第46話 いや、延くん、捕まえなくていいよ。食べないから
王都に戻って一か月。西新の動きがないので、一度実家の様子を見に行くことになった。
「お姉ちゃん、まだ?」
斜め前の席で後ろを向いて座っている小さな男の子が、足をプラプラさせながらこちらを見つめてくる。
「もう少しだよ。延くん、我慢できる?」
「ねえ、僕、走ってついてきちゃダメかな?」
王都を出てから今日で七日目、ずっと馬車の中に閉じ込められていて、さすがに暇を持て余しているようだ。
「走ってって、オオカミになって?」
「うん、馬にだって負けないよ」
将来神様になるかもしれない延くんだから、オオカミの姿になった時にはものすごい力を発揮するんだけど、街道で走られたら旅人の人たちが驚いて大変なことになっちゃう。かと言って、男の子の姿のままだともっとおかしなことに……
「延、大人しくしてなさい。お姉ちゃんがもう少しって言っているんだから我慢するの」
私の正面に座っている春鈴ちゃんが、隣の延くんに諭すように話しかけてくれた。
春鈴ちゃんは、延くんのことを弟のように面倒見てくれるからほんと助かるよ。でも、もう少しと言ってもあと半日近くあるんだよね。このまま乗り切れるかな?
「春鈴ちゃん、もう少しって、どれくらい?」
首をかしげながら延くんが春鈴ちゃんの方を見ている。
うーん、これは延くん辛抱できなさそうだぞ。
「祥さん、その先に丘があるんですが、少し休みませんか?」
馬車のすぐ横を馬に乗ってついて来ている祥さんに声を掛ける。
「ふふ、聞こえてたわ。いい場所があるのなら、そこに行ってみましょうか」
馬の嘶きと共に馬車が止まると、
「ふぁぁー、姉ちゃん、もう着いたのか?」
私の横で寝ていた赤茶色の髪の少年が一伸びした。
「まだだよ、延くんが走りたいみたいだからちょっと休憩。少し早いんだけどついでにお昼にしようかと思って。信、食べられるでしょう?」
「うん、食える。ほんと、ずっと座りっぱなしはきついよな。メシ食ったら、おいらも一緒に走ろうっと。春鈴はどうする?」
「私はお姉ちゃんと一緒にいる」
うんうん、走るのは男の子たちに任せよう。
「延、手伝って」
外から祥さんの声がかかった。
「はーい」
今まで男の子のだった延くんは、あっという間に一匹の若いオオカミの姿になって、祥さんが開いた扉から馬車の外に飛び出して行った。
「それじゃ、おいらも……」
「ダメよ。信がいるからこういうめんどくさいことやっているんだから、大人しく待ってなさい」
「だって、おいらも戦えるし」
「そうかもしれないけど、皇太子さまになるお方を危険な目に遭わせたら私の首が飛ぶの、物理的に! だいたい、大人しく待っていたらいいのに行くって聞かないし、その理由が玲玲ちゃんのご両親にちゃんと挨拶したいとか言われたらこちらもむげにはできないし……とにかく、安全が確認できるまで大人しくしてて」
「わ、わかったよ」
渋々という感じで信は座りなおした。
とまあ、こういう感じで実家まで信がついてくることになっちゃって、結構大ごとに……。詳しい事情は伝えず私が行くとだけ手紙を送っているから
あと正式に私付きの文官(将来は信付きの文官になるみたい)になった星さんは、今回は王宮でお留守番。なんでも、将来のための裏工作が忙しいみたい……
「玲玲ちゃん、安全みたいよ」
外から祥さんの声が聞こえた。
「だって。行こうか」
信と春鈴ちゃんと共に、宿屋で作ってもらったお弁当が入った袋を持って馬車を降りる。
「お姉ちゃん!」
オオカミだった延くんは、走りながら男の子の姿になって私の元にやってきた。
「変な人いなかった?」
頑張ってくれた延くんの頭を撫でてあげる。
「うん、悪い奴の匂いなかった」
