第53話 どうか母を安心させてください

「祥よ、明日発つと言ったが、しばらくゆっくりとできんのか」


「そうしたいところはやまやまなんだけど、休暇があまりないんだ」


 ふむと言って、祥さんのお父さんはなにか考えているようだ。


「それは、新しい皇太子殿下が選ばれるのと何か関係があるのか?」


 え?

 そのことは信が成人するまで秘密のはずなのに……


「皇太子殿下?? 俺はそんな話聞いたことないよ」


 祥さんはとぼける気だ。私も気付かれないようにしないと……


「そうか、違うのならいいんだ……さて、玲玲さん、急なお越しだったから何のおもてなしもできないが、どうかゆっくりしていってください」


「は、はい」


「じゃあ、祥、玲玲さん、部屋に案内するからついてきて」





 祥さんのお兄さんの案内で奥の部屋へと通された私たちの目の前には、高級そうな茶葉を使ったお茶が出されている。飲んでみたけど、味も王宮で飲むものとそう変わらないかもしれない。


「祥さんのお父さん、どうして信が皇太子になることを知っていたんでしょうか?」


 さっきのことが気になったので、延くんにお茶の飲み方を教えている祥さんに尋ねてみることにした。


「そうねえ……お父さまも信が皇太子になるということまでは知らないんじゃないかしら」


「そうなんですか?」


「あ、延、これは蓋をうまく使って飲むのよ。そうそう、春鈴ちゃん上手よ。延、真似できる?」


 出されたお茶は急須からお湯飲みに入れて飲むものではなく、直接蓋碗がいわんに茶葉を入れてお湯を注いで直接飲むスタイルだった。私は王宮で祥さんに教えてもらっていたから飲むことができたけど、王宮では延くんはオオカミの時が多いから教わってなかったんだよね。


「王様はお年だし皇太子がいない状況だから、誰かがならないといけないのは確かなのよね。それで王宮と取引のある商人の間でそう言う話が出ているのかもしれないわ」


 今の王様が死んじゃったら跡継ぎがいないから、すぐに新しい王様が即位することはできないみたい。だからといって国が無くなるわけじゃなくて、何とかって代理の人が次の王様が決まるまで国のことを任されるんだって。この前、王妃様がそう教えてくれた。

 ただ、王位が決まっていないということはそれだけで余計なことを考える人が出てくるらしくて、もし内乱にでもなったら商人の人は困るから心配しているんだろう。


「あ、飲めた!」


「そうそう、うまいわよ。延は人の格好をしていたら、オオカミだなんてだれも思わないわね」


 うん、ちょっとだけおませさんだけど、見た目も振る舞いも年頃の男の子に見える。


「えっと、私、そろそろ行きます。祥さん、春鈴ちゃんたちをよろしくお願いします」


「え? 玲玲ちゃん、どこに行くの?」


「台所まで、お手伝いをしないと……」


「どうして? お父さまはゆっくりしていくように言っていたじゃない」


「いえ、私はここに祥さんの嫁としてきているので、休んでいるわけにはいきません」


 お母さんおかしゃんからそのあたりのことを色々と教えてもらっている。特に今日は初めてお会いしたんだから、ちゃんとしたところを祥さんのお母さんに見せておいた方がいいだろう。


「い、いや、玲玲ちゃんは私のお嫁さんじゃないんだから、そんなことしなくていいのよ」


「ウソとは言え、皆さんは私を祥さんのお嫁さんとして受け入れてくれましたから」


 それに、祥さんが本当のお嫁さんを連れて来た時、もしその人がちゃんとお嫁さんとしての仕事をやったのに、私が何もしなかったと言われるのは癪に障るからね。






 祥さんから台所の場所を教えてもらった私は、祥さんの家の使用人に頼んで料理を手伝わせてもらい、夕食の時間を迎えた。


「祥、良い方をめとりましたね」


 祥さんのお母さんの機嫌もいい。やはり食事の用意を手伝ったのが良かったのかも。


「あとは、跡継ぎです。二人とも、今日早速夜の様子を確認に行くのでそのつもりで」


 夜の様子?


「はあ! それはここの跡継ぎ、兄貴たちだけのしきたりだろう!」


 祥さんの方を見る。


(お母様は夜がちゃんとできているか調べに来るつもりなのよ)


 祥さんが小声で教えてくれたけど……

 それは困る。だって私が信のお嫁さんになるには、きれいな体のままじゃないといけないから。


「私はまだ、あなたが女の人と一緒になったということに確信が持てません。どうか母を安心させてください」


 祥さんのお母さんは深々と頭を下げてしまった。

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