第50話 春鈴ちゃんは玲玲お母さんの妹

「玲玲ちゃん、いい感じよ。この調子なら、夕方までに次の町に着けそうよ」


 私たちの馬の隣には延くんを前に乗せた祥さんがピッタリとくっついていて、私の馬の操り方を見てくれている。


「ほんとですか!」


 昨日は遅れちゃって、門が閉まる寸前に何とか間に合ったんだよね。今回も王妃様の指示書を貰っているから、いざというときは夜中でも中に入れてくれるはずだけどできるだけ使いたくはないんだ。


「春鈴ちゃん、きつくない?」


「うん、お姉ちゃん上手だよ」


 前に座る春鈴ちゃんが、可愛らしい笑顔で私を見上げてくれた。


 王宮にいる間に信に教えてもらっていてよかった。私が馬に乗れなかったら、春鈴ちゃんに扱ってもらわないといけないところだったからね。さすがにそれは恥ずかしすぎる。


「お姉ちゃん。もし、そいつが言うこと聞かなかったら僕に言ってね」


 延くんが私の馬を指さすと、馬の耳が延くんの方にぴくんと動いた。


「だ、大丈夫だよ、延くん。大人しいし、慣れている子だから」


 信ほどじゃないにしろ、春鈴ちゃんや延くんが一睨みしてくれたら大抵の動物は言うことを聞いてくれる。でも、それだと二人がいない時に私は何もできなくなってしまうから、できるだけ自分でやりたいと思っているんだ。


「延、お姉ちゃんの邪魔しないの……それよりも私は延がちゃんとできるか心配。自分が誰だかわかっている?」


 はは、春鈴ちゃんったら、延くんをジト目で……


「うん、僕は祥お父さんと玲玲お母さんの子供で、春鈴ちゃんは玲玲お母さんの妹」


「そうだよ。わがまま言ってお姉ちゃんを困らせたら承知しないから」


「はーい」


 という感じで、今回の旅で私たちは家族という設定になっている。まあ、前回もそうだったんだけど、さすがに延くんを弟というのは無理がありそうだったから、こういう感じになっちゃった。だから……


「祥さん、その服もお似合いですよ」


「あら、ありがとう。玲玲ちゃんも落ち着いて見えるわよ」


 祥さんの話し方はいつもの通りだけど着ているものは男の人の旅装束だし、私は既婚の女の人が着る服を甘鏡さんのお店で見繕った。そしてほかにも……


「ねえ、延、お姉ちゃんのことを何と呼ぶの?」


「おね……お母さん」


「祥兄ちゃんは?」


「お父さん」


 とまあこんな感じで、延くんに私と祥さんの呼び方を旅の間だけ変えてもらうことにしている。そうしとかないといざという時に間違っちゃうかもしれないから。

 ん? そういえば、さっき延くん私のことをお姉ちゃんって……ま、まあ西新までは馬で一か月くらいかかるからその間に慣れてくれたらいいし。


「えっと、まずは祥さんの村に向かうんですか?」


「ええ、西新に向かう街道は私の村よりも南の村の方が大きいんだけど、巡礼者は私の村を通ることが多いのよ」


 もう少し詳しく言うと、今回私たちは西新の都に総本山のあるお寺にお参りに行く家族と言うことになっていて、祥さんの村にはそのお寺ゆかりの史跡があるらしい。


「私、そのお寺のしきたりとかよく知らないんですが大丈夫でしょうか?」


「そうねえ、私の村では檀家は結構多かったけど、玲玲ちゃんの村では見かけなかったわね。でも、そんなに心配することは無いわ。お参りするときもそうだけど、挨拶するときに手を合わせてお辞儀をするだけよ」


 なるほど、それなら簡単だ。付け焼刃でも何とかなりそう。


「だって、春鈴ちゃんたちわかった?」


「うん」

「はーい」


「さあ、急ぎましょう。のんびりしてたら昨日の二の舞よ」


 改めて気を引き締めた私たちは、日の落ちかけた街道を西に向かって進んでいく。








「ねえ、玲玲ちゃん。龍脈はこのあたりにもあるの?」


 王都を出発してから十五日目、明日には祥さんの村に着くという日の夕方、到着した宿の部屋で荷解きをしていると突然祥さんが尋ねてきた。


「はい、この宿には龍脈が通っているようですよ」


「そうなの! 温泉が出ているのと関係があるのかしら?」


 確かにこの宿は温泉が出るということで祥さんに勧められたんだけど……隣の春鈴ちゃんは首をかしげているな。でも私の感じだと、今まで通ってきた龍脈は川や丘に沿っていたり、道の交差地点だったりしていたから……


「関係あるかもしれませんよ」


「そうなのね。それで、龍脈に変わりはないの?」


 改めて春鈴ちゃんの方を見る。


「あの時のままだよ」


 確かに嫌な気を感じたのは信が苦しんだあの時だけだ。


「変ねえ……信は眠りっぱなしだけど、死んではいないわ。おばばの話だと呪詛さえ晴らせば信は目覚めると言っていたわよね。それなら今のうちに止めを刺すなり別の呪詛をかけるなりすると思うんだけど、西新のお妃はどうして何もしてこないのかしら?」


 それは確かにそうだけど……


「もしかしたら、信が助かったことを知らないのではないでしょうか?」


 遼夏の王都から西新の王都まで馬で一か月の距離だから、呪詛がどうなったかということがわかってないのかもしれない。


「なるほど、その可能性があるわね。ということは、いきなり攻撃ってことがあるかもしれないから、注意していきましょう。でもその前に温泉よ。まだ先は長いわ。体の調子を整えていざというときのために備えるのよ」


 祥さんの言う通り、私たちが病気にでもなったら信を助けられない。信のことは心配だけど、まずは自分のことをしっかりしなくちゃ。

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