第45話 わ、わかった。全力で蹴り飛ばす
王妃さまとの話を終え謁見の間を出た私と信は、中庭の離れへと向かう。
「つまりおいらと姉ちゃんが結ばれていたら、一緒になれなかったって事か」
「うん、そうみたい」
王家の血筋を残す者に混ざりものがあってはいけないらしくて、仮にその相手が本人であっても結婚前の行為はご法度なんだって。あの時、
「も、もし、おいらが姉ちゃんを襲っちまったら、ぶん殴ってでも止めてくれよな」
「わ、わかった。全力で蹴り飛ばす」
「け、蹴り……ち、ちゃんとあとから使えるようにしてほしい……」
信はあそこを押さえ、縮こまっている。
「あはははは、そこまではしないよ。さあ、着いたよって、あれ? なんだろう……」
久しぶりの離れは外観はそのままなんだけど、中から騒ぎ声が聞こえる。
「とにかく、行ってみようぜ」
私と信は中へと急ぐ。
「別々はいや! お姉ちゃんと一緒にいるの!」
「僕も!」
「二人とも落ち着いて」
食堂では春鈴ちゃんと
「どうしたんですか?」
「聞いて
ああ、なるほど。部屋はたくさんあるから、一人ひとり別でも十分余裕がある。二人は一人部屋では寂しいんだろう。
「私はいいですよ」
「ほらね……えっ! いいの?」
「はい」
春鈴ちゃんがいてくれた方がいろいろと安心だよ。
「延はおいらと一緒な」
「えー、お姉ちゃんがいい」
「ダーメ、言うこと聞かないと一緒にはいられないぜ」
「延くん、ごめんね。信と一緒にいてくれる?」
「わかった、お姉ちゃんの言う通りにする」
「ありがとう。昼間はいっぱい遊んであげるからね」
「やったー!」
「よし、話は決まったな。荷物を運び込もうぜ」
信と延くんは荷物を持って自分たちの部屋に向かい、春鈴ちゃんの荷物は星さんが運んでくれるみたい。二人で私の部屋に向かって行った。
「ねえ、玲玲ちゃん。ほんとにいいの? ここだと誰に遠慮することなく、信と二人っきりになれるのよ」
祥さんが私の袖を掴み、聞いてくる。
そっか、私たちのことを思って部屋を分けようとしてくれてたんだね。
「実はですね――」
祥さんに王妃さまから言われたことを伝える。
「そ、そうなの……何度か危ないときがあったわよね。こっちはじれじれしてたんだけど、結果的によかったんだ」
「はい。だから、協力してくれたら助かります」
「そうね……二人とも若いんだから勢いでということもあるわね。わかった、その時は信を思いっきり蹴り上げてやるわ」
祥さんから思いっきりやられたら信が大変だ。
「ほ、ほどほどにお願いします」
「任せて、あとで困らないように手加減するから」
祥さんはパチンと瞬きした。
「おばばー、来たわよー」
荷物を部屋に入れた私たちは、すぐに中庭の奥にあるおばばさんの小屋へと向かった。
「遅い! 散々待たせよって! だが……ほんとよく無事に帰って来てくれた」
おばばさんは足元のごちゃごちゃも気にせず、私を抱きしめてくれた。
「おばばさん……」
「ワシが巫女のままであったら、おぬしにこのような苦労をかけずにすんだのじゃが」
「私はただついていっただけです。みんながいなかったらきっと……」
「みんなか、それにしても黄蘇の娘が巫女の守り手とは思わなんだ」
おばばさんは私から離れ、春鈴ちゃんを眺めている。
そっか、おばばさんは私に助け人が現れるとは言ってたけど、誰かまではわからなかったんだ。
「おばあちゃん、よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそな。生意気な黄蘇と違っていい子じゃわい。それと……ふん、
「お、俺、
「ああ、おぬしが生まれて間もなくな。皓がここにやってきておぬしを祝福してくれと頼みに来よった。仕方ないから口づけをしてやったんじゃ。これが一番効くからの」
「お、俺の初めてはおばあちゃん……」
「せ、星さん!」
星さんはその場に座り込んでしまった。
「ふん、失礼な奴じゃ。しかし、それにしてもそこのオオカミはなんじゃ」
