第49話 信、行ってくるね

「よく寝ているわね」


 さっきまで苦しんでいた信は、居間に敷いた布団の上ですやすやと寝ている。


 あの後巫女の癒しの力を使ったら、信の苦しみはすぐにおさまった。

 それから家に運んで春鈴ちゃんに見てもらったら、たぶん呪詛の影響で妖狐の力はきかないと言っていた。ただ、今は落ち着いているのでとりあえず様子を見ようとなったのだ。


「どうね、原因はわからんと? こん村にお医者のおったらよかとばってん、二つ先の町にしかおらんとよ」


 お父さんたちに呪詛のことを話してもわからないだろうな……


お父さんおとしゃんお母さんおかしゃん、ありがとう。あとは、私たちで見とるけん休んでよかよ」


「そうね。なんかあったらすぐ言わんね」


 お父さんたちは居間を出て行った。


「玲玲ちゃん、龍脈に異変があったと言ってたわね?」


 寝ている信を挟んで祥さんが尋ねてくる。


「はい、それで、祥さんたちに知らせようとしてたんです」


「西新のお妃かしら」


「わかりません……」


 春鈴ちゃんが龍脈の様子がおかしいと言ったあと、しばらくしてからものすごく嫌な気配を感じた。誰かが龍脈を使って、信に何かをしたんだと思う。


「そうね。私たちではわからないわね。よし、一刻も早く王都に戻っておばばに聞いてみましょう」


「はい」


 おばばさんは気付いていて、きっと私たちが帰って来るのを待っているはずだ。






「信、信、起きなさい。王都に帰るわよ」


 朝まで交代で信の様子をみたけど、苦しむ様子は無く、一晩ぐっすりと寝ていた。もしかしたら、私の力で呪詛を跳ね返せたのかもしれない。


「ほら、信、起きなさいって……信?」


「祥さん、どうしたんですか?」


「信が起きないのよ……」


 信が……


「信、起きて、ほら……信!」


 頬を二、三度叩く。

 反応がない……


「り、玲玲ちゃん。そこまでしなくても」


 でも、信が……


「仕方がないわ。玲玲ちゃん、とにかく王都に向かいましょう。途中で目が覚めるかもしれないから」


 支度を整え、祥さんとお父さんが協力して信を馬車の中に運び入れても信は目を覚まさない。


「玲玲、信はおいたちの大事な家族たい。元気なったらまたっごと言うとってくれんね」


 お父さんありがとう。信も喜ぶよ。


「うん、お父さんおとしゃんお母さんおかしゃん、またっけんね」


 馬車は王都に向かって出発した。







(信、立派な王様になるんでしょう。そのために畑仕事だって手伝ったんじゃないの。早く起きて勉強しないと間に合わないよ……)


 馬車の中、私の膝の上で眠り続ける信の頭を撫でながら、心の中で語りかける。

 反応は無いけど苦しそうな感じはない。起きる気配もないけど、せめてこの状態のまま王都にいけたら……


「あ、そうだ。春鈴ちゃん、信はただ寝ているだけって教えてくれたよね」


「うん」


 目覚めない信をもう一度春鈴ちゃんに見てもらったんだけど、生命力が無くなっていくとかそういう感じではなくただ眠っているだけと言っていた。


「ご飯どうしよう?」


 信が眠りについてから半日、そろそろお昼になる。お母さんからお弁当を人数分作ってもらっているけど、寝ている信に食べさせてもいいものだろうか?


