第51話 目をつむって、息止めててね
「お風呂に行くの? オオカミになっていい?」
解いた荷物を片付けてくれていた延くんが、祥さんを見上げている。王宮の離れではお話するとき以外はオオカミの姿だもんね。
「ダメよ。ここには他の人もいるんだからオオカミなのがわかると追い出されちゃうわ。延、服だけ消すことってできる?」
延くんも春鈴ちゃんも、黄蘇さまのように服を着ているんじゃなくて服を着た姿に化けている。だから調節さえしたらいいんだけど……
「こう?」
延くんの服が次第に消えていきそして……
「こ、こら、ここでそうならなくてもいいのよ。上手くできているけど、早く元に戻して」
すっぽんぽんだった延くんは元の服を着た姿に変わった。
「延は大丈夫そうね。荷物は私たちが見ているから、玲玲ちゃんたちが先に入ってきたら」
「はい、お先に……春鈴ちゃん行こうか」
というわけで、私と春鈴ちゃんは着替えを持って浴場まで向かっているんだけど……うーん、春鈴ちゃん、ウキウキな感じだ。わかっているのかな?
「……春鈴ちゃんは大丈夫?」
うわ、なにがって感じでこっちを見てきたよ。
「延くんと同じようにできる?」
「延のようにって、この姿でお風呂に入るってこと?……いつものじゃダメ?」
「ダ……」
メだよね。でも、オオカミはみんな怖がるけど子ぎつねは怖がりはしないか、懐いてて旅に一緒に連れているって事で押し通せるかも。
「騒いじゃダメだよ」
ニコニコの春鈴ちゃんと一緒に女湯と書かれた暖簾をくぐる。
脱衣場には数人分の女性用の作業衣が置いてあった。女の人が旅することはあまりないから、この村の人が汗を流しに来ているのかな。
籠の中に着替えを入れ、衣服を脱いでいく。
春鈴ちゃんの方は早速
「きゅーん」
準備はいいようだ。
「私から離れないで、それと人が見ている場所で大きくなったらダメだからね」
春鈴ちゃんは私の足にふわふわの体を擦りつけた。
私も急いで衣服を脱ぎ、子ぎつね春鈴ちゃんと一緒に浴場の扉を開ける。
一瞬湯気で前が見えなかったけどすぐに晴れ……
「すごい! 石でできてんだ……」
湯船が木じゃないんだけど、どうやって作ったんだろう?
元々ある石を運んできて、掘ったのかな……
「ありゃ、この子はどこから入ってきたんね。危ないよ」
この子……あれ? 春鈴ちゃんは?
足元に春鈴ちゃんの姿がない。
「きゅーん……」
声のする方を見ると、薄い橙色の毛並みの子ぎつねがおばさまに捕まっていた。
「しゅ、春鈴ちゃん!」
「あんたの狐ね。ほら」
「きゅーん!」
おばさまから放してもらえた春鈴ちゃんは、温泉で濡れた床で足を滑らしながらこちらに駆け寄ってくる。
「は、はい、私のです。お風呂が好きだから連れてきちゃいました。ご迷惑でしたか?」
ようやくここまでたどり着いて、足元で震えている春鈴ちゃんを抱き上げる。
もしダメだと言われたら、春鈴ちゃんには女の子の姿に戻ってもらって改めて入ってきてもらわないといけない。
「かまわんけど、ここの風呂は熱いよ。狐にゃ無理じゃろ」
「熱いんですか! それならこの子大好きです!」
春鈴ちゃんは誰よりも熱いお風呂が大好きだ。
王宮の離れでも、熱いお湯の中から鼻を出して気持ちよさそうにすぴすぴしているんだよね。
「賑やかやけど、どうしたね」
他のおばさままで来ちゃった。
「あの子狐が風呂に入りたかって」
「どれ……はわぁ、こりゃかわいか子やね。どれ、おばちゃんが洗ってやろうか」
おばさまがこちらに近づいてくる。
きつね好きなのかな、おばさまの目がとろーんとなっているよ。
「きゅ、きゅーん……」
身の危険を感じたのか、春鈴ちゃんは私の腕の中で体を小さく丸めてしまった。
「ご、ごめんなさい、この子、人見知りするんです」
「そりゃ、残念ね。私たちは狐くらい気にしないからゆっくりしていったらいいさ」
そう言って、おばさまたちは湯船に戻っていった。
ふぅー、驚いた。
「平気?」
春鈴ちゃんはこくんと頷く。体の震えもおさまったから、落ち着いたみたい。あんなに離れないように言ったのに、お風呂が楽しみで飛び出して行っちゃったんだね。
注意するのは部屋に戻ってからにして、私たちも……
洗い場に向かい、春鈴ちゃんに王都から持って来た石鹸を付ける。
うん、いい泡立ち。王妃様から譲ってもらっただけあって、汚れ落ちがいいだけでなく肌にも優しい高級品だ。もったいなくて普段は使わないけど、こういう時は使わせてもらっている。
「きゅー……」
おっと、もこもこ過ぎて泡が……
「目をつむって、息止めててね」
春鈴ちゃんの鼻に泡がかからないように気を付けながら、顔の部分も洗って……よし、洗い残しはないな。お湯をかけてっと、
「はい、春鈴ちゃん、ぶるっとして」
最近はこうやって私の準備が整ってからぶるぶるしてもらっている。そうしないと顔に水が掛かっちゃうんだもん。
「あんた、行商人から聞いたね?」
ん? 私?
きょろきょろとあたりを見る。
「聞いた聞いた。なんか徳の高い坊さんを探しよるって」
違った。さっきのおばさまたちだ。
徳の高いお坊さんか……
「このあたりで聞いたっちゃなあ」
「いないさね。あ、そういえば、王都に新しい巫女様がおられると庄屋のじいさんの言ってたろう」
巫女って、私のことだよね……
「この国にゃ、その人ぐらいしかいないんじゃなかろうか」
「かもしれないね。おっと、あんた」
「いかん。もう、暗くなりかけよる。父ちゃんの飯を作らなんと」
おばさまたちはそそくさと浴場から出て行ってしまった。
巫女……それよりも徳の高いお坊さんを探して何をするんだろう……
「きゅーん……」
いけない、私たちもゆっくりとしてはいられなかったんだ。祥さんたちが待っている。
「春鈴ちゃん、温泉に浸かろう。ここは熱いんだって、楽しみだね」
「きゅーん!」
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