おばばさんは今度はオオカミ君を覗き込んでいる。
オオカミ君は人型になっているけど、おばばさんには見ただけでわかるんだ。
「おばあちゃん、初めまして」
「うむ、こちらこそじゃ。礼儀だたしいのう。しかし不思議じゃ、守り手は四人のはずなんじゃが……」
そういえば星さんも、おばばさんが巫女の時は従者が四人だったと言っていた。
「まあ、将来神になるようなものが悪さすることも無かろう。おぬしら本当によくやった。これでしばらくは安心じゃ」
「それで、おばば、西新のお妃はどうなの? また、何かやってくるのかしら」
「易を立てておるが、何か企んどるのは間違いないようじゃ」
「いつかしら」
「わからん。じゃが今日明日と言うことはなかろう。変わりがあったらすぐにでも知らせるから、早く戻って休まんか。ほら、行った行った」
おばばさんの小屋から追い出された私たちは、離れの食堂に集まってこれからのことについて話を始めた。
「西新がいつ来るのか、わからないのが不気味ね……」
「それもだけど、俺、どうしたらいいと思う? 巫女付きの文官って何やるの?」
「そうねぇ、私は玲玲ちゃんたちを剣で守ればいいから簡単だけど、星は文官だから文字でやっつけるのかしら……って、誰を?」
「誰を……か。なあ、俺たちって王宮の中でどう思われてんのかな」
私と信と春鈴ちゃんと延くんの四人は、大人たちの話を黙って聞いている。
「朱雀廟に向かう前に一度
「ちょ、マジか。おいらたちあんなに苦労してきたっていうのに……」
女官の人というと、確かお役人の人たちを補佐している女の人たちだったはずだ。侍女の人たちとは蓮花さん以外にも何人か話したことがあるけど、みんな優しくしてくれた。もしかしたら王妃さまとの距離が関係しているのかも。
「俺たちが朱雀廟でやってきたことは、たぶん王宮のほとんどの人に理解されていない。いくら王妃様から許されているからと言って、この場所に集まって暮らしていたら何を言われるかわからないか……」
そうか、朱雀廟で呪詛を祓ったから雨が降ったということをみんな知らないんだ。
「ふふふ……」
う、星さんの顔が……
「星、あなた、悪人面になっているわよ」
「俺のやるべきことが分かった。これを利用してのし上がってやるぜ。まずは親父だな。ちょっと行ってくる!」
星さんが飛び出して行ってしまった。
「あーあ、あの子、家を出てるって言ってたのにいきなり行って、宰相様に会うことができるのかしら」
「祥さん、私たちはどうしますか?」
「おばばからいつ連絡があるかわからないから、いつでも動けるようにしとかないといけないわね。とはいえ、さすがに今日はゆっくりしたいわ」
ほんと、そう思うよ。でも、その前に腹ごしらえだよね。
「玲玲、食材持って来たよー」
ほら、ちょうど厨房の方から声が聞こえてきた。蓮花さんだ。
「はーい、すぐ行きます」
「ねえ、玲玲ちゃん、また料理を作ってくれるの?」
「はい、あれ、もしかしてダメでしたか?」
「いえ、助かるんだけど、あなた将来は王妃さまになるんでしょう。こんなこと頼んでいいのかしら」
「いや、だって……」
「ね、姉ちゃんの料理……」
信が期待に満ちた目でこちらを見ている。
「なるほどね。わかった、私たちもご相伴にあずかるわ。ただ、私が手伝えたらいいんだけど……」
あはは、祥さんと信の料理の腕前は壊滅的ですよね。知ってます。
「私がお姉ちゃんのお手伝いをする」
お、春鈴ちゃん。
「お料理できるの?」
「お姉ちゃん、教えて」
くぅー、可愛い。何だって教えてあげるよ。
「ぼ、僕も」
「お前はまだ危ないからこっちにいな」
延くんは人型になって日が浅いから、もうちょっと慣れてからだね。
「玲玲早くー、量が多いから手伝って」
「はーい、春鈴ちゃん行こうか」
いつ西新のお妃さまが動き出すかわからないけど、こんな日ができるだけ長く続くといいな。
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