第47話 お嬢さんを下さい!

 私の生まれ故郷の村には、予定通り夕方前に到着したんだけど……


「た、大変だったわね」


「ごめんなさい。村の人が集まっちゃって……」


 村の中には馬車が通れるような道がないので入り口の空き地に止めてもらったら、そこで遊んでいた子供たちが村の人を呼んできちゃってすぐに人だかりが……村の人はみんな顔見知りだったし、春鈴ちゃんも悪い気はないということだったのでそのまま歩いて家に向かうことになったんだけど、当然素通りできわけもなく……


『玲玲、急におらんごとなっけん心配しとったばい』


 あはは……


『よか馬車に乗って来とっし、ハイカラな服も着ちょる。王宮に行ったいうはほんとやったばいね』


 やっぱりうわさになってた……


『でん、玲玲は後宮に入れんかったっち、言いよらんかったか?』


 そんなところまで……


『おいも聞いた。ばってん、よかったたい、あん爺さんの嫁とかひどか話ばい』


 王さまの話が出たから信の方を見る。きょとんとした顔をしている。別に怒ってはないのかな。


『なんにしてん、玲玲が元気そうでよかったたい』


『うん、みんなも変わりなかった?』


『ああ、一時はどうなる事かと思うたばってん、雨ん降ってなんとかなったとよ』


 よかった、こちらでもちゃんと雨は降ったんだ。


『そいじゃ、家に行くけんね』


『おう、早う、行ってやらんね。二人とも寂しそうにしとったばい』


 おじさんたちに別れを告げ、みんなの方を振り向く。


『玲玲ちゃん。助けてー』


『ど、どうしたの?』


 祥さんの周りに村の女の人たちが集まっていた。









「た、大変だったわね」


「ごめんなさい。村の人が集まっちゃって……」


「祥がそんな服着ているからだろう」


 ようやく空き地から抜け出すことができた私たちは、村の奥に向かって歩いている。

 王都の情報が滅多にくることがない張南村にとって祥さんが着ている服は刺激的だったようで、女性陣が詰め寄ってきちゃったんだよね。


「この村の人たちは見る目があるわ。でも、何を言ってるか半分くらいはわからなかったから、返事も適当よ」


 このあたりの言葉は独特みたいだし、みんな早口だからわからなくても仕方がないよ。


「玲玲ちゃんが通訳してくれてなかったら、まだ解放されてなかったかも」


 みんな王都の流行が気になるんだろうね。行商人のおじさんくらいしか情報源が無いし、そのおじさんが持ってくる服もいまいちなのが多くて……


「お姉ちゃん、すごかったよ」


「うん、僕、よその国の人とお話しているのかと思った」


 春鈴ちゃんと延くんがキラキラとした目で見てくる。

 よその国って、そんなに言葉が違っているのかな。私の場合は村にいた先生が王都の人だったから話せたけど、もし違ったらみんなとも話すことができなかったりして……


「お、おいら、この言葉好きだぜ」


「ふふ、ありがと」


 信もチンプンカンプンな顔をしていたけど、気持ちだけでもうれしいよ。


「それで、玲玲ちゃんの家はどこなの? 道が分かれているようだけど」


 祥さんは二手に分かれている道を指さしている。


「あの川の向こうなんですよ。だから右の道に向かってください」


 村の東を流れる川を指さす。

 お! おじさんたちは雨が降ったと言っていたけど、ここからでも川に水が流れているのがわかる。これなら作物だって育つよ。みんな飢えなくて済みそう。


「僕、さきにいくね」


「こら、延、待ちなさい」


 飛び出した延くんを追って、春鈴ちゃんも走っていった。

 さてと、私たちも……


「ね、姉ちゃん、ここを渡るのか?」


 川にかかる橋を目の前にして、信が情けない顔でこちらを向いてきた。


「そうだけど……」


 信はもしかして丸太の橋を渡ったことが無いのかな?

 春鈴ちゃんたちはぴょんぴょんと……


「お姉ちゃん、早く!」

「おいてくよー」


 ほら、対岸でこちらが来るのを待っている。


「祥さんは?」


「私の家は田舎だったから、こんなところは慣れているわ」


 祥さんと二人で信を見つめる。


「……」


 信は固まったままだ。


「玲玲ちゃん、先に渡って」


 祥さんが耳元でそっと囁いてきた。


 渡り慣れた丸太の橋に足をかける。

 よ、よっと……ほい。

 信があれだけ緊張しているからこっちもドキドキしちゃったけど、体は覚えてた。


「ほら、行っちゃったわよ。信は玲玲ちゃんのご両親に挨拶しなくていいの?」


 祥さんが信の肩を持って話しかけている。


「う、うん……おいら、行くよ」


「信、足元はしっかりしているから、踏み外さなかったら大丈夫だよ」


 信はゆっくりと足元を見ながら渡ってくる。


「信兄、こっち」


 よし、延くんの手を掴んだ……ふぅ、無事に渡ってくれたよ。






「丸太橋は初めてだったんだ」


 祥さんが渡り終えた後、隣を歩く信に声を掛ける。


「うん、おいら、姉ちゃんたちと会うまで王都から出る事ができなかったから」


 やっぱり大店の息子だったり、王族の血筋というのが関係するのかな。

 となると、王都にはこんな場所は無いし、前の旅の時も街道沿いだったから馬車が通れるところばかりだった。知らなくても仕方がないか。


「前の旅の時はよく王都から出られたわね」


 そうそう、あの時は追手が来ていたから死ぬ可能性もあったと思う。危険なのに王妃様がよく許してくれたと思うよ。


「おいらが巫女の守り人だとわかって、巫女を助けないと国が亡ぶからとばあちゃんが言ってくれてやっと……」


 そうだったんだ。


「それで、他の町の人たちがどんな生活をしているのかわかったし、今日だって馬車が通れない道や渡ったら落ちそうな橋があるって初めて知った。来てよかったぜ」


 ふふ、うちの村でのことが信の将来の役に立ってくれたら嬉しいかも。っと、考えているうちにもう少しで懐かしの我が家だ……ん? 懐かしっていろんなことがあってもう何年も帰ってない気がするけど、そういえば家を出てからまだそんなにたってないんじゃないかな。


「祥さん、その木の先が……あっ!」


 見慣れた後ろ姿に思わず駆けだす。


お母さんおかしゃん!」


 家の前の井戸で水汲みをしているお母さん、ちょっと老けたかな。


「玲玲? 玲玲じゃなかね! っとは今日やったばいね」


「元気やった? 変わりはなか? お父さんおとしゃんは?」


「おい、玲玲の声んせんかったか?」


 家の木戸が開いてお父さんが出てきた。


お父さんおとしゃん!」


「やっぱり玲玲やったか。待っとったばい」


「ほら、こん通りたい」


 お母さんはお父さんの腕を掴んで誇らしげだ。

 よかった二人とも元気そうだ。


「何ね? 何の話ね? そいよりもそん人たちは何ね?」


 お父さんの目は、私の後ろに追いついてきた信たちに向けられていた。


お父さんおとしゃん、あのね……」


「お、お父さん! お、おいら……僕にねえ……お嬢さんを下さい!」


なんて!」


 あぅー、信ったらいきなり……

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