第42話 どこで聞いても結果が変わるわけでもないでしょう。
黄蘇さまの庵を出た私たちは、今にも雨が降り出しそうな空の元、王都へ向けて歩を進めている。
「延はウサギとか見たら美味しそうって思うのかしら」
草っぱらから飛び出したウサギを見て、祥さんが自分の前にちょこんと座っている延くんに尋ねた。延くんはオオカミになったり人型になったりできるみたいだけど、移動しているときは男の子になってもらっているんだ。オオカミの姿だとすれ違う人たちが、ギョッとしちゃうんだよね。
「うん、食べたくなるけど、玲玲お姉ちゃんがいけと言わないといかないよ」
「私?」
「うん」
なんでだろう。ウサギ好きって思われているのかな……
「あはは、姉ちゃんがこの群れを率いていることになってんな」
すぐ前の信が笑いながら振り向いた。
「私が群れを!?」
「確かに玲玲がいなかったみんな集まっていないから、群れの頭領っていうのもあながち間違いじゃないね」
「延はわかっている。お姉ちゃんの言うことは絶対」
春鈴ちゃんまで……でも、頭領って何をしたらいいんだろう……
「玲玲ちゃん、私たちは王妃さまの命令で動いているんだから、心配しなくても大丈夫よ」
祥さんは、王妃さまからの命令書が入っている袖をポンポンと叩いた。
そうだよね。私が何か決めないといけないってことは無いよね。
「でも、今回のことを王妃さまに報告した後、私はどうなるのかしら。星はお役人になって、信は皇太子様でしょう。玲玲ちゃんは信のお妃になって、春鈴ちゃんと延君はそのお付き。でも、私だけは行くところがないのよね……」
祥さんは家を飛び出しているから、帰る場所もないんだ。
「し、祥さんにはいい人が現れて、お嫁に貰ってくれると思いますよ」
力も強いし頼りにもなる。性別なんか関係なしに俺のところに来てくれという人が現れるに違いない。
「あら、玲玲ちゃん勘違いしているわよ。私はこんななりしているけど、女の子が好きなの。信が玲玲ちゃんに告白しなかったら私が貰おうと思っていたのよ」
そ、そんなんだ。ということは、初めて会った時に私をもらってくれるって言ったのはほんとだったんだね……ん? でも、あの時の星さんの叫び声やお婿に行けないって発言は何だったのかな……
「私、星さんとてっきりそういう関係だと思ってました」
「あら、もしかして、あの宿屋でのこと? それなら勘違いね。私は星に溜まっていた気を出させるために、おばばから教えられた指圧をしてあげてただけよ。そしたら、あいつが男に癖に泣き叫んじゃって大変だったのよ」
「だって、無茶苦茶痛いんだよ。拷問かと思ったよ」
「じゃあ、どうしてお婿に行けないって言ったんですか」
春鈴ちゃんたちは三人揃って私たちのやり取りを興味深そうに聞いている。誰も襲ってこないし、王都ももうすぐで結構退屈なんだよね。
「聞いて玲玲ちゃん、あの時星ったら、おか……」
「わー、わー、姉さん、それは言わない約束だろう!」
「あら、そうだったかしら」
「春鈴に聞かれたら俺の
はは、なんか恥ずかしいことを言ったのかな。
「あら、もしかして私、将来の宰相様の弱みを握ったということかしら」
「姉さん、ほんと勘弁してください。というか、そんなに出世できないって」
「あなたは運がよさそうだからすぐに上に行きそうな気がするけど……まあ、脅すことはしないから安心しなさい。でも、ほんとこれからどうしようかしら……」
祥さんの悩みの答えも出ないまま、数日後私たちは王都の門をくぐった。
「先に甘鏡さんのところに行くの?」
「うん、一度王宮に入ったらなかなか出るのが難しいかもしれねえから」
そうか、もうすぐ信は成人する。今はまだ甘鏡さんの養子、つまりただの町人の身分だけど、成人した瞬間から皇太子として振舞わないといけないらしい。ただ、信はこれまで王族としての教育を受けていないので、戻ったらその勉強をさせられるんじゃないかって心配しているのだ。
「私もそれがいいと思うわ。いきなり王宮に行っても王妃さまも困るでしょう。信のお義母様にお願いして使いを出してもらいましょう」
いきなり大勢で押しかけたにも関わらず、甘鏡さんは私たちを暖かく出迎えてくれた。
「雨が降ったので
「母ちゃん、心配かけてごめんな」
「いえ、信、人々のために働くのは立派な事です。よく成し遂げました。私は誇らしいですよ」
「へへ、みんながいたから」
「皆様、王宮へは使いを出しております。連絡が来るまでここでゆっくりと休まれてください」
あてがわれた部屋で少し休んだあと夕食に集まった私たちは、運ばれてくる料理に目を見張った。
黄蘇さまのところではこちらではあまり見たことのない食材を使ったものが出てきたんだけど、今、目の前にはこの国で食べられている最高級の料理が並べられているのだ。
「すごいわね」
「ぼ、僕できるかな……」
延くんはようやく箸の使い方がわかったばかりだから不安そう。
「ほら、延。
「う、うん。僕。頑張る」
延くんの方は春鈴ちゃんが横についているから大丈夫か。
私も早速頂こう。まずはこの豚のお肉を……ぱく。
す、すごい、とろとろだ。脂身のところなんかは口の中でとろけちゃうし味もしっかりついている。美味しいー。
「玲玲ちゃん、そのお肉この
なぬ、そういう食べ方が……。隣に白いおまんじゅうがあって何だろうと思っていたけど、意味が分かったよ。
では、さっそく……あむ。
わ、わ、わ、わ、おまんじゅうにお肉のタレがしみ込んで、口中に広がる。幸せ〜。
私もこういうのを信に作ってあげたいな。作り方教えてくれないかな。
「姉ちゃん、美味しいか?」
「うん、とても」
「玲玲さん、ご満足いただけて何よりです。……」
あれ、甘鏡さんは私をじっと見ている。なんだろう。あ、もしかして、変な食べ方しちゃったかな。だって、仕方がないよ。初めて見る食べ物ばかりなんだもん。
「ん? 母ちゃん、どうした」
「いえ、あなたと玲玲さんの仲が気になって、近いような気はするけど、一線を越えているような感じはしないし……。はっ! もしかして信、まだ告白してないんじゃないでしょうね」
「ぶっ! か、母ちゃん、こんなところで聞くなよ……」
「どこで聞いても結果が変わるわけでもないでしょう。それでどうなの?」
ははは、それはそうだ。
「ちゃんとしたよ。ね、姉ちゃんはおいらのところに来てくれるって言ってくれた」
「玲玲さん、本当ですか?」
「は、はい」
「……それなら信の身の上は聞いておられますね」
「成人したら皇太子になると……」
甘鏡さんはこちらまでやってきて、私の手を取った。
「玲玲さん、これから大変だと思いますが、どうか信を支えてやってください」
「が、頑張ります」
「ふふ、あなたが信を選んでくれて本当によかった。私も安心して王宮に送り出せます」
微笑んでいる甘鏡さんの目には涙が浮かんでいた。
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