「お姉ちゃん、延の言う通り悪い気配もないよ」
馬車を降りてから鼻をクンクンさせていた春鈴ちゃんのお墨付きも出た。なら、このあたりは安全と言うことだ。
「ふぅー、二人がいたら私なんていらないのかしら……」
春鈴ちゃんと延くんを見て祥さんが呟く。
「そ、そんなことないですよ。祥さんがいてくれるから安心できるんです」
祥さんが近くにいるだけで安心感が違うよ。ピンチの時でも何とかなるような気がするもの。
「だな、それにその奇抜な衣装を見たら誰だって近寄りゃしねえよ」
き、奇抜って……
「そんなことを言って本当は気になっているんでしょう。甘鏡さんに頼んで信の分も作ってもらいましょうか?」
「いらねえよ。そんな男なのか女なのかわかんねえ服は」
祥さんの服は信の実家の甘鏡さんのお店で作った特注品で、色使いが独特で見た人はみんな振り向くというかなんというか、とにかく目立つのだ。
「残念ねぇ。信も似合うと思うんだけど……。あ、玲玲ちゃん、あの辺りが良さそうよ」
馬車に残ることになる御者さんにお弁当を渡して、私たちは丘の上にある一本の木の下に座った。
「ふふ、思い出すわね」
食事を終えた祥さんが木を眺めながら呟いた。
何だろう…………あ、わかった。きっとあれだ。
「はい、懐かしいです!」
「何がだ?」
当の信はきょとんとしている。
「前の旅の時、王都を出てすぐにこんなところで休んだじゃない。そしたら信がリスを集めちゃって、玲玲ちゃんは大はしゃぎで……楽しかったわね」
「はい!」
当たった。やっぱりリスと遊んだ時のことだった。
「ああ、リスか。今は集められないな」
「ど、どうして?」
もしかして動物に言うことを聞かせる能力が無くなったの?
「いや、こいつらがいるから」
信は春鈴ちゃんと延くんを指さす。
「ん? リス? 美味しいよ」
「お姉ちゃんリス食べたいの? そうだ! 春鈴ちゃん、つかまえてお姉ちゃんにあげようよ」
「い、いや、延くん、捕まえなくていいよ。食べないから」
春鈴ちゃんも頷かなくていいから……
はは……リスたちも食べられるのがわかっているから、信がいるのに近づいてこないんだ。
ちょ、え、延くん? 鼻をクンクンさせて、なぜ立ち上がろうとしてるの? ヤバい、話を変えないと今にも狩りにいきそうだよ。
「そ、それで、前にも言ったと思うけど、うちは狭いよ。村に宿もないし、たぶん野宿になると思うけど、みんな平気かな?」
「今更だな」
「ええ、あれだけの旅をしてきたのよ。どこでだって寝れるわ」
「僕はみんながいたらどこでもいいよ」
「私はお姉ちゃんがいたら平気」
これで寝る場所の心配がなくなったのはよかったけど、まだ延くんはキョロキョロしている。何とかしないとリスさんが……
お! 信がこっちに目配せを……
「祥、もう少し休んでもいいんだろう?」
「ええ、かまわないけど、どうしたの?」
「こいつがウズウズしているから、腹ごなしがてらちょっと一緒に走ってくるわ」
信が延くんの頭をくしゃっとすると、延くんはみるみるうちにオオカミになった。
「二人とも、あまり遠くにいかないのよ」
「わかってるって、行くぞ、延!」
「ウォ!」
よかった。助かった……
でも、ほんと、男の子は元気だな。
っと、こちらでは春鈴ちゃんが膝の上に乗って来た。
「きゅーん」
……甘えたくなったのかな。
子ぎつね春鈴ちゃんのふわふわの背中をそっと撫でてあげる。
延くんの前ではお姉ちゃんぶりたいんだよね。
「いつまでもこんな日が続くといいわね」
「はい」
日差しも少し柔らかくなってきてる……秋もすぐそこだね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます