでしょうか?」
ここは休憩できるだけでなく、お茶やお菓子も無料で提供されていた。
部屋の中はもちろん厠もキレイだったし、お茶もお菓子も残り物って感じはしないんだよね。延くんに確認してもらったけど、もちろん毒も入ってなかった。
「裕福まではいかないみたいだけど、少し余裕があるのは間違いないみたいね」
少しくらいの余裕でこういう施設まで作っちゃうんだ。
「玲玲ちゃん、まだ納得いってないようね。それは教義にあるからなのよ」
祥さんによると、お寺の教えの中に他人への施しを推奨しているものがあって、それをやればやるほど徳を積んだことになるんだって。でも、普通の人はそれをしたくてもできないくらいギリギリの生活をしているんだけど、ここではそれを実践できているからすごいって言ってた。
「でも、余裕があるからできるんじゃないですか?」
「余裕があったらもっといいお茶やお菓子があるはずよ」
そうなんだ……
「本当なら遼夏の国でもこういうことをしたいんだけど、どこも食べるので精一杯なのよね……」
祥さんは遼夏の国の西側は信者さんが多いって言っていたけど、これまで通った道にはこういうところは無かった。
「祥さんのご実家ならできるのではないですか?」
お店も大きかったし、出てきた料理の食材もいい物を使っていたよね。
「ううん、うちだけじゃ大したことできないから、お茶をこういうところに寄付したりしているみたい。あ、もちろん庶民用よ。王家用はさすがに高級すぎて出せないわ」
確かにここを維持するだけでも大変そうだ。毎日のお茶やお菓子の準備だけでなく、掃除だってしなくちゃいけないはずだから。
「そういえば、あの人たち気になることを言っていたわね」
「はい、王都の警備が途中から急に厳しくなったって言ってました」
さっきのご夫婦は西新の王都から帰る途中だったので、お互いのこれからの旅のために情報交換をしたんだけど、その時にそう話してくれた。
「それも、信が襲われたのと同じ頃というのが気になるわ……春鈴ちゃん、延、こっちに来てから何か気付いたことは無い?」
二人とも首を横に振った。
「そう、なら地道に調べていくしかなさそうね。さて、私たちもそろそろ出発しましょうか」
使った物を洗って元のところに戻し、休憩所をあとにする。
「先ほどのご夫婦が言われてましたけど、西新にはさっきのような休憩所があちこちにあるんですよね」
隣の馬の祥さんに尋ねる。
「私もこの国に来たのは初めてだけど、そうだと聞いているわ」
「と言うことは、もしかして西新の方が豊かなのでしょうか?」
遼夏には無いけど西新にはあるということは、そう言うことだと思う。
「ええ、昔からこちらの国は気候がよくて作物は良く育つらしいわね。それに、同じ国が続いているのも大きいんじゃないかしら」
遼夏は今の国になる前は一つの国じゃなくて、小さな国が自分たちの好きなようにやっていたみたい。だから、ちょっとしたことで戦争になったりして、おばばさんと黄蘇さまが遼夏の国を作るまでは生きるのにも苦労していたと聞いたことがある。
「これから信に頑張ってもらって、遼夏も西新と同じように豊かな国にしないといけないわね」
「信……」
王宮を出てから何も連絡はない。もちろん、何かあった時だけ連絡してもらうようにしているから、何も無いということは信の様子が変わってないということだ。それでも……
「玲玲ちゃん、大丈夫よ。さっさと呪詛を祓ってしまえばいいのよ」
そうだ。一日でも早く役目をはたして信のところに帰ろう。
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