「食べさせなくてもいいと思う。なんだか信兄ちゃんの時間が止まっているみたいなの」


 時間が止まっているって……


「それって、大丈夫?」


「うん、お姉ちゃんの力がそうしたんだと思う」


 春鈴ちゃんも詳しくわからないみたいなんだけど、私が癒しの力を使った時に呪詛を消すことができなかったから、信の時間を止めて呪詛が進まないようにしているんじゃないかって言っていた。そして、眠っているのはその影響じゃないかって。


「愛の力かしら」


 馬車の外から祥さんが……


「聞いてたんですか?」


「聞くわよ。気になるもの」


 愛だなんて……


「ふふ、早く信を起こさないとね」


「は、はい」


 信、早く目を覚ましてね。







 それから七日後、王宮に戻った私たちは、一度も目を覚まさなかった信を王宮のお医者様に託し、急いでおばばさんの元へと向かった。


「そうか、やはりあの時の気配が……」


 やっぱり、おばばさんも気付いていた。


「信は目覚めますか?」


「呪詛が強すぎての。直接元を断たないと無理じゃろう。しかし、玲玲よくやった。お前が助けなかったら、信はあの時死んでおったかもしれんぞ」


「えっ!」


 そうだったんだ。


「西新め、小僧|(信)を直接狙ってくるとは思ってもなかったわ。迂闊じゃった……しかし、これほどの術、にえもかなりなものだろうに……」


 そうだ、雨を振らせない呪いは術士の人が依り代になっていた。一瞬で人の命を奪うくらいなんだからそれ以上の犠牲が必要なのかもしれない。


「おばばさん、術の場所はどこなのですか?」


 春鈴ちゃんもそれは分からないって言っていた。


「異変を感じた後、易を立ててみたんじゃ……」


 易を……


「それで、どこなの?」


 祥さんはおばばさんに噛みつかんばかりに近づいている。


「ええい、うっとうしい。離れろ! ……術の中心は西新じゃった」


「え? どこ?」


「西新の国じゃと言っとるじゃろう。それも西新の都じゃ」


 西新の都……それじゃ手が出せないんじゃ?


「玲玲ちゃん、そんな顔しなくても大丈夫よ」


「祥さん何か手があるんですか?」


「直接乗り込むまでよ。玲玲ちゃんはまだ巫女だし、そして私たちは巫女の守り手だからね」


「そうじゃな、それしか方法は無かろう」








 二日後、準備を整えた私たちは王妃様に挨拶するために謁見の間に向かった。


「玲玲、また苦労を掛ける」


 王妃様は私の手をとり話しかけてきた。

 人払いをした部屋にいるのは私と祥さん、それに王妃様といつものお付きの侍女さんだけ。近づいたからと言ってとがめる者は誰もいない。


「いえ、王妃様。信を助けるためですから」


 おばばさんは呪詛さえ晴れれば信は目覚めると言っていた。そして、呪詛を晴らすためには雨を降らせた時のように術の場所まで行き、その元を絶たないといけないみたい。そして、その呪詛を晴らすためには、どうしても私の巫女の力が必要なのだ。


 王妃様は頼むと言って私の手を離し、祥さんを近くに来るように促した。


「祥、他に兵を付けられたらいいんだが、そんなことをしたら戦争になっちまう。悪いがあの子供たちと一緒に玲玲を守ってやってくれないか」


「王妃様、お任せください。身命をして巫女をお守りいたします」


 旅衣装に身を包んだ祥さんは王妃様の前で跪き、拱手きょうしゅをした。


「頼むな」


「それでは行ってまいります。王妃様、信をよろしくお願いします」


「おばばもおる。こちらのことは心配するな。皆無事に帰って来い。これは命令ぞ」






 王妃様への挨拶を終えた私たちは信の元へと向かう。


「信兄ちゃん、行ってくるね」


「僕、信兄の代わりにお姉ちゃんを守るよ」


「信、退屈だろうけどここで待ってなさいね」


 みんなの声に信は答えない。


「星さん、信をお願いします」


「俺も行けたらよかったんだけど……」


 星さんの家には西新の使節団が挨拶に来ることがあったらしくて、顔を覚えられていたらいけないので今回は遠慮してもらうことにした。


「こっちのことは俺が何とかする。だから、信を助けてくれよな。俺は信国王の宰相になるつもりなんだから」


 知ってる。信が王様になった時に、やりたいことができるように手を尽くしてくれているんだよね。


「玲玲ちゃん、そろそろ」


「……信、行ってくるね」


 私たちは二頭の馬に分かれて乗り、王都から続く街道を西に向かって進みだした。

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