第52話 それはすごい! 関家の誇りだ!

「どうでした?」


 温泉から帰ってきた祥さんたちに尋ねる。


「ほんっと、熱かったわ。延なんて驚いてオオカミになっちゃって……」


 延くんは真っ赤な顔してぽぉーっとしている……


「ねえ、お父さん。オオカミになっていい?」


 延くん眠いのかな。


「もうすぐご飯だから、それが終わってからならいいわよ」


「ご飯……僕、頑張る」


 延くんの目は少しパチっとしてきたかも。


「それで延くんの姿、誰かに見られたとか?」


「ちょっとだったし、そこにいたのがおじいちゃんだったからごまかせたんだけど、危なかったわね」


 見られたんだ……


「それよりも、玲玲ちゃんが言った通り、お坊さんを探している行商人がいたそうよ」


 やっぱり。


「どうしてでしょうか?」


 もしかして、信にかかっている呪詛に関係するんじゃ……


「そこまでは分からないみたい。でも、明日は私の村に行くでしょう。実家になら情報があるかもしれないわ。寄ってみましょう」


 祥さんの実家は王都でも有名なお茶を作っている。いろんなところの行商人の人とも付き合いがあるのだろう。でも、


「……大丈夫なんですか?」


 祥さんは実家が嫌で王都に出てきたと言っていた。家族との折り合いが悪いのなら、無理して会ってもらうのは申し訳ないよ。


「家族のこと? まあ、何とかなるでしょう。お嫁さんを連れて行くんだから」


 そうだった、私は祥さんのお嫁さんという設定だった。確かに延くんからはお母さんと呼ばれていたけど、これまで詳しく聞かれることが無かったから気にしてなかった。


「あら、でも延がいたらまずいわね。計算が……」


 延くんは5歳くらいに見える。祥さん、その頃はまだこの村にいたんだ。


「……まあ、いいわ。養子に貰ったことにしましょう。実際そのようなものだし」


「僕、このままでいいの?」


「できる、延」


「わかった」


 延くん元気がよすぎるときがあるんだけど、頭はいいし聞き分けはいいんだよね。ほんと助かるよ。


「私は?」


「春鈴ちゃんもそのままでいいわ。巡礼というのも変えずに行きましょう。元々私の家はそのお寺の檀家だから問題ないでしょう」


 そうだったんだ。


「さてと、さっさとご飯食べて寝てしまいましょう。明日からもまだまだ旅は続くわ」








 翌日のお昼過ぎ、山間の道を進む私たちの前には、高さと形を揃えられている木が整然と並んでいた。


「祥さん、もしかしてこれがお茶ですか?」


 葉っぱはうちの村でも見るお茶の木と一緒だけど、こんなにキレイに植えられていることは無くて、高さも生えている場所もまちまちだ。


「ええ、こうしておくと日の光が満遍なくあたっていいお茶になるのよ」


 ほほぉー。これはいい事を聞いたぞ。


「ふふ、玲玲ちゃんの実家でもやってみる。別にいいけど、いいお茶にするにはこれだけじゃダメなのよ」


 むむ、奥が深そうだ……


「もしかして、祥さんの家のお茶畑も近かったりするんですか?」


 さっき、もう少しで実家だと言っていたんだよね。


「うちではお茶は作ってないわ。村の人から集めた茶の葉に手を加えてお茶という商品にするのがうちの仕事なの」


 へぇ、そうなんだ。


「あ、それで、お茶を入れるのが上手いんですね」


 祥さんは王宮で侍女やら女官の人たちにお茶の入れ方の講義を開いてるんだよね。


「ふぅ、子供のころから仕込まれているのよ……色々と作法がうるさいの」


 そういうところも嫌だったりしたのかな。


「もうすぐ集落が見えるわ。私の家はその中よ」


 祥さんの言う通り、しばらくすると平地が現れそこにたくさんの家々が建ち並んでいた。


「大きな村なんですね」


「ええ、お茶の産地というのもあるんだけど、これから向かうお寺の聖地にもなっているから、お参りに来た人たちのための宿屋もいくつかあるわね」


 ほぉー、宿屋がいくつも。ということは巡礼の人たちも結構来るということだ。


「ほら、そこの目立つ家が私の実家」


 祥さんの操る馬は、お茶と大きく書かれた暖簾が入り口にかかっている家で止まった。


「すごい……」


 暖簾の横の木の看板には『王家ご用達』って書いてある。


「はい玲玲ちゃん」


 先に降りた祥さんに前に座っている春鈴ちゃんを渡して、


「よっと」


 私は一人で馬を降りた。


「さてと、挨拶してくるから、ちょっと待ってて」


 二頭の馬を表の木の繋いだ祥さんは、私たちを残して暖簾に手をかけ、


「兄さーん、いる?」


 何事もなかったようにお店の中に入って行った。


「……!」


「…………」


「!!!」


 内容はよくわからないけど、『はぁ!』とか『ウソだろ』とか聞こえてきた。


 あ、男の人が飛び出してきた。

 祥さんに似ている……この人がお兄さんかな。なんだか、人当たりがよさそうな感じ。

 お、こっちに気が付いた。


「ま、マジで祥が女の子連れて来た……父さーん!」


 祥さん似の男の人は店の中に戻り、


「みんな、中に入って」


 表に出てきた祥さんが私たちを中に招き入れた。





 大きな居間に通された私たちは、祥さんのご両親とお兄さんに対面することになった。


「信じられん。祥が結婚して帰ってくるなんて」


 祥さんのお父さんはお茶屋さんのかたわら村の顔役もしているらしくて、真面目そうな感じの人だ。


「お父さん、こんなかわいいお嫁さんに子供まで連れて来たんですよ。嬉しい事じゃありませんか」


 お母さんの方はこう言ってくれているけど……なんか目が笑ってないな。


「そうだな、身なりもまともになっているし、バカなことをやめてやっと心を入れ替えてくれたみたいだな」


 うわぁ……

 祥さんの方を見る。眉間にしわが……


「それで、祥、うちに帰って来る気になったのか?」


「違うよ兄さん。家族みんなで西新の都にあるお寺にお参りに行く途中なんだ」


 祥さん口調まで変えて……


「ほぉ、お参りに行くのか。それはいい心がけだが、お前、仕事のあてはあるのか?」


「わた……俺は王宮の武官に取り立てられたんだ。それで、ようやく玲玲と一緒になることができたんだぜ」


「武官だと! それはすごい! 関家の誇りだ!」


 祥さんのお父さんも嬉しそう。


「それで、その男の子は養子だと言ってましたが、もしかして玲玲さんに問題でも?」


 え? 私? ……お母さん、何が問題なの?


「ち、違うよ。延は俺の仲間の忘れ形見なんだ。そいつが俺をかばって死んでしまって、奥さんもすぐに後を追うように病気で……」


「その子のことは分かりました。玲玲さんに問題が無いのなら、早く自分の子を作りなさい。それも男を」


 祥さんの眉間のシワが深く……


「わかっているよ。それで、明日にはここをって西新に向かうつもりだけど、兄さん何か情報は入ってない? 家族で行くんだから、危ない道は避けたいんだ」


「そうだな……盗賊が出たという話は聞いてないけど、行商人が徳の高い坊さんを探していたな。何でも、高貴な人が病気になってしまったらしい